振り返って確認するのではなくて、ちらりと伺うように様子を確認する。
そうしなくてはいけない理由なんてないけれど、そうしなくては気付かれるから。
気付かれないように、そっと、そっと、ちゃんとそこにいる事を確認するのだ。
甲板で日に当たりながら眠っているその姿は、既に誰もが見慣れたもので、いっそ、ない方が落ち着かないような状況に持ち込んだのは、彼の策なのか、何も考えてはいないのか。
多分、何も考えていないのだろうと思うものの、彼には『もし』がないとも言い切れないとも思わせる、ちょっと読めない部分がある。
もしかしたら、本当は寝ていないとか? という疑問は同じ船で行動し始めてから三日程で消え去ったが、何の為にあんなに寝ているかはさっぱりわからないと、サンジは思う。
それに、意外に眠りの浅い時もある。ルフィに呼ばれればすぐに起きるし、あれは一体どういう仕掛けなのか。
「野郎ども、飯だ!」
呼び声に応じて、固まって何やらしていたチョッパーとルフィ、ウソップが立ち上がり、いつものように甲板の端で眠っているゾロに、ルフィが歩み寄る。
最初の頃は、まっ先にキッチンに駆け込んでいた船長は、全員が揃うまで待たされる事を学んで、ゾロが眠っていれば起こしていく事を身につけていた。そして、今日も今日とて昼寝中のゾロの頭をパシパシと叩き、声をかけるのだ。
そのやり取りを見ていると、サンジは何となく釈然としないものを感じる。
あれは、以前ならば、自分の役目だったはずだ。
普段、キッチンで仕事をしているサンジと、甲板で鍛練か昼寝をしているゾロは、あまり接点がない。
話がしたいからと言って、鍛練の邪魔をするなど、仕込みの邪魔をされるのと同じ事と思えば、とてもできる事ではなく、では、昼寝の邪魔をするか? となると、これまたなかなかできる事でもなかった。
例えば、昼寝の理由が『暇だから』だったならいいのだが、『怪我の治療の為』とかだとしたら、次の戦闘で死にそうな目に合われるもの困ると思うのだ。
まず、初めて目の前で展開されたゾロの戦いが悪かったと、サンジは思う。
それ以上がないと言うしかない惨敗。その後の戦闘でも、本当に死ぬかもしれないと思う程の状態だった。あれを見ていて、当人が治ったと主張しても、外側の皮がくっついたって、中はどうだか知れないと思ってしまう。
そんな不安もあって、サンジはゾロが起きてぼんやりしていない限り、傍によって声を掛けるのすら迷うのだ。それを振り払えるのが、食事の為に起こす時くらいだったものを、今はそれすらなくて、『最近、何話したっけな…』と思う程、ゾロとの接触は足りていなかった。
学習する船長は正しい。食事は揃ってとった方が旨い。サンジが起こしに行くよりも、ルフィがその場で起こした方が早い。
それでも、自分の権利を奪われたような気になるのだ。
ぱし、と小さく乾いた音がして、ちらりと肩ごしに様子を伺えば、ゾロが手を合わせて小さく頭を下げていた。
どうやらあれが、彼の国の作法らしい。食事の前と後に、ああして手を合わせるのだ。小さく何やら呟いているが、ああいうのは、料理人に聞こえなくちゃ意味がないんじゃないのかと、サンジはいつも思う。
食事の前と後に祈りを捧げる作法もあるし、多分あれは、感謝の印だろう。こちらに気付かれないようにこっそりそうするのは、照れなのかなんなのか。とにかくサンジは、それに知らないふりを決め込む事にしていた。気付いたら最後、もうしないような気がして。
「おぅ、悪いな。」
最後になったゾロとチョッパーが仲良く、テーブルの上に残った皿やコップを流しへ運んでくる。
大体において、ルフィはまっ先に食事を終えてキッチンを出ていき、ナミとロビンはゆっくり食事を終えてそのままキッチンを出る。ウソップは日々バラバラで、嫌いなキノコが食卓に上がると、泣きそうな顔で最後までもそもそと食事をしている。そして、最後になるのが多いのが、チョッパーとゾロの獣コンビだ。
