久しぶりの上陸先は、人の姿の見当たらないのどかな島だった。
ログの貯まる時間を確かめる相手もいないのならば、時にはのんびりしましょうという、平時の船での最大の実力者は言った。
探検に行くと息巻いて、ルフィはウソップとチョッパーを引き連れて出掛けて行き、ナミとロビンは木陰にテーブルを据え、本を読みに入った。
キッチンで、忙しく動き回るサンジの後ろ姿を見て、ゾロは何となく感心する。
ルフィ達に3人分の弁当を作って、テーブルを船から下ろして、お茶を用意して、今はせっせとランチの準備のようだ。
のんびり用意された茶を飲みながら、姿を眺めているだけの自分とはまるで違うのに、それに文句一つ言わないのも驚く。
「よし!」
準備が終わったのか、声をあげたサンジは、くるりとゾロを振り返った。
「じゃ、行くか。」
「……は?」
サンジの右手には大きな籠が一つ。今さっきまで作っていた料理が詰め込まれて行くのを見ていたところだ。
「待っててくれたんじゃねぇの?」
急いで準備したのに。と驚いたようにサンジは言うが、ゾロは停泊が決まってから一度だってサンジと言葉を交わしてはいない。まるで揃って出かけるのが当然の様に言われる意味がわからない。
確かに、こうして後ろ姿を眺めている間、自分がどこへ行こうかと考えるよりも、サンジがこの後どうするつもりなのかを考えたりもしたけれど、だからって、サンジが自分とどこかへ行くと考えたりはしなかったし、どこかへ行きたいとも思わなかった。
でも、こうして自分と出かける為に急いで弁当を用意していたのだと知れば、それはとても嬉しい事だと思う。断って一人で出かけろなんて言う気にはならない。
「そういうわけじゃねぇけど…」
待っていたわけじゃないけど、でも、自分の気持ちをずっと掘り下げたら、ほんの僅かくらいは待っている気持ちがあったかもしれないとは思う。
「じゃ、行こう。」
ほら、と手を差し出されて、条件反射でそれを握れば、嬉しそうに笑って、スキップでもしそうな浮かれぶりでサンジはキッチンを後にする。
「天気もいいし、ピクニック日和だな。」
梯子を伝って船を降りて、ナミとロビンに愛想を振るのも忘れずに、サンジはゾロの手を引いてどんどん歩く。
「こういうのも、たまにはいいな。」
物心ついた時からずっと船の上にいるサンジは、陸に足を下ろしたくなるという衝動をあまり感じた事はないが、果ての見えない場所を歩く事を楽しいと感じないわけではない。
「最近、島についてもあんまりゆっくりできないしな。」
賞金首が3人になってから、それまで以上に海軍との接触には気を使うようになった。人の多い島には海軍も常駐している為、なかなか島でのんびり羽根を伸ばして、とまではいけなかったのだ。
その点、人のいない島ならば、物資の補給はできないが、海軍の影に気を使う必要はない。毎度それでは困りものだが、時にはいいと思えるのだ。
サンジはゾロの意見も聞かずにどんどん歩き、海に向かって少し開けた場所で足を止めた。
「ここにしよう。」
持って来た蓋のついた籠を下ろし、その横へ腰を下ろすと、ゾロの手を引いて隣へ座れと示す。
「何にも言わねぇの?」
いつもなら、文句の一つも言うところなのに、ゾロは何も言わなかった。ナミやロビンの前でも手を引かれていたけれど、それを振り解いたりもしなかった。
それをいい事に、サンジは隣に座ったゾロの膝に頭を載せて転がる。
「まぁ…いいか…って…」
毎日人一倍働いているのは見ているし、さっきだって一人で文句も言わずに働いていたし、これくらい自分だってしてやりたいかなと思う。
「なんだよ、それ。」
仕方なくしてんのか?と笑いながら、気を悪くした風もなく、サンジはゾロの額を指で突つく。
「頑張ってたから。」
ご褒美なの!?と声を上げて、サンジは上機嫌で笑顔の大盤振る舞いをする。
普段は、何やら大人ぶった顔をしている事が多いけれど、こういう顔を見ていると、やっぱり自分達だってルフィ達とそれ程変わらない子供なんじゃないかなと思う。
「じゃ、あれ、食べさせて。」
サンジはちょい、と指先を曲げて、どん、と存在感を主張する籠を示す。
「もう食うのか?」
「そう。で、食べたら昼寝するから。」
自分はあまり空腹感を感じてはいないけれど、サンジがそう言うのならそれでいいかと、ゾロは腕を伸ばして籠を引き寄せると、蓋を開けて中の物を取り出していく。
飲み物の入っていると思われるポットが2つ。カップが4つ。フォークとナイフが1本ずつ。肉の挟まれたサンドイッチ、ゴロゴロと大きな野菜のサラダ、綺麗に切り揃えられた果物。固焼きのケーキ。
全部籠の外に並べて、小さくため息を漏らす。
「………なんだよ…」
サンジは急に怯んだように口元をひん曲げる。
「………別に。」
フォークもナイフも1本だけ。
サンドイッチと果物、ケーキは手で摘んだとして、マヨネーズで和えられたサラダは手で食べるには不向きだ。
ポットの中身が2種類あるから、味を混ぜないようにカップを4つ用意した人間が、うっかりフォークとナイフを忘れて来たなんて考え難い。大体、取り分ける皿すらない。
「口開けろ。」
そわそわと視線をあちこちに飛ばしていたサンジは、そう声を掛けられると、大きく口を開けた。
ひよこだ。とゾロは思わず笑って、ぽかんと見上げてくるサンジの口の中へ、指で摘んだブロッコリーを放り込んだ。
汚れたら、舐めればいいのよ。指も口元も。
サンジが最初に狙ってたのは、「あ〜ん」ってゾロにしてあげる方だと思われる。サンジはゾロに何もかもしたいと思ってるからね。
5カ月も放っておいてごめんなさい…
(2006.3.12)