諦めましたよ どう諦めた 諦められぬと諦めた



何が足りないの、何があればいいの。
そう聞いてしまいたくなる程、彼は頑なだった。
けれど、それを口に出してしまえばお終いだとはわかっていたから、なんとか必死に様子を伺って過ごして来た。
それでもやっぱりわからない。
何がいいの、何がそんなに気に入ったの。
お前は俺の中に何を見ているの。
「なんだろうね」
くすりと笑ってジェットが見返してくる。
「聞こえてたか?」
「わかるさ、君が考えている事くらい」
脳波通信なんて使わなくても、これだけ長い付き合いなのだから、わかりやすい君の事なんてお見通しだ。と言われているのはこちらだってわかる。とアルベルトは思う。
「本当に、君は諦めが悪いな」
ため息混じりにそう返されて、アルベルトは首を傾げる。諦めが悪いのはそちらの方じゃないか。
「俺たちが、一体何年こうしてるかわかってるかい?」
服を脱いで一つのベッドに上がって、体を重ねて、この体である以上、何の意味もない行為に耽る事を当然だと考える間柄。それを言われているのはわかった。
初めて彼と会って、小さな島から逃げ出すまでにどれだけの時間が掛かったのだったろうか。その間はこんな事はなかった。
絶えず監視されている身で、そんな気になるわけもない場所だったからそれも当然だ。
アルベルト自身の事を言えば、自分の体を満足に動かせるようになる事が最優先で、仲間達との関係性など二の次だった。
ただ、その間も彼との関係は至って良好だったとアルベルトは思う。機動力の足りない自分を補助するのはジェットの役目のようなものだったからだ。
あの島を逃げ出して、様々な追っ手を追い払い、ささやかな自由を手に入れてから、ジェットは自分に好意を示すようになった筈だとアルベルトは記憶を辿る。
その頃のジェットはまだティーンエイジャーのような服装を好んでいた。ジーンズのパンツにTシャツ。時にはその上にジャケット。そんなのが彼の普段の服装だった。
それがいつの間にか招集が掛かればスーツを着て現れるようになり、周囲に気遣いの出来る男になっていた。
自分はそんなに変わっていないと思うが、ジェットは変わったなと隣で笑う男を見てアルベルトは思う。
「ほんの数年のような気もするし、10年は経ってるような気もする」
「そうだな」
言葉遣いも変わった。少年のような言葉遣いは形を潜めて、年相応に落ち着いた言葉を選ぶようになった。声は変わっていない筈なのに、使う言葉が変わると声も変わったように思うから不思議だとアルベルトは思う。
「俺が君の考えている事がよくわかるようになるくらい長い時間だよ」
昔はよく、何を考えているのかわからないとジェットは言った。勝手に一人で行動せず、自分に話してくれと言われた事もある。
それが、アルベルトには不服である事も多く、けれどどこかでそうして自分を気に掛けていてくれる相手がいる事に安心していた。
自分では自分をそんなにわかり難い人間だと思った事はない。ただ、この体になってから、表情が読み難くなったのはそうだろうと思う。なにせ、この体で生身なのは脳くらいのものだ。金属を繋ぎ合わせて作られた顔がそれ程豊かに感情を表せるわけもない。
「君はその目も感情を読ませてくれないからね」
アルベルトの体は殆どが機械仕掛けだ。科学者達が元の姿を復元する事にこだわったお陰で、アルベルトは自分が以前と同じ姿である自分だと認識しているが、彼らがその形を別の誰かのものに作り替えていたら、きっと随分混乱したろうと思う。
ジェットが指摘した目も、昔からごく薄い色の虹彩で、強い光に弱い目だった。劣性遺伝子判定を受けて収容所送りにならなかったのが奇跡だと両親は安心したそうだが、その目がアルベルトの表情をわかり難くしたのも確かだ。
何も良いものがない容姿だから、それに惹かれたわけじゃないだろうと、ジェットが自分に好意を告げた時に思った事をアルベルトは思い出す。
自分の事だから、醜いとは思わないけれど、人に依っては気味が悪いと思ってもおかしくはない自覚はある。だから、まずそこで首を傾げたのだった。
何を考えているのかもわからないような人間に、ジェットは何を見て、何故好意を抱いたと思ったのだろうか。それは今でもあるベルトにとっての最大の謎だ。
