せっかくの日曜なのに、つまらない。
オープンエアの店の一角で、ぼんやり外を眺めながら、俺はそんな事を思った。
開けた空間から見える空は綺麗な青で、本当は、庭で鍛練でもしようと思っていた事を思い出した。
なのにどうして俺がこんなところで、今一つ味のよくわからないコーヒーを飲んでいるかと言えば、外へ連れ出した人間がいるという事で、その人物は今、俺の隣で知らない女と楽しそうに話をしている。
それは、俺の10歳年上の半分血の繋がった兄のサンジで、半年前から、恋人というものになった人間だ。
今日、鍛練を始めようとする俺に声を掛けたサンジは、せっかくいい天気だから、デートをしようと言い出したのだ。鍛練と比較して、そちらを取ったから、俺は今ここにいる。でも、鍛練を取ればよかったと思い始めた。
だって、デート中に他の女に声を掛けられて、喜んで恋人同伴でお茶をするってどういう事だ?
俺から見たって、その女は美人だと思う。多分、サンジと同じくらいの年だろうし、話も合ってるように見える。だから、これは、サンジの性格からしたら、当然の事なんだと思う。
サンジは、女に優しいし、好きなのがよくわかるから。
でも、俺がいいって言ったのもサンジだ。それなのにこれじゃ、それを信じて頷いた俺が馬鹿みたいだ。
何を話しているのかよくわからない事で二人が盛り上がっているから、口も挟めない。でも、せっかく二人で出てきたんだから、ここで一人で帰るのも嫌だ。
気付いたけど、俺は最近結構サンジが好きらしい。ことあるごとに好きだと言われていれば、そちらに傾くものなのか知らないけど、少なくとも俺はそういう人間らしい。半年前よりは確実に、サンジが好きだと思うし、こういう場面で面白くないと感じるようになる程度の、独占欲もあるのに気付いた。
その反対で、サンジは最近あんまり、俺に構わなくなった気もする。それは、俺の気持ちが変わったから、今までと同じじゃ足りなくなったって事なんだって事も、予測はついているけど、何となく、複雑だ。
10歳の違いは結構大きい。
子供の頃の話なんて勿論合わない。サンジが懐かしがるものが俺にはわからない。それを、俺に説明してくれるのを聞いているのは好きだけど、それを俺以外の誰かと話していると、俺はさっぱりそこに近付けない。そういう時は、今みたいに、違うところを見てやり過ごしているしかない。
多分、そうやってでも、サンジの傍から離れない俺の考えなんて、サンジはわかってるんだと思う。
だって、10年分の経験は大きいだろう。俺の恋人はサンジが最初だけど、サンジの恋人は俺が最初じゃないから、そういう付き合いの仕方だってよくわかってるだろうし、10も年下の子供の考えてる事なんて、きっと簡単にわかってるんだろうと思う。
最初、母さんを思い出して、とりあえず釘を刺した。効果は大きかった。けど、それほど長持ちはしなかった。母さんのも効果は1カ月くらいだったのかもしれない。叔父さんは月に一度しか来なかったし。
こういうところ、俺は間違いなく、お母さんの子供じゃなく、母さんの子供なんだなと、思う。それが、嬉しい事か悲しい事か、よくわからないけれど。
「ゾロ、どうかした?」
「……何が?」
ふいに声を掛けられて、サンジを見て問い返せば、サンジは戸惑うような表情で俺を見て、額に指を突き付ける。
「しわが寄ってる。」
「……ちょっと、考え事してただけだ。」
いつになったら、ここを出るのかな、とか思ってたのは最初の15分くらいだ。後はもう、自分でも何を考えていたのかよくわからない事をぐるぐる考えてた。眉間にしわも寄るってもんだ。
「そう? そろそろ行こうか。」
にこりと笑うサンジが俺を見ているのにほっとして頷くと、それを見ている女と目が合った。
また、三人でどこかへ行くのかと思って、思わずため息が漏れた。
「ゾロ?」
「……帰る。」
やっぱり、家で鍛練をしていればよかったのだ。サンジの日曜の休みは久しぶりで、遊びに行こうと誘われたら、断る理由なんて見つからなかったけれど、こういう状況は考えるべきだったんだ。
「なんで。まだお昼前だよ? これからだろ?」
「なんか、疲れた。」
慌てるサンジを見るのは、ほっとする。まだ、俺の事、構ってくれるんだなって。
「……ゾロ?」
「一人で帰るから。」
段々自分が情けなくなってきて席を立って店を出ると、サンジは焦ったように慌てて俺を追い掛けてくる。
