そんな幸せそうな顔して、一体どうしたいと言うの。
にこにこと満面の笑顔で酒を飲む姿を見て、サンジはいつものようにそう思う。
ゾロが最もよく笑う場面が、この酒を飲んでいる時だ。
飲んでもいいと言ってやった時、つまみを出してやった時、物足りな気な顔をしている時に、もう一杯だけ許してやった時。
ちょっとした不機嫌なら、酒を与えれば呆気無く消え去る。それ程に、ゾロは酒が好きだ。
そうして、そんな嬉しそうな顔をして酒を飲むゾロが、サンジは何より愛しい。
それはもう、頭からバリバリと食べてしまいたいくらいに可愛いと思う。多分その意見が世間的に特殊である事には、サンジも気付いている。けれども、そんな事はどうでもよくなるというのが、惚れているという事だ。
ああもう、そんなに笑顔を振りまいて。
港に着いて、まっ先に出掛けた先がこの酒場。入って来た時は不機嫌そうだったゾロの変化に、カウンターの中の店主は楽し気に話しかけている。
お前と来たら、俺にはそんな笑顔を見せる迄随分時間が掛かったのに、酒場の店主ならばそんなに簡単に笑ってみせるのか。
「こんな、理不尽が許されていいのかよ。」
真っ赤な顔をしてぐずぐずと泣き言を言うサンジを見て、店主は驚いたようにゾロを見やった。
「俺なんか、ずっとお前の事好きで、やっと笑ってくれた時、どんなに嬉しかったと思うんだ。」
この二人、そういう関係か。とぎょっとした店主だが、それを聞くゾロの顔がなんとも言えず嬉し気である事に気付いて、どこか気恥ずかしさすら感じてしまう。
「それなのに、酒を出してくれるからって、そんなに簡単に笑ったりして!」
ゾロの馬鹿。いけず。とぐちぐちもらして、サンジはカウンターに突っ伏す。
「俺なんて、旨い飯だって作ってやるのに。」
ゾロは、俺の事なんか好きじゃないんだ。と続けるその様は、すっかり子供返りしているようで、ゾロは笑みを浮かべてサンジの髪を撫でてやる。
「俺なんか、すっごいゾロの事好きなのに。」
酷い。ゾロは酷い。とサンジは繰返し、酔っ払いぶりに店主は可笑しくなって、大変だなと声を掛けようとして見やったゾロの顔が、驚く程に優しく幸せそうである事に気付き、言葉を失った。
そんな店主の視線に気付く事なく、ゾロはサンジの髪を指にくるくると巻き付けたり、その頬を軽く指先でなぞってみたりと、随分楽し気に笑ってサンジの言い分を聞いている。
店に入ってきた時は、今はすっかり酔っている様子の金髪の兄さんが主導権を握っていたが、この様子では、やはりこちらの緑の兄さんの方がタチであろうか、という疑問を抱きつつ、店主は二人の様子を眺める。
「いつも、俺ばっかりゾロの事見てる!」
カウンターの木目しか見ていない男はそう言って、自分を見ている視線がどんなに柔らかくて愛し気に笑みを浮かべているのかを見ない。
酔っ払いってのは、大概こうして損をするもんなんだよ。と店主は思い、酔っ払いの前に水を入れたグラスを置いてやる。
「兄さん、酒に飲まれてちゃ、大事な事を見逃すよ。」
その言葉に同意するように、ゾロの指が軽くサンジの髪を引き、自分の方へ注意を向けさせる。
「……なに……」
顔を横へ向けたサンジは、すぐそこにあるゾロの顔を見て目を見開いた。
「俺だって、お前が好きだぞ。」
赤くなった鼻先にちょいと唇を触れさせて、そうしてさっと立ち上がると、ゾロはこちらを吃驚した顔で見ている店主に笑いかけ、酒代をカウンターにおいて店のドアに足を向ける。
「ゾロ!」
一瞬で覚醒し、慌ててそれを追い掛けるサンジの後ろ姿を見ながら、店主は自分の帰りを待つ妻の顔を思い出した。
おさけのむひと しんからかわい のんでくだまきゃ なおかわい
ゾロはサンジが愛しくて仕方がないのです。なんて可愛いンだろう。と普通に思って眺めています。でも、可愛い愚痴が聞けなくなるといけないので、口は塞いではやらぬのです。(2007.3.2)