何か通じるものがあるのか、ゾロはチョッパーに対してそれは優しく対応している。チョッパーも怪我の多いゾロに慣れるのが一番早かったのか、時折一緒に昼寝をする姿も見るし、鍛練中のゾロの頭の上にのっかっている姿も見ないではない。
「今日も、うまかった!」
チョッパーは皿を受け取ると嬉しそうにそう言い、ゾロはその後ろから手を伸ばして、シンクの中へ皿を下ろす。
「お前は、また昼寝すんのか?」
「暫くは、しねぇ。」
すぐに鍛練もダメだぞ。と、下からチョッパーは声を掛け、ゾロがチョッパーの帽子をぽんぽんと叩いて了解を示すと、これまた嬉しそうに笑った。多分、この反応がわかりやすくて、ゾロがチョッパーに構う気持ちもわかる気がする。
「なぁ、ゾロ。ゾロがいっつもこうするのって、何なんだ?」
背中を向けたゾロのあとに続きながら、ついでに聞こうと思ったのか、チョッパーは手をぽん、と合わせてペコリと頭を下げてみせる。
「……ぅ……」
ゾロはチョッパーから視線をサンジへ移し、サンジが驚いたような表情を浮かべているのを見て、視線をあちこちに飛ばし始める。見るからに行動があやしく、どうしてこうもわかりやすいんだろうかと、サンジは半ば感心してしまう程だったが、チョッパーには今一つその意図がわからなかったらしい。
「ゾロ?」
チョッパーがいけない事を聞いたのかと、不安そうにゾロの脚に手をやるのを見て、サンジはくるりと背中を向けてシンクに向き直った。
「……あのな……」
ちょこちょことチョッパーがゾロにつられて移動していくのが足音でわかる。それをそっと肩ごしに伺って、ゾロがチョッパーの前に屈んで耳を貸せと指を動かすのを見る。
「旨い飯を食わせてくれて有難う、って事だ。」
そこに集中していれば、ちゃんとその声は聞こえるもので、サンジはゾロのその言葉に口元が緩むのを堪えきれず、煙草が落ちそうになるのを慌てて指先で摘み取った。
「お前ら、夕食に食いたい物、何かあるか?」
こちらも向かずに掛けられた問いに、ゾロはちらりと視線だけそちらに向ける。
「俺、俺、米が食べたい!」
チョッパーが、手を挙げて主張をし、ゾロはこちらを向かないサンジの首筋がうっすら赤いのに気付いて、今の説明を聞かれたのに気付いた。
「お前は?」
振り返らないのはきっと、首筋まで赤くなる程に顔が赤いからだ。
「ゾロ? どうしたんだ?」
顔が、と言いかけたチョッパーを慌てて抱き込んで口を塞ぎ、ゾロは勢いをつけて立ち上がる。
「ブリ大根。」
多分、作った事もないだろうと思われるメニューを口にして、ゾロはそのままの勢いでキッチンのドアを開ける。
「何、それ?」
思わず、と言った様子で振り返ったサンジと目が合い、二人で揃って言葉を失う。
「二人とも、顔が真っ赤だぞ。」
弛んだゾロの腕の拘束から抜け出して、チョッパーは自分を抱きかかえているゾロと、後ろに立つサンジの様子を見て首をかしげる。
「気にするな。」
ゾロはそう言うなり、ドアを開けてキッチンを飛び出した。
「ゾロ!?」
まさか、喧嘩でもする気だったのか? と、ゾロの顔を見上げて、それが怒りの表情ではない事に、チョッパーは気付く。
「二人とも、もうちょっと、ちゃんと仲良くすればいいのに……」
そう思っても、口にしてはいけない事を理解しているチョッパーは、ゾロの顔色が元に戻るまで、ゾロの腕の中におとなしくおさまっていようと思った。
「ゾロは、サンジの事嫌いなのか?」
「…………そんな事ない。」
あまり嘘を言わないゾロは、小さな声でそう答えて、更に顔を赤くした。
ワンピ、第4作。サンゾロっぽく。必死に頑張る自分を感じる。
まだ、向き合っての好意の主張はできない程度に、相手の出方を伺っているらしい。
チョッパーとゾロをセットにするのが好きなので、傍に置いてしまうのですが、なんでゾロはあんなにウソップやチョッパーには優しいのに、サンジやロビンには冷たいのかなぁ… もっと仲良くしてくれぃ…(2003.11.2)
「文字書きさんに100のお題」の作品です。