我が家のこれまでの朝の定番メニューと言えば、白飯、味噌汁、納豆、卵焼き、漬け物が基本で、時々、手間を掛ける時間があれば干物などの焼き魚が加わる時もある。という物だった。
それが、半月前から驚きの変化を遂げている事に、俺は未だに若干の戸惑いを感じるのだが、同じ状況にあるはずの母は、かなり嬉しそうな顔で食卓に着いている。
「いただきます。」
「しっかり食えよ。」
ぺちりと手を合わせて言えば、半月前から同居の始まった、義理の兄弟が半ば反り返るような雰囲気でそう言って返す。
「サンジ君が朝ご飯を作ってくれるから、お母さん、楽だわ。」
嬉しそうに笑って、母はトーストを手にしてそう言う。
半月前、母が再婚をした相手には、俺と同じ歳の連れ子がいた。それが、一応、兄となるサンジだ。
コックとして働いているサンジは、これまでもそうしていたからと、朝食の用意を受け持つと提案した。
俺はまともな料理などできないし、母としても朝の忙しい時間の手間が一つ減れば楽になると、それを喜んで受けたわけだが、流石に、最初の一日目は、俺と母は後から顔を合わせて苦笑したものだ。
その朝用意されたのは、厚切りのトースト、生野菜のサラダ、もったりした炒り卵(後から、それがスクランブルエッグと言うのだと教えられた)、焼いたベーコン、綺麗に切り揃えられた果物。それから、コーヒーとオレンジのジュース(絞って作られているらしい)。
正直に言うと、物凄い違和感のある食卓だった。
俺達親子がそれまで暮らしていたのは、少々古くなった公団住宅。食卓から手を伸ばせば、冷蔵庫が開けられるような生活だった。母は洋食よりも和食が得意で、パンはおやつだという感覚で育ったものだ。
それが、母の再婚と共に越してきた家は、部屋数は住人の数より3つばかり余裕があったし、一つ一つの部屋も大きく、食卓の周りには随分広い空間がある。
当然、そこに用意されるものが、今迄通りとはいかないのはわかってはいたが、俺達母子の想像力は意外に貧困だったという事だろうが、米のない食卓に、ビビって目を見開いたのは俺だけで、母はなんとかそれを腹の中に納めてみせたものだ。
「今日は、トマトジュースなの?」
いつもは果物なのに、と母が首を傾げてそれを口に運ぶのを見ながら、同じようにそれに口をつけて、首を傾げた。
「オレンジジュース?」
母も同じように呟いて、向いに座っているサンジに目で問いかける。
「ブラッドオレンジって言って、赤いオレンジなんだ。」
知らないだろうと思ったけど。と、サンジは笑って言い、果物の皿に載った、赤色のオレンジを指で示す。
「へぇ…」
「流石、コックさんは、いろんなものを知ってるわねぇ。」
二人で感心したように頷くと、サンジはおかしそうに笑って、割と皆知ってると思うよ。と言う。
「そうなの?」
「俺、ピンクのグレープフルーツも、ここに来る迄知らなかったけど。」
朝食の席で、見た事もないものがあらわれると、俺と母が驚いてみせるので、サンジは最近はあれこれと変わったものを用意するようになった。その反対に、母の作る夕食にサンジは驚きを見せ、母は得意げに説明をしてみせる。料理を媒介に、俺達は結構、打ち解けられたと思う。
「クロワッサンにも戸惑ってたもんな。」
俺だって、クロワッサンを食べた事がなかったわけではない。でも、その日食卓に上がったそれは、焼き立てなのか、表面がとてもさくさくしていて、ぽろぽろとパンくずをこぼしてしまう事になった。
俺は、その欠片をどうしたらいいのかがわからなかったのだ。そのままにするには、なんだかとても勿体無いような気がしたから。それでも結局、指で摘む事もできず、それはゴミになってしまったのだが…
「甘いキウイにも吃驚したわね。」
「黄色いやつな…」
でもあれには違和感があるわ…と、母は言い、サンジがおかしそうに笑う。
「お母さんとゾロを見てると、ホント楽しい。」
馬鹿にされているわけではないのは、サンジが本当に嬉しそうだからわかるのだけれど、なんとなく恥ずかしくなって、トーストに噛み付いてごまかすと、母は同じようにオムレツを口に運んでいる。
「だから、朝ご飯は、俺を楽しませてよね。」
夜は、二人に遊ばれてるんだからさ。とサンジは言い、俺は母と顔を見合わせて、おかしくなって吹き出した。
「たまには、納豆と漬け物が食いてぇよ。」
今まで、遠慮でなかなか口に出せなかった事を告げると、サンジは口の端を持ち上げて笑みを浮かべる。
「今は、まだダ〜メ。」
義兄弟設定はおもしろいなぁ…と思うものの、何故、今回も父親の影がないのだろうか。
多分、この二人はコックと会社員だと思う。
(2005.07.05)