墓碑名



「お前なら、なんて刻ませる?」
 問い掛けられて、首を傾げた。
 立ち寄った町で、その町の英雄とやらが葬られている場所に足を向けたのは、その英雄を讃える祭りが行なわれていたからだった。
 死後百年以上経っても語り継がれる英雄は、町を侵略者の手から守ったそうだ。
 百年前の侵略者となると、山賊よりも海賊の方が確率は高いかと思ったが、町の人々は、海賊旗を高々と掲げたゴーイングメリー号にも好意的だった。
「お前、陸で死ぬつもりか?」
「……例えばの話だよ。」
 呆れたように問い返せば、幾らか腹を立てたらしく、その足で裏臑を蹴りつけられた。それでも、石壁も蹴り抜くその足を本気で振り抜くわけもなく、揺らぎもしない程度のものだったが。
「まぁ、俺は別に陸で死んでも構わねぇんだけどよ。」
 もとより、海に憧れて海へ出たというわけではなく、目標が海にいたから海に出ただけの話だ。特に、自分の死に場所の事なんてこだわりがあるわけでもない。
「だから、お前、俺の質問に答えろよ。」
 会話が成り立たなかった出会った当初はまだしも、最近は普通に話をする事もある。それでも何故か、上手く会話が成り立たない事があるのは、絶対に、この男の反応がずれているからだと、彼は思う。
 今だって、質問に素直に答えればいいものを、ピントのずれた事ばかり返してくる。
「こんなもん、自分で決めるもんじゃねぇ。」
 結局答えを寄越さずにそこに背を向けて歩き出す。どうしてこうなんだと苛々しつつも、このまま一人で墓を眺めていても仕方がないと、慌ててその後を追い掛ける。
「大体、自分で自分の事を『救国の英雄』なんて言ったんだったら、そいつ、馬鹿だろ。」
「そりゃそうだけど。」
『救国の英雄 ここに眠る』
 ありがちだが、何よりの褒め言葉でもあるその墓碑銘は、当然、守られた人々が考えたものだろう。自分で自分を『英雄』なんて言う奴の、何とうさん臭い事か。
 墓碑銘に装飾がわざわざ刻まれるなら、それは、誰が見ても違和感を感じないものになるはずだ。海賊になる前の自分が何かの理由で死んだなら、刻まれた言葉は多分、『稀代の海賊狩り』くらいだったろう。別に自分で名乗ったわけではないが、東の海では一人歩きしていた感のある通り名でもある。
 ああいうものは、あまり悪い意味を持った言葉は刻まれないから、余程悪さをして死んだのでない限り、『血に飢えた魔獣』とかはないだろうと思う。
 まぁ、受けるイメージなんてどっちもどっちかもしれないが。
「お前が、オールブルーを見つけたら、きっとそう書かれるんだろうな。」
 突然言われた言葉に驚いて、彼は隣を歩く彼の表情を伺った。それは、今丁度考えていた事で、彼の夢でもあった。
「美女百人切り。でもいいぜ。」
 ごまかしのように慌てて返した言葉に、わけのわかんねぇ事言ってんなよと、ぼそりと返された突っ込みは聞かない事にした。
 小さな子供の頃から抱いていた夢は、ずっと抑え込んでいた夢だった。それを叶えるためにこの船に乗ったが、どこかで、二の次にしているようなところがあった。それは、その夢が、自分の努力でどうなるものでもないからとも言える。このまま航海を続けて、その場所を見つける。一度目の航海で無理ならば、二度目に賭ける。そうやって探していくしかないのだ。
 だが、隣を歩く彼の目標は、自分の努力でどうにかするものだ。目標である男を探すよりもまず、その男を超えるだけの力を身に付ける事。その為に彼は日々の鍛練を忘れない。
 世界一の剣豪。
 夢と言うには優しくなく、野望と彼は言う。何を理由にそれを彼が目指す事に決めたのかは知らないが、自分の目標に、親友の夢まで重ねて、彼はそれに向かって走り続けるのだ。
 あの敗戦の日からずっと後になって、彼が話した事がある。
 自分の目標の高さを本当の意味でわかってなかったから負けたのだと。
 だから、わかった今はもう大丈夫だと言った。勝てると思うまで、馬鹿な勝負を挑みには行かない。二度も負けるわけにはいかないからと。
 井の中の蛙、ってやつだな。とその時彼は言ったが、その意味がわからずに首を傾げると、説明をくれた。
 そういう言葉が出るって事が、奴が強くなったって事なんだろうと思った。自分が出来ねぇ事とか、適わねぇ事があるって事を、あれで認められたって事なんだろう。俺が、ココヤシ村での戦いでやっと超えた壁を、奴はあの命懸けの勝負で超えたってわけだ。
 俺をこの船に呼んだのは、あの戦いと、その後のルフィの戦いだった。あれを見て、自分の夢を追おうと思った。クソジジィの実現しなかった夢も、俺の夢が叶った時に叶うのだから、それだって恩返しだと思う事にした。
 でも、本当はそんなのは後付けの理由だって事もわかっている。俺が、俺の夢を叶えたかっただけだ。彼等のように、それを叫んでいいんだと思っただけだ。
「…俺が、『大剣豪』って刻んでやるから、ちゃんとなれよ。」
 そう言うと、隣を歩いていた彼は、少し驚いたようにこちらを見て、それからにやりと笑った。
「当然だ。」
 だから俺の墓碑銘はお前が刻め。俺は俺の夢を叶えてみせる。

 
 
 


死人に墓碑銘は刻めません。と言う突っ込みは置いておいて、ワンピです。
突然申し訳ない…と言うか、何と言うか……。コンテンツ作る程には書くものないけど、書きたかったんです。つーか、今、ぼつぼつ自分の妄想を紙に書き散らしてたりするんですけどね。ふいにネタが浮かんでさ。

(2003.7.1)

「文字書きさんに100のお題」の作品です。




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