結婚 おめでとう
ぼんやりと、綺麗に書かれた文字を眺めて、ため息が出た。
結婚式の二次会でありがちな、下にメッセージの書かれたポラロイド写真。
緑の髪の友人とその親友の並ぶ姿には、笑顔がなかった。
普段から、あまりにこやかな人間ではない友人は、カメラに笑うなんてあまりないから、わからないでもないけれど、その隣の人物まで、どこか不機嫌そうなのは不思議だった。
結婚が決まったのは、つい三カ月前。
ばたばたしながら準備をして連絡をして、1カ月ぶりくらいに今日やっとゾロに会った。
見慣れないスーツを着て隣に女性を連れている姿を見て、今までで一番の衝撃を受けた。
1年前に、車にはねられて血を流す姿を見た時よりも、今日の姿が驚きだった。
死ぬかもしれないという違和感より、女性を連れている姿の方が違和感が大きいなんて、考えもしなかった。
今までに、名前と付き合いの古さを聞いた事はあったけれど、一度も会った事のない彼の親友は、キリっとした目の女性だった。
彼の隣に立って、儚く見劣りしない女性がいるなんて、今日初めて知った。
彼女の方が、彼より二つ年上で、それは、俺よりも彼女が二つ年上だという事。
『はじめまして』と言った彼女の声に、俺に対する批難の色が見えたのは、気のせいじゃないんだろう。
この1カ月会っていなかったゾロとは、その前の日まで一緒に暮らしているも同然の状態だった。
アパートの隣の部屋に住んでいた彼は、俺が入居の前日に酔って玄関の前に座っていたのを、快く家へ上げてくれたのだ。
その夜は寒かったから、朝起きて玄関の外に凍死体が転がっていたら嫌だったのだと、後になってゾロは言った。
俺は酒で酔っていたし、もしそうなれば、俺としては結構楽な死に様だったとは思うけれど。
それから、俺はゾロの部屋に通うようになった。食材を持って家に押し掛け、飯を食わせて、その返礼をゾロからもらった。
なんでそういう事になったのか、未だにさっぱりわからないけれど、ゾロは少しも抵抗はしなかった。それに納得している様子もなかったけれど、そういうものだと思ったのだろう。不思議そうな顔をして、俺を見返すだけだった。
俺が玄関の前でしゃがんでいた時、反対側の隣の住人は、気味の悪いものを見るような目をして、通り過ぎていった。だから、声を掛けてくれたゾロがとても優しいものに見えた。
水を汲んでくれて、俺の為に布団をあけてくれた。夜中に嫌な夢を見て起きたら、心配そうな顔をして頭を撫でてくれた。
外見からは想像がつかないくらい優しくて、俺は、その傍にいたくて仕方がなくなったのだ。
「新郎がため息なんて、景気が悪いわね。」
ふいに掛かった声に驚いて顔をあげると、手元の写真に映る女性が立っていた。
「…あ……」
「途中で悪いけれど、ゾロが具合よくないみたいだから、帰らせてもらおうと思って。」
「具合悪いって、どこ。」
風邪もひいた事のないゾロが、具合が悪いなんてと、慌てて当たりを見回すと、彼女は苦笑を浮かべた。
「気にする事ないわ。ゾロには私がいるから。」
にっこりと笑ったその表情は、とてもじゃないけれど、楽しい事を考えている笑顔ではなくて、ビシビシと突き刺さる刺に、俺はちょっと怯んだ。
「くいなさん?」
「欲しいなら、貰ってくれて良かったのに。」
つまらないオチだわ。と彼女は言って、俺の手元の写真を奪い取ると、俺の目の前でビリビリと破り捨てる。
「あ…」
「でも、根性なしには、あげられないの。あれは、私の大事な宝物だから。」
呆然と床に散る写真の破片を見つめる俺に彼女は言い、くるりと背を向けて離れて行く。
暫くその床を見つめていた俺がやっと顔を上げると、店のドアを彼女の肩を気遣わしそうに支えて出て行くゾロの後ろ姿が見えた。
俺の顔も見ず、挨拶の一つもなしで出て行く後ろ姿は、彼女以外の何も必要としていないようで、俺はなんだかよくわからないまま、泣きたい気分になった。
「どうしたの? サンジ。」
にっこりと笑う妻となった元恋人を見返して、俺は苦笑を浮かべて首を横に振った。
「なんでもないよ。」
「文句の一つも言ってやればよかったじゃない。」
「……もういい。」
苦笑を浮かべる幼馴染みに、ため息がもれる。
具合が悪いなんて言ったのは、嘘だって気付いたはずで、それでもそれを指摘しなかったゾロは、あの場所から離れたかったという事なのだと、くいなにはわかったから。
「今からでも、きっと間に合うと思うけど。」
「それで、あいつはまた逃げるんだ。そんなの一回で充分だ。」
逃げた者を追い掛けて、一度捕まえたとしても、それをずっと捕まえておく自信がない。檻に入れて繋いでおくのは違うと思うから。
「………まぁ……そうだろうけど。」
いつも自信に満ち溢れて、顔を伏せた事もなかった幼馴染みは、隣に暮らす男と知り合ってから、ため息をついたり、泣きそうな笑みを浮かべたり、ちょっと様子が変わった。人間らしくなっていい事だと思ったし、そんな事よりずっと、楽しそうに笑う事の方が増えたから、それでいいと思っていたのに。
「ゾロがいいならいいけど。」
「よくはねぇけど、仕方ねぇよ。」
ああいう生き物だとわかってたし。とゾロは呟き、空を仰いで笑った。
「………あの夫婦、長続きしないだろうね……」
「だろうな。」
ちょっとだけいじわるな顔で笑うゾロが楽しそうだから、この話はここまでにしようと思った。
近い将来、あの根性無しがゾロの部屋を訪れる事があったら、また嫌味の一つも言いに行ってやればいい。
幼馴染みの親友は、大事な大事な弟分でもあるのだ。弟を魔の手から守るのは姉の役目だ。
「次は、もうちょっとマシなのを探してよね。」
「くいなこそ、早く結婚しろよ。」
余計な事を言う親友の横腹を殴りつけて、夜空を仰ぐ。
「………こういう事もあるわよね。」
「そうだな。」
笑うなら、一緒に笑ってあげる。
ポラロイドって、べろーん、って出てくるやつで間違ってないよね?
くいなを出すのを、以前は凄く躊躇っていたのだけれど、パラレルだったらいいかなぁと、思えるようになってきた。
勝手に二つ年上にしてるけど、公式だとどうなのかな?(2004.3.7)
「文字書きさんに100のお題」の作品です。