自分が奪ったもの。
自分を縛り付けていたもの。
そう思い込んでいたもの。
「お前さ、そんなに酒飲むと、麻酔効かなくなるぜ?」
瓶に直接口をつけて酒を飲む姿に、呆れたように声をかければ、奴は少し驚いたような顔でこちらを見返してきた。
「そうなのか?」
俺の言いたかったのは、『だから、酒は控えろ』という事だったのだが、聞いた方は、声になった言葉の中身だけを受け取って首を傾げていた。
バカでも、ガキでもないんだろうが、こういう含みを理解しない性格に、時折呆れる。これが、『血に飢えた魔獣』とか呼ばれていた人間なのだから、噂ってのはあてにならないな、と思う。
「俗説だ、俗説。」
事実そうなのかなんて事は知らないが、そういう話は聞く。
剣士と仲の良い船医に聞けば、答えをくれそうな気はするが、俗説はそのまま置いておけ。と思う。そんなの追求して間違っていたって、誰も困ったりなんかしないのだから。
「そっか。」
あっさり興味をなくしたらしいゾロは、また瓶に口をつけて酒を煽った。
「……ちょっとは、人の言う事聞けよ……」
心の機微ってもんを、理解する脳味噌はねぇのかよ。と思いつつ、持ってきた皿を差し出せば、ゾロはおとなしくそれを受けとった。
既に日課になってしまったかのように、夜、皆が寝静まった頃に、俺は見張り代わりに起きているゾロに、酒のつまみを運ぶようになった。
俺の知らない頃のこの船の事情を知る為に、という名目で始まったこの夜の会話は、意外に楽しく、ずるずると終わりを見せず、ネタもなくなった今でも、こうして続いている。
最近のネタは、お互いの過去だったりするのは、大概話す事が尽きたからだったりするけれど、ゾロのガキの頃の話を聞くと、自分との生活の違いに驚くし、ゾロもこちらの話に驚いてみせるから、こういう話を皆でしたら、結構な楽しみになるんだろうな。と思わないでもない。
だけれど、俺がそうはしないのは、どうしてなんだろうか、と、ふいにそう思う事が最近増えてきた。
「……俺な、ジジィの足食って生き延びたんだ。」
何を話すかな、と思っていたところで、ふいにこぼれた言葉に、ゾロはぎょっとした顔をしてこちらを見返してきた。言った俺も驚いたんだから、聞いたゾロはもっと驚いたと思う。
こういう話は、多分、前置きもなしに突然始まる話じゃないはずだからだ。それでも、引っ込みもつかず、俺はこれまで避け続けてきた、その辺を語って聞かせる事にした。
オールブルーを夢見ていた子供だった事、海賊がやってきた事、二人きりで島に流れ着いた事、食料を渡されたこと、ジジィは自分の足を食った事。それからバラティエを作った事。
ゾロは黙ってそれを聞いていた。こういう時、この船に乗っている奴らは、人を茶化すような事は言わないし、簡単な慰めも言わない。俺は、そういうところが気に入っている。
「……それで、あの足なわけか……」
ゾロは俺の話が終わると小さくそう呟いた。でもそれは、その行動に慰めを言おうとしているような様子ではなくて、何ごとかに納得しているような響きだった。
「でも別に、お前が生き延びたのと、あのじいさんが足食ったのとは別の話だろ?」
あっさりゾロはそう言い、俺は驚いてゾロの正気を疑った。
「別の話って」
ルフィもそうだったが、どうしてこいつらは、こうもあっさり俺の考えを否定してくれるのだろう。俺がバラティエにいた間、どんな気持ちでいたと思っているんだ。
「生き延びる為には食わなくちゃなんねぇんだし、右足食ったなら、その足食うのが一番良かったってことだろ?」
「一番良かったって、ジジィはあの足で…」
あの足で戦って来たのだ。だから、あの足をなくすという事は、その先をなくすという事ではないか。
そう思ったから、自分はあの場所にしがみついていたのだ。
「だから、海賊やるより、生き延びてコックやるのを選んだってことだろ。だったら、腕はなくせねぇ。元海賊じゃ平穏無事に事が運ぶとは限らねぇから、両足なくすわけにもいかねぇ。だから、右足だったてことだろ。俺だって、どこ食うって言われたら、足を食う。剣が持てなくなるから腕は捨てられねぇ。そういう事だろうが。」
睨み付けるような視線で見据えられて、俺は反論を封じられて口を噤んだ。
ルフィと言い、ゾロと言い、なんでこうも簡単に、ジジィの事を読めてしまうのだろう。
傍にいた事のある人間でもなく、大した言葉だって交わした事がないはずだ。俺がわからなかった事を、なんでこうも簡単に口にできるのだ。
「最初から、足食う気だったって言うのかよ。」
「それより先に、助けが来ると思ってたんだろ? 膝下にそんなに肉が付いてるわけねぇ。」
我慢した事のない子供よりも、自分が耐えられると思ったから、食料は子供にくれてやった。だけれど、予想以上に助けは遅かった。仕方ないから、生き延びる為に足を食べた。
「自分が生き延びる為に、自分の足を食った。そういう事だったんじゃねぇの?」
あくまでもその選択は、自分の為にあった事だと、ゾロは主張する。そこに、俺の存在など関わっていないと。
だけれど、それは本当だろうか? 俺がいなくても、ジジィは自分の足を食っただろうか? そうまでして生き延びても、もう海賊なんてやる気がなかっただろうに。
「…それに……お前に、探し物は頼むって、決めたってことだろ。」
俯いた俺の頭に向かって、ゾロは少しだけ柔らかくなった声でそう言って、わしわしと、俺の髪をかき回してきた。多分、俺が落ち込んだと見て、慰めてくれてるんだろうと思う。
「…………」
「そんで、お前は、それ請け負って出てきたんだろ?」
あんなに冷たい人間なんて、他にいないんじゃないかと思う事もあった。でも、そればかりじゃない事だって知っていた。自分を認めていないと思って、何時だって悔しく思っていたのに、本当に、そうなんだろうか。
「いつまでも、後ろ向きな事言ってんなよ。」
夢を得ようとしたもの。
その為に差し出したもの。
生きる為に必要だった事。
だから悔いはないのだと、
あの背中はいつだって語っていたのだ。
ワンピ、第3作。片足と来たら、これしかないんだよな…って。
書きかけてたら、違う話ができたので無理矢理二つに分けてしまった片割れ。
もう一つの方は、ゾロの約束について。となってました。
散々、色んな人が書いてるネタなんだけど、やっぱり、それぞれに捉え方が違うんだよな。と思うネタでもあるので、私の見解を発表。(2003.10.28)
「文字書きさんに100のお題」の作品です。