はさみ



 シャキリ、と音を立てるそれに遅れて、パサリと、黒い髪が縁側に敷かれた紙の上に滑り落ちた。
「どうせなら、もっと伸ばしてしまうって言うのはどうなんですか?」
 首筋で結んで背中に流れるくらいまで伸ばしてもいいんじゃないかな、と時々思うが為に、こうしてこまめに髪を切っているのが不思議になる。
「洗うのが面倒になるじゃないですか。」
 あんまり切らないで下さいよ。と言われたのを誤らず、カカシはイルカの髪をいつもと同じ長さに切りそろえていく。
「だったら、もっと短くするとか。」
「髪を整えるのが面倒になるでしょう?」
 カカシが毎朝跳ねた髪を面倒がりつつも直しているのを、イルカは不思議そうに眺めているのは感じていたが、こうまで『面倒』を全面に押し出されると、カカシとしても物悲しくなる。
「イルカ先生は、もう少し御自分を整える事に興味を持った方がいいですよ。」
 今のイルカの身だしなみが整っていないとは言わないけれど、例えば休日に着る服だって、もう少し考えてもいいのではないかと思う。そうしたら、それに合わせられる髪型にするのも楽しいだろうと思うのだ。というか、見る自分が楽しみたい。
「カカシさんほど見た目が良くないですから、そんなの構ったって仕方ないでしょう。」
 前髪からまとめて括れる長さの髪は、少しくらい跳ねていたっていつも同じ形に結い上がる。服装が忍び服と殆ど変わらない黒の上下である事が多いのは、その姿でいるのが一番落ち着くからだ。
「そうでもないと思うんですけど…」
 そうため息まじりに呟いて、鋏を下ろすと、イルカはほっとしたように息をついた。
「ありがとうございました。」
 ぺこり、と頭を下げて、イルカは綺麗に切り揃えられた髪を、首の後ろで紐で結わえる。
 休日のイルカは、普段上の方で結っている髪を、首の後ろで結うようにしているが、多分それも、面倒だから、なのだろうな、とカカシは思う。
 家の中を掃除する事とか、庭を整える事とか、アカデミーの仕事だとか、そういう事に関しては、イルカはとても細かくきちんとするのだが、こと、自分のことに関しては、かなり投げやりだ。
 確かに、カカシとイルカが並んで立って、顔かたちが整っているのはどちらか? と聞いてみたら、10人中6人くらいは、カカシを選ぶのではないかと思うけれど、カカシだって、目を見張るような美形でもないし、イルカのような無骨な感の交じる顔が好きな人間だってきっと沢山いると思うのだ。もっと、自信を持ったらいいのに、と、カカシは思う。
 ただ、あまり人目を引くようになると、自分の立場が危うくなりかねないから、程々がいいのだけれど。
「今度、それでアカデミーに行ってみたらどうですか? 皆、驚きますよ。」
 イルカ先生、結構髪が長かったんだね。って感じで。
「……驚かせてどうするんですか…」
 そうは言いつつも、あまり髪をひっ詰めていると、額が上がってしまいそうだなぁと、最近思い始めたイルカは、それもいいだろうかと、少し興味を引かれる。
「……あ、ちょっと、気になったでしょう?」
 カカシは笑いながら、鋏を持って部屋の中へ移動する。イルカは髪をまとめた紙を持ってその後を追い掛け、それをゴミ箱に放り込んで台所へ足を向ける。
「カカシさん、お茶でいいですか?」
「はい。」
 鋏をしまって炬燵に入ったカカシは、問いかける言葉を肯定し、きっと、明日朝、イルカは、髪をどこで結うか迷うだろうと考えて、笑みを浮かべる。
 そうやって、違う自分ってものに気付いたら、外側だけでなくて、色々変わっていくんだろう。
 カカシが、イルカの傍であれこれ自分を考えはじめて変わったと言われるように、イルカも自分に影響されて変わっていったら、一緒にいる意味が感じられて、嬉しい事だと思う。
「お待たせしました。」
 お茶とお茶請けを盆に載せたイルカが戻ってきて、いつものように斜の位置に座るのを眺める。
「それ、似合いますよ。」
 何の気なしに言った言葉に、イルカが呆然と自分を見返すのを眺めながら、カカシは首を傾げた。
「………あんた、馬鹿ですよね。」

 
 
 


カカイル、相変わらず、忍びでも何でもない人々。
忍者の彼等は、書く為に色々考えなくてはならんので、どうしても縁側でまったりする熟年夫婦のような二人になってしまうのが情けない。
でも、こういうのが好きなのだな。

(2003.12.14)

「文字書きさんに100のお題」の作品です。




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