「本当に苦労したよ」
ジェットはしみじみとそう言って、腕を伸ばしてアルベルトの体を抱き寄せる。
こんな機械の体を抱き寄せて、何か楽しい事があるのだろうか。アルベルトはこんな時にいつも思う。
この体になる前には、二人で身を寄せ合う幸せを知ってはいたから、こんな時に相手と身を寄せ合いたい気持ちはアルベルトにもわかる。けれど、自分は向かないだろうと思う。
勿論、ジェットも機械で出来ているのだから、お互い様でもあるし、アルベルトはジェットの傍に身を置いている事に特別不服はないのだが。
抱き寄せた腕の中でまだ何かを考えているらしいアルベルトを眺めながら、ジェットはそっと息を吐く。
彼が、自分の事を考えているのはわかっている。その根元にある疑問とその本当の理由も。
アルベルトは現在の関係に不満があるわけではない。所謂、恋人であるという事実について。ただ、自分に対するジェットの好意の理由を知りたいのだ。
知って、その理由を自分から取り去ってしまいたいと思っている。この関係を解消出来るのではないかと考えているから。
無理だと思うよ。とジェットは思っているけれど、それはアルベルトには通じない。
この関係に不満はないけれど、この関係を解消したいとも思っているのは、ジェットにはもっといい相手がいるに違いない。とアルベルトが思っているからだ。
そりゃ、いい相手はいるかもしれないよ。とジェットは思う。彼とこうなってからだって、一時の恋に陥った事はある。だから、もしかしたらもっと素晴らしい相手が見つかるかもしれないと言われれば、その可能性はゼロではないと言うと思う。
とは言っても、現在の恋人から、いつかもっと良い相手が見つかるかもしれないのだから、今自分と別れようと言われるのもどうなんだと思う。
勿論、不満のないアルベルトはそれを口にする事はなく、ジェットが離れていくのを待っているだけなのだけれど。
時間が経てば、彼も少しは諦めがついて、もしくはもっとこちらの事を好きになってくれて、そんな考えもなくしてくれるのではないかとジェットは期待していた。けれど、どうにも彼は諦めようとしない。
だから、最近思うようになったのだ。彼がそう考える事をやめさせようとする事を諦めようと。
彼を説得しようと思った事は今までにもなく、ただ自分は彼に好意を告げて愛情を注ぐだけだと思って来た。それでいつかは彼も安心して、自分が一番良い相手なのだと納得してくれるようにと思って。
けれど、この疑り深い人はどうにもそうは思ってくれないようだ。ジェットはもう一つため息をこぼす。
彼の隣に立って見劣りしないように、彼が恥ずかしい思いをしないように、色々考えてきた事も、してきた事も、自分の為にあるなんて事も気付いてくれない人なのだ。サイボーグでも年を重ねれば成長するのだなと考えるような人だ。
一人っきりで生きていこうと思っているわけではないくせに、自分が大事だと思った相手が幸せになってほしいと思えるくせに、何故だか一緒に幸せになろうとは思ってくれない。
でも、君がいなくなったら、俺は幸せになんてなれない。なんて最後の言葉を言ってしまうわけにはいかないから、諦めた。
君は俺が君を手放す日が来る事を諦められない人。だから俺は、君にその希望を諦めてもらおうとすることを諦める。
ずっとそんな事を考えながら、君は俺の隣で生きていてくれればいい。それで充分だ。
何故君が好きかなんて、俺だってわからないよ。
まだ何かを難しく考えているらしいアルベルトにそっと語りかけて、ジェットは目を閉じる。
明日の朝起きて、君がまだここにいてくれますように。

 
 
 


あきらめましたよ どうあきらめた あきらめられぬと あきらめた
原作版の24を意識して書いてみたら、書き難くて仕方なかった。平成版ジェットの言葉遣いはわかるけど、原作ジェットは案外大人で難しい。
ずっと彼がジーンズTシャツの少年だと思い込んでて、久々にコミックス読み返したらスーツの方が多い気がしてびっくりしました。
いつの間にそんな大人になっちゃったのさ…

(2014.1.22)




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