クレヨン



 白い紙に、青で一本線を引き、上にも下にも青を塗る。
 空の青と、海の青。
 俺の欲しいその色は、深い深い、海の青。
 
 
 
「お前の、一番強い欲って何?」
 問い掛けられて、首を傾げた。
 いつもの事だが、サンジの質問は、突拍子もなく始まる。しかも、失礼な事に、目を見て問い掛けない事の方が、ずっと多い。こいつは、なんて教わって生きてきたんだろうかと、ゾロはぼんやり思った。
「……欲?」
「そう。欲求。」
 因みに、人間の三大欲求は、食欲、睡眠欲、性欲だと、よく言われている。
 そう説明されて、ゾロは眉間にしわを寄せた。
 今、ゾロの前にあるのは、ラムの瓶1本と、薄く切られたチーズが数枚乗った皿が1枚。背中を向けたサンジの作っているのは、明日の朝食ではなく、多分、後から出てくる温かい肴。
 今、ゾロの目の前にあるのが、食欲の形で、それは、充分な程に満たされている。量も味も、まともな物を食べずに過ごした事もある過去を思えば、なんて有り難い事だろうかと思う程だ。
 睡眠欲も、有り難い事にきっちりと満たされていて、性欲は、遠くに置くように教えられたから、あまり考えた事がない。だから、サンジの例に挙げた、三大欲求は、ゾロにはあまり身に迫った強い欲求ではないという事になる。
 でも、人の行動の全てには、何らかの欲求が存在しているのだ。という話を、どこかで聞かされたような気がすると、ゾロは記憶を辿った。
 強くなりたいと思う事は、権勢欲にも近いとか、なんとか。だから、その欲に呑まれるような事があってはならないと、言われた事がある。
 そう考えると、欲なんてものは身近に溢れ返っていて、例えば、何でもなく、呼吸をしている事ですら、何らかの欲に起因する事という事になるのだろうか。
 ちょっと違うと思うけれど、『過ぎたるは及ばざるがごとし』という言葉があって、丁度いいって事が重要なんだ、って事だけれど、人間には、ある程度の欲がないと生きていけない、って事にも繋がるのだと思う。
 欲はあまり良い事ではないと、言われていたりするから、ゾロはあまりそれを身近にしようと思った事はないけれど、自分の中で、一番強い願いは何かと考えれば、一番強い欲ってのは、見えてくると思う。
 強くなる事。世界一の剣士になる事。それは夢で、必ず手に入れると決めた未来だ。
 その為に、今、自分はこうして生きている。
 生きる事と、その夢を目指す事は同じ事。
 
 
 
「生きる事。」
 日々の中で、その目が見据えてるのは、遠く遠くの見えない何かだけれど、今その目は、真直ぐに自分を見据えている。
「……それが、欲?」
「ああ。」
 強い目をした彼が、どんな気持ちを乗せて、その言葉を選んだのかはわからない。だけど、それは、とても、彼らしい言葉だと思った。
「そっか。」
 惰性で生きない人だけが口にできるその言葉を、彼は俺に教えてくれるのだ。
 ごまかしもせず、嘘も言わずに、俺の突然のわけのわからない質問に、彼は彼なりの意味を見つけて、自分の中にしっかりと存在する意味をもって、俺に答えをくれるのだ。
「お前は?」
 そうして彼は、普段見せたりしない優しい目をして、俺に問いかける。
 今度は、何にそんなに不安になっているのか、と。
「………オールブルーを見つける事だよ。」
 だけど俺は、彼程、潔くはなれなくて、そんな事を言ってごまかすしかないのだ。
「でもそりゃ、夢だろ?」
 ホントの事言っちまえ、と、彼は笑う。
 本当は、優しい人だから。へこんだ人間を受け止めてくれるくらいの度量なんて充分すぎる程、持ち合わせている人だから。
「………言えるか。」
「なんだよ。人には言わせといて、卑怯じゃねぇか。」
 そう言いながら、彼はそれ以上の追求はせずに、俺の差し出した肴にごまかされてくれるのだ。
 時折、人の気持ちに疎い彼は、ほんの時折、俺の気持ちにとても聡い。
 だからこうして、俺の前で、機嫌よく笑いなんか浮かべて、俺の作った肴で、酒を飲んでくれるのだ。
「……愛が欲しいです。」
 テーブルに突っ伏して、聞こえないくらいの小さな声で呟くと、彼は暫く間をあけて、そうっと、俺の頭を撫でてくれた。
 
 
 
 願い続けた夢の青より、そこで揺らぐ、金色が欲しい。

 
 
 


度々、ワンピで…
どこがクレヨンか、と言われると困るが、元からそんな物、取っ掛かりにしか使っていないのだから、聞かれる事もないと思うけれど。画用紙に線を引くのはクレヨンだと思っていただければ。

(2004.1.13)

「文字書きさんに100のお題」の作品です。




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