こんな風に我侭を言って、サンジを振り回すのはとてもみっともないと思うけど、これくらいしか、俺ができる事はない。だから、それが情けない。
「ゾロ!」
腕を引かれて足を止めると、サンジが困ったように俺を見ていた。
「どうしたの?」
「………」
「ゾロ、ちゃんと言ってくれないと、わからないよ。」
困っているんじゃなく、呆れてるんだろうかと思う。俺が勝手な事を言うから。
「せっかく二人でいるのに、」
「だったら、俺と話せばいいだろ。」
それは俺の言い分だと思って言葉を遮れば、サンジは驚いたように俺を見返した。
「俺といてもつまらないなら、誘ったりしないで一人で出掛ければいい。」
そうしたら俺は、サンジがどこで誰と会っているかも知らないでいられるし、サンジだって俺の機嫌なんか取らなくてよくていいはずだ。
「………えっと…」
ギッと睨み付けた先で、サンジの顔がみるみる弛んでいき、俺は今さっきまでの不機嫌がかき消える程の不信感に襲われた。
「サンジ?」
今の会話の中に、それ程喜ぶような内容があったとは思えず、また、好みの女でもいたのだろうかと後ろを振り返ろうとした俺を、サンジは腕を引いて抱き寄せる。
「サンジ!?」
一体何事かと慌ててもがくと、サンジはぎゅうぎゅうと腕に力を込めてくる。
一応ここは往来で、通り過ぎる人々が見ないでもないのに、何をするかと思ったが、まぁ、周りから見ても、ちょっと仲のいい兄弟にしか見えないだろうと思い直して動きを止める。
「今のって、やきもち?」
「は?」
嬉しそうに問い掛けられて、顔を上げれば、満面に笑みを浮かべたサンジがそこにいる。
「ちょっと、感動。」
嬉しいなぁ。なんて弛んだ顔で呟き、満足そうに息をつくサンジの考えている事がよくわからない。
「怒ってると思ってたから、凄く嬉しい。」
「怒ってたぞ。」
拗ねてただけだけど、でも、そんな事を言うのは癪だ。
「うん。俺も、拗ねてたの。ゾロが、俺と一緒にいるのに、あの人の事見てたからさ。」
満足したのか、サンジは腕を緩めて俺の手を握ると、手を引いて歩き始める。
「見てた?」
言われて思い返して、その髪に目を引かれたのを思い出した。
「見てたでしょ?」
「……くいなが髪を伸ばしたらあんなかな…って思ってただけだ。」
あの女の髪は黒く長くて、短く髪を切っているくいなが、髪を伸ばしたらあんな感じだろうかと思ったのだ。それ以外に、特に何も考えてはいなかった。
「だろうと思ったよ。」
「じゃ、なんで拗ねる?」
くいなの事を考えたくらいで、サンジが拗ねるなんてちょっと考えられない。くいなの事はサンジだってよく知ってるし、くいなにも俺にも、特別な感情なんてないのは知ってるはずだ。
「………ゾロの中から、くいなちゃんが消える事はないんだなぁって思ってさ。」
その言葉を聞いて、俺が、サンジがやっぱり女がいいって思うんじゃないかと思ってるように、サンジも、俺に色々不安を感じているのかと思って、ほっとした。
10年分の経験には勝てないかもしれないけど、サンジとの付き合いの長さは対等なのだ。サンジはサンジなりに、経験に照らし合わせて、俺との間を計っては、迷っているのかもしれない。
「そんなの、仕方ないだろう?」
くいなの方が付き合いが長いし、同じ道を目指す者として、わかりあえるところも多い。知り合いの女の名前を挙げろと言われたら、くいなが一番に上がるくらいだ。
「……ゾロの中が、俺だけで埋まっちゃえばいいのに。」
ぽつり、と寄越された言葉に驚いて、慌てて隣へ並ぶと、サンジはちょっと困ったように笑った。
「帰る?」
「………帰らない。」
手をきちんと握り返して答えると、サンジは嬉しそうに笑ってくれた。
俺の中がサンジで埋まってしまう事が有り得ないのと同じで、サンジの中が俺で埋まる事だってないだろうけど、少しでも多く、俺が占めてる場所が増える為にも、サンジがこうして笑ってくれるような事をしたいと思った。
義兄弟もの、終わったって書いておいて、あっさり続き書いてます。
半年後。弟は兄がかなり好きである様子。でも兄は弟が大好き過ぎて、その幼馴染みにまで嫉妬せずにはいられないのでありました。て感じですね。
ちょっと、弟さん乙女注意報かもしれん…(2004.3.16)
「文字書きさんに100のお題」の作品です。