温かいものの傍にいたいと、手を伸ばして掴み取った人がいる。
温かいものが欲しいのに、手を伸ばす事をずっと迷っている人だった。
だから、最後に、手を伸ばしてくれて、本当に嬉しかったんだ。
多分、これが本当の『嬉しい』なんだと思った。
「また、おでんの季節が来ましたね〜。」
ちょっと早いけれど、炬燵を出しましょう。
そう言って、二人で納戸から炬燵布団を出してきて、天気がイイから布団を干して、自分達もひなたぼっこでもしようかと、縁側に出てのんびり空気をかもし出してみたりする。
朝晩の冷え込みは厳しくなってきたけれど、昼間はまだまだ充分に暖かい。風はちょっと冷たいけれど、それほど気になるものでもなかった。
「そうですね。」
二人で暮らし始めて、すっかり料理のレパートリーの増えた上忍は、おでんが好きだった。
と言うより、鍋が好きなのだろう。二人で鍋をつつくのが楽しくて仕方がないのか、冬になると鍋料理の登場回数はかなり増える。
「俺、去年作ってくれた、鳥団子の鍋、あれ、食べたいです。」
手作りの鳥団子なんて、一体どこで習ったやら…と思うのだが、彼は凝り性だった。しかも、それが手早いので、文句を言う隙がなくて、単純に『おいしいなぁ』なんて思ってしまうのだ。
上忍が、そんな事までしなくてもいいのに。と思うのだけれど、そう言ったら、多分怒るから言わない。その辺、父さんに似てる。
「じゃ、俺には、キムチチゲ作って下さい。」
驚いたのだけれど、彼は漬け物を漬けるのが上手い。そんなわけで、彼が漬けたキムチで作る鍋は、とても美味しい。
この間、梅酒を漬けているのも見たから、その内食卓に上がってくるだろうと思うけれど、なんかもう、所帯じみてて笑える。一人暮らしの頃から作ってたって言うんだから、どこにお嫁に行く気だったのよって、笑ってしまったけれど、うちに嫁に来たんだからまぁいいか。
「で、今日は、おでんにしましょう。」
日向で呑気に転がって、任務なんてすっかり遠くに追いやって、今日の夕飯や、いつかの夕飯の話をする。
こんな幸せの存在は、ずっとずっと知らなかった。
そんなものと、思っていた事だ。
それなのに、こうして手に入ると、何でか手放したくなくなるのだ。殺伐とした空気の中で焦燥感に駆られて、ふいにそれを懐かしく思って、気が落ち着く。
「イルカさんの漬けた梅酒、そろそろ飲めるんですか?」
「もう少し待った方が美味しいと思いますけど、去年漬けたのがあるんで、あれ出しましょう。」
飲みたいんです。と、顔で伝えた上忍に、笑って答えれば、嬉しそうに笑ってみせた。
この人の傍に俺がいていいのかな、なんて思って、気が落ち込んだりする事もまだあって、でも、こうして傍で笑ってくれるのを見ていると、これでいいんだと思えるから不思議だ。
「イルカさんって、誰にそれ教えてもらったんですか?」
「近所のおばあちゃんです。」
あっさり答えてみせる彼は、そんな独身男が少ないなんて考えていないんだろう。教えてくれたおばあちゃんもいい人だけど、男が梅酒や漬け物の漬け方を教えてもらう事に、何も思わなかったんだろうか。
「美味しいでしょう?」
先生が良かったですからねぇ。なんて呑気に笑うその表情を見ているだけで、何でこんなに穏やかな気分になれてしまうんだろうか。
ちょっと前に流行ってた、癒し系ってやつなんだろうけど、これに怒る人もいるんだろうなぁ。
「はい。」
だから、この人は、俺の傍にいなくちゃね。
笑っているからいいでしょ。
笑っていられる間は、こうして傍にいないとダメだね。
こうしていると、そう思う。
「トランキライザー」抗鬱剤とか精神安定剤とかいう意味らしいです。
なので、『君は僕の○○です』って感じに……
連作設定のカカイルですね。つーかもう、原作よりのカカイルは私には無理。いないんだもの。
鳥団子を作る上忍と、漬け物を漬ける中忍。多分、同棲が始まって2年くらい経ってるんではないかと…
食べ物シリーズと化すのが不思議なんですが、私の書く話には矢鱈に食べ物が登場します。(2003.10.29)
「文字書きさんに100のお題」の作品です。