開けたくない。
蓋をされた弁当箱を前に、ゾロはじっと固まっていた。
今日は、高校に入学して初めて、昼食時間がある日。周りではクラスメイト達が弁当を広げて食事を始めていた。
「食べねぇの?」
高校に入って初めて会ったサンジは、隣の席から固まっているゾロを覗き込んできた。
入学式で初めて言葉を交わし、同じクラスの隣の席になって、サンジはゾロに何かと声をかけてくるようになった。
サンジはその容姿から目立っていたから、あっという間にクラスの中でも女子には圧倒的な人気を得た。
そんなサンジが自分にあれこれと構うのを不思議に思っていたゾロだったが、それは振り解きたくなる程の接触ではなく、たった1週間で、こういう関係もいいかもしれないと思うようになった自分が驚きだった。
「……いや…」
覗き込んでくるサンジの机の上には、コンビニで買って来たと思わしきサンドイッチが二つが置かれている。
「お前のとこは、作ってくれんの?」
見回すと、クラスの半分くらいはどこかで買って来たようなものを机に置いている。
机をくっつけて固まっている女子は弁当が多いようだが、男子は弁当とパンの両方を持って来ていたりもしている。
そんな中、ゾロの弁当箱は小さめの漆塗りの2段重。朝からせっせと、ゾロの保護者が作り上げた品だ。
お弁当デビューだから。と持っていく人間よりもうきうきした様子で弁当を作り上げていた姿に、文句を言う気なんて少しもないけれど、やっぱりこれはちょっと浮いていやしないかと思う。
「料理好きなんだ。」
本当に料理が好きな彼は、ゾロの食べるものの全部を用意する。三食以外に、デザートでも夜食でも、欲しいと言えば用意してくれる。高校に入学する時、これからは三食全部自分が用意できるのだと、本当に嬉しそうに笑っていた。
「へぇ…」
俺も、結構好きなんだぜ。とサンジは笑い、サンドイッチの袋を開ける。
サンジの意識はゾロの弁当箱に注がれているようで、できれば見られたくないと思ったが、食べずに持ち帰ったりしたら、彼がどんなに悲しむかと思うとそうはできず、ゾロは弁当の蓋を開けた。
「おぉ〜」
思わず、といった様子でサンジが声を上げ、ゾロは小さく息をつく。
鶏五目の炊き込みご飯のおにぎり。ブリの照焼き。卵焼き。ほうれん草のお浸し。焼プチトマト。にんじんのグラッセ。じゃがいもとブロッコリーのバター炒め。イチゴ。
「豪華だな〜」
声が上がり、ゾロはなんとなくいたたまれなくなってくる。
小学校、中学校と、遠足やらで弁当が必要だった時も、周りの反応はこんな風で、別にそれが嫌だったと言うわけでもないのだけれど、普通のお弁当でいいのにと思ったものだ。
「愛情いっぱい!って感じだな。」
サンジは感心したようにじっくりとそれを眺め、それから首を傾げる。
「でもなんか、ちょっとプロっぽいな。」
盛り付けとか綺麗だ。とサンジは言い、ゾロは驚きつつ頷く。
「コックなんだ。」
親でもないんだけど…とはまだ言い出し難くて、それだけ伝えれば、成る程と大きく頷く。
「和食の?」
「いや…」
あれが何料理と呼ばれるのか、ゾロはよく知らないが、乱暴に洋食と一括りにされるものだという事はわかる。
「へぇ…」
あまり喋っていると食べ終わらないと、箸を手に取ると、サンジもサンドイッチを口に運ぶ。
「うちのジジイもコックだけど、弁当を作ってくれる様子なんて、これっぽっちもないけどな。」
そういうコックもいるのな。と少し羨ましそうに言われて、なんとなく嬉しくなる。
彼がゾロの保護者になったのは、ゾロが5歳の頃。両親が海外に仕事に出かける事になり、同行を断ったゾロの希望を叶える為、遠縁の彼は自分からそれを言い出した。
以来、彼はゾロの家にやって来て、世話をしてくれている。生活費の出所は海外の両親で、ゾロの公的な保護者は海外に暮らす両親だが、ゾロにとっては側にいてくれる彼が一番身近で大切な存在だった。
「最近じゃ、飯だって自分で用意しろって放任だし。」
俺、ジジイのとこに居候してるから。とサンジは軽く言い、それならば、自分達の立場はとても似ているのだと、ゾロは思う。
「じゃ、今度うちに飯食いに来るか?」
ゾロがあまり友達を連れて来ないから、彼はそれをとても気掛かりにしているようにも見える。時には、安心させてやるべきかもしれないと思うけれど、連れて行けば行ったで、後からあれこれ聞かれる事も増える。けれど、サンジならば大丈夫だろうという気がした。
「いいのか?」
期待に満ちた表情にゾロが頷くと、サンジは驚く程の笑顔を浮かべてみせた。
「いつ?」
「……明日…とか。」
今日連れて帰っても、彼はひとり分を増やす事くらい簡単にするだろうけれど、サンジが帰ってから、先に行っておいてくれればもっとちゃんと用意したのにと言うに違いない。
だって、ゾロが高校に入って初めて友達を連れて来た記念日になるのだ。きっと、サンジが驚くくらいの浮かれぶりになるに違いない。下手をすると、ケーキでも焼き始めかねない事だ。
そこまで想像して、今日連れていった方がいいだろうか、とゾロは考える。
「今日でもいいけど。」
「あ〜、いや、今日は俺もちょっと。」
店の手伝いに入るって言ってあるから。とサンジは言い、明日だな、と念を押した。
「お帰り、ゾロ。」
家に帰れば、迎えの言葉と同時に、両腕で抱き締められる。子供の頃からずっと彼が欠かさない事の一つだ。
「ただいま。サンジ。」
明日、サンジを連れて来たら、二人はどんな顔をするだろうと想像しながら、ゾロは保護者であるサンジと同じ様に腕を背中に回して、ぽんぽん、と彼の背中を叩いた。
ふたりのサンジ。
保護者のサンジさんは、ゾロの事が大好きです。お祖母さんのお姉さんの孫で、近くに住んでたとかそんな感じで。
同級生のサンジ君も、きっと一目惚れだと思われる。
楽しいねぇ。
(2006.3.15)