「見回り終了!」
ぱたぱたと蝶の羽根を羽ばたかせて、サンジはゾロの元へ戻る。
「終わったか?」
「ん」
こっくりと頷いて、ゾロは背中で輝いていた蜻蛉の羽根を畳んだ。
見つけた澱を二人で散らした後、ゾロはそれをあちらの世界へ報告していたのだ。
ゾロが死にかけたあの時から、こちら側にいるお役目は、澱の発見をあちらへ報告する決まりができた。
それを行なうのは、蜻蛉羽根の妖精の仕事だ。彼等には、扉を介さなくてもあちらと交信できる技があるのだ。
その報告の間、サンジは一人で近くを見回ってきたところだった。
「最近、この辺は少し澱が多いみたいだ。隣の区域もそうだって。」
「そう言えば、サンジが、この辺はひったくりが増えてるから気をつけろとか、ゾロに言ってたな。」
悪い人間が多いと、澱が堪り易いって本当だな。とサンジは言い、ゾロは頷いて小さく息をつく。
「疲れた?」
仕事中は外していたクモの巣のロープをゾロの手首に巻き付けながら、サンジは問い掛けてゾロの顔を覗き込む。
「腹減った。」
今日は、三つ程の小さな澱を散らした。やはり、数が多ければそれだけ疲れる上に、腹も減る。
「今日は、サンジ達が公園まで来るって言ってたぞ。」
「なんで?」
「お昼を外で食べようってさ。」
「花見!」
ゾロがぱぁっと嬉しそうに笑みを浮かべるのを見て、サンジはつられるように笑みを浮かべた。
こちらに来てゾロに会って、怪我をさせて離ればなれになって、それからまた一緒にいられるようになって、本当に愛しくて仕方がないとサンジは思う。
大きな金色の目も、ふくふくした頬も、ゾロはどこもかしこも可愛らしくて、とても甘い。
本当に、会えてよかった。あの日、なくさなくてよかったとサンジは思う。
「サンジ、早く。」
くいくいと腕を引くゾロに頷いて、きゅ、と手を握ると、ゾロは少し驚いたようにサンジを見返し、それからにこりと笑う。
「行こっか。」
頷いて、ゾロは畳んだ羽根を広げた。
「あれ、ちびは?」
ゾロはさっきまで姿の見えていた、自分そっくりの小さな妖精が見当たらない事に首を傾げ、風呂敷包みの中から、小さな弁当箱を開いている小さなサンジに問い掛けた。
「え?」
仕事を終えて、二人に合流した時に、繋いでいたロープは外してしまったけれど、まさかすぐにどこかへ行ってしまうとは思っていなかった。
「酒でも探しに行ったのかな…」
去年のこの季節に、ゾロは人間達の飲む日本酒というものをとても気に入ったらしく、今日もここまで来る間、それが飲めるかどうかを楽しみにしていた。
だけれど、ゾロの期待は適わず、大きなゾロが用意してきたのはビールで、苦いそれの好きではないゾロは、ちょっと不服そうにぷくりと膨れていた。
後から探しに行こうな、と言ったサンジに頷いていたのに、我慢できなかったのだろうかと、サンジはゾロの為のグラスのない事に気付いて、小さくため息を吐いた。
「探しに行ってくる。」
そう言ってサンジが羽根を広げた時、真直ぐに飛んできたものが、その背中を直撃した。
「サンジ〜」
ぎゅむぎゅむとしがみついてきたそれは、今話題になった片割れで、だけれどその体温がいつもよりも随分高い事に驚いて、サンジはぐるりと体を入れ替える。
「ゾロ?」
ゾロの顔はほんのり赤くなっていて、なんだかとても楽しそうに笑っている。
「どこ行ってたんだ?」
「なんか、すごい、気持ちいい。」
えへへ…と、完全に酔っ払いの状態でゾロは笑い、サンジは初めて見るその様子に驚いた。
人間が酒に酔う姿は見た事があるけれど、ゾロが酔っているのは初めて見た。今までだって、こんな事はなかったのにと思う。
「お前、腹減ってる時に酒飲んじゃダメだって言ったのに。」
「サンジ」
名前を呼ぶと、ゾロはぎゅうっとサンジにしがみつき、驚くサンジに構う事なく、その頬にキスをする。
「ゾロ?」
「体がぽかぽかしてる。」
気持ちいい。とゾロは繰り返し、サンジにキスを繰り返す。
「ゾロ、どうしたの?」
嬉しいけれど、一体何事かとも思う。とりあえず、そこに座らせると、ゾロはぱたりとサンジの膝の上に倒れ込んでくる。
「くにゃくにゃだぁ…」
どうやら、ゾロも酔うという状況が初めてらしく、ころころとサンジの膝に頭を載せて動いている。
その様子は可愛らしいけれど、なんだかもう、ただ事ではないような気になって、サンジは落ち着かなくなってくる。
「ゾロ、ご飯は?」
「あ〜」
ぱかり、と口を開けて、ゾロはそれをねだり、サンジはあたふたしながら弁当箱を探し、ゾロが指先で押しやってくれたそれを引き寄せると、開いたゾロの口に放り込む。
「うまい」
もぐもぐと咀嚼して、ゾロは嬉しそうに笑い、また口を開ける。
「もっと」
おねだりする顔はまだ桜色で、金色の大きな目はトロンとしている。なんでこんなに可愛いんだろう、と思いながら、サンジはゾロの口にご飯を放り込んでやる。
「何を飲んだの?」
「透明の酒。」
むぐむぐとご飯を飲み込んでゾロは答えを返し、きょろきょろと視線を動かす。
「何?」
「俺のグラス、どこか置いてきた。」
「ああ…後から探しに行ってやるよ。」
ほら、と口元に卵を持って行くと、ゾロはぱかりと口を開ける。
「なんか、サンジと一緒に寝る時みたいな感じだ。」
ゾロがほわんとしたままそう呟くのを聞いて、その様子を眺めていたゾロは首を傾げた。
二人は何時だって同じように、サンジの枕の上で眠っているが、どうにも今の発言はそういう意味ではないように聞こえた。
「ゾロ、サンジと寝ると、すっごい気持ちいいんだ。なんか、ほわほわして、あったかくて、くにゃくにゃになるんだ。」
まだサンジが来ていないからと、弁当に手をつけずにいたゾロは、そのゾロの発言を聞いたサンジがあたふたしている事に気付いて、ゾロの言うところの意味を理解する。
「大好きで、愛してるからするんだって。ゾロもする?」
「ゾロ、それはね」
サンジは焦った様子でゾロを見上げ、その様子がおかしくてゾロは吹き出した。
「ちびは、サンジが好きなのか?」
「うん。すっごい好き。」
元々、あまりそういう事を口にしたり表現する事を、恥ずかしいと思わない妖精のゾロは、にっこりと笑って人間のゾロの問いに答える。
「ゾロは?」
「………好き、だな。」
赤い顔をしている妖精のサンジを見ながら、ゾロは自分の傍にいたがる、大きなサンジを思って、そう答えを返した。
「俺と一緒だ!」
ゾロは嬉しそうに笑って、足をぱたぱたと動かした。
妖精さんシリーズ。
終わりだ、終わりだ、つって、まだ書くか…という、楽しいシリーズです。
妖精さん達も色々してるらしいよ。という。まぁ、そういう話です。
(2005.08.14)