嫌なお方の親切よりも 好いたお方の無理がよい



「それ、手伝うか?」
 キッチンのテーブルクロスや布巾の類いをせっせと洗っていたサンジは、気を利かせて声を掛けて来たウソップを見上げ、首を横に振った。
「もう終わるから大丈夫だ。ありがとな。」
 手伝ってもらえばいいと思うのだが、なんとはなしに自分の仕事を誰かに任せる気になれず、サンジはその好意に感謝をしたが、それを受け取る事はしなかった。
 昔から、自分の仕事だと思ったものを誰かに渡すのが好きではなかった。相手を信用していないというわけではない。自分の立つ場所を奪われるかもしれない不安と表現するのが、最も近いように思う。
 好意を好意として受け取れないわけではないと思う。ウソップの言葉は純粋に好意から出ているもので、それを疑う気持ちなどない。だから、これは多分、縄張り意識のようなもので、キッチンに関する事を誰にも渡したくはないという気持ちの表れだ。
「ならいいけど。」
 大変なら言えよ。とウソップは笑って言い置き、甲板で遊んでいるチョッパーとルフィに寄って行く。その後ろ姿を見ながら、ウソップも大概気遣いの人間だ。とそっと笑った。
 例えば、戦闘時にまっ先に敵に向かっていけない事なんて、どれほどの事だろうと、ウソップを見ていると思う。この船には戦闘にしか能のない人間が幾人かいて、そのうちの一人なんて、本当にそれ以外の役に立たない。争いを起こさない事を褒めるしかない。というほどに、どうしようもないのだ。
 それに比べれば、この平時の船での生活の中、全ての乗員に目を配り、押し付けがましくなく手を差し伸べて、それを断られたとしても、少しも不快そうな顔をしない。
 よく周りに気を使っていると言われるサンジだが、多分、その気遣いの出所が違うのではないかと思う時が多々ある。きっとウソップは自分の嫌いな人間だとしても、本当に困っていたならば手を差し伸べてしまう人だと思う。サンジの気遣いは好意から発生する。その違いを思うと、これ程この船に必要な男がいるものかと思うのだ。
 それなのに、やっぱり俺は、手を貸してくれと口に出す事など、この先に一生ないのだろう。
 そう思ってサンジは苦笑を浮かべ、洗い上げたものをロープに干していった。





 すっかり洗濯を終えたサンジは、船尾甲板から何かを探すようにやってきたゾロを見つけた。そしてゾロの方もサンジを見つけ、その手元に視線をやった。
 ゾロの手には汗で濡れてしまったらしいシャツがあり、首にはタオルが掛かっている。そしてその視線がサンジの手元にある洗濯道具に注がれているとなれば、ゾロがそれを洗おうとしていたのは明らかだった。
 さて、何と言うだろうと、サンジがその場に立ってゾロを待っていると、ゾロはそのままサンジの前までやってきて、暫くじっとサンジの顔をぐっと口をひき結んで見据え、ずいっとシャツを突き出した。
「洗え。」
 ああ、この人はなんて役立たずで、なんて俺の為に動いてくれる人なんだろう。サンジは泣きたくなるような気持ちで、にこりと笑った。
「喜んで。」

 
 
 


いやなおかたの しんせつよりも すいたおかたの むりがよい
ウソップの事が嫌いなわけではないので、「嫌なお方」ではないのだけれど、仲間の中に嫌なお方がいるわけもなく、こんな感じに。
ゾロは、ちゃんと自分で洗濯をするつもりがあったのですよ。

(2007.4.27)




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