どうせ互いの身は錆び刀 切るに切られぬくされ縁



ため息を吐き出すようにゆっくりと吐き出された煙が辺りを漂うのをちらりと横目で眺めて、手元のカップを口へ運ぶ。
「なんかさぁ、俺、何してんのかな…」
何が言いたいのか全くわからない言葉を繋ぐのは、ぷつりと連絡が途切れた頃とあまり変わらない。
画面でしか見なかった、きっちり後ろへ流していた金色の髪は、今ではぱらぱらと前に落ちている、何とも気の抜けた雰囲気だ。
「何って?」
俺の隣で煙草をふかしている。という返事を求めているわけでもないのだろうが、どんな返事を期待しているものかがわからないとハインリヒはとりあえずそう問い返した。
「27年も経ってんのにさ、なんで結局アンタと一緒にいるんだろ」
サンマルコ広場で最も有名なカフェ・フロリアンとその向かいのカフェ・クアドリ。今日はクアドリで呑気にしているその姿を見つけ、黙って同じテーブルに腰を下ろしたジェットに、ハインリヒは普通に朝の挨拶をしただけだった。
豪華な内装の店内は気が引けるのか、ハインリヒは向かいのフロリアンにいる時も、表のテーブルに座っている。そうして何でもない風に広場の様子を眺めたり、本を読んだり、ただ静かに時間を過ごしている。
何を話掛けてくるでもなく、拒否するでもないハインリヒの横で、ジェットはぼんやり煙草をふかして、空を眺める。そんな日がもう1週間ばかり過ぎているはずだ。
「俺が知るかよ」
こちらが誘ったわけでもなく、毎日やってきて勝手に隣に座っているのはジェットの方なのだ。その理由をこちらに尋ねられてもわかるわけがないとハインリヒは思う。
騒動が終わったヴェネチアでやっと9人が揃ってから1週間。世の中の状況は特に変わった風もない。死んだかと思われたジェットやジョーが無事に存在していて、行方をくらませていたピュンマとグレートも姿を見せ、それじゃ、あの一連の事件は夢幻だったか、と言えばそれは現実で、ドバイの大惨事は収拾の付け方があるのかどうか、彼らには与り知らぬ事と成り果てている。
とりあえず、事の不都合をギルモア財団に押し付けるという彼の国の目論見は失敗し、と言って、ジョーやジェットが事を治めたなんて事が世に知らしめられたわけでもない。彼らはこの騒動が本当に終わって、自国に帰っていいものかどうかすら判断がつかない状況にあるだけだ。
「27年も、俺は何してたんだろうなぁ…」
煙草をもみ消して、今度は盛大なため息を吐くジェットに目をやれば、椅子に背中を預け切って、長い脚を行儀悪く伸ばして座る昔のままの態度でいながら、服装だけは落ち着いたスーツにラフなコートを羽織った、何ともアンバランスな見慣れない男がいる。
1週間も経てば見慣れるかと思ったが、やはりどうも見慣れない。赤毛は色を変えたのかとか、いつからそんな服を着るようになったのかとか、聞いてみたい気もするが、どうでもいい事でもあって、結局聞けないでいるのは、それが27年も音信不通だった人間と初めて交わすのに相応しい内容か、という疑問がつきまとうからでもある。
「何してたんだ?」
独り言であろうぼやきにそう返してやると、空を眺めていた目がこちらを向いて、暫し思案する。
「検査と、換装と、改造と、使いっ走りの情報収集…?」
「ふぅん」
ギルモア博士の改造欲は旺盛で、彼は自分たち00ナンバーサイボーグを事ある毎に再改造し、彼らの汎用性はすっかり失われた。
ジェットの飛行形態への改造は見る間に彼の生体部分を奪っていき、それを何とはなしに惜しいなと思っていた自分がいた事をハインリヒは思い出す。
どうやらその構造の根本は変わっていないものの、素材や外部パーツなどが取り替えられて今のジェットがいるという事のようだと判断して、それでも服を着たらこれが作り物なんてわかりゃしないなと考えて、そっと安堵の息をつく。
「根っこのところは結局解明出来なかったみたいだけど」
ギルモア・ブラックボックスは、全くもって堅牢な砦であって、ジェットを組織に取り込んで、様々の研究をしたところで、00ナンバーサイボーグを新しく作り出す事は出来なかったらしい。そこが突破されていれば、ラザロの機能は飛躍的に向上しただろうが、結局は大量生産は可能だったが性能はそこまでではなかったようだ。
「あんたは?」
今日はなんとか会話が出来てる。ジェットは状況に安堵してそう問い掛けた。
27年経っても、ハインリヒに変わった様子はほとんどない。虹彩が少し見えるようになったのは、アイレンズは交換されているという事かもしれないが、相変わらずその右手は昔のままの鈍い色に光る鉄の銃口のままだ。それだけでも、彼の扱いが自分とはまた違っていたのだろうという事は想像はつく。
「閑職で腐ってた」
「あ?」
思わず体勢を立て直して、ジェットはこちらから目を逸らして広場を眺めるハインリヒの横顔をまじまじと見る。
「時代遅れの過去の遺品は使い処もないからな」
射撃訓練の担当ではあったけど。面白くもなさそうにハインリヒは言って、ちょっと口の端を歪めて笑った。
「……ふぅん…」
結局、俺たちみたいのはどこに行ったって居所がないものか。ジェットはそんな事を考える。
ギルモア博士とジョーとの諍いを思い出し、ジェットは何とも言えない気分になる。あれはもう済んだ事で、今ではなんであんな風に自分が苛立ったのかすら覚えてもいないし、その確執はなくなったとは思うけれど、綺麗さっぱりなくなったというわけでもない。
この先自分の身をどう振るのか、少なくとも自国に帰るという選択肢を奪われたジェットは、未だに候補すら上げられないままだ。
「それで、帰るかどうか迷ってんの?」
「迷っちゃいないが、せっかくだから新しくしてもらおうかとかな…」
時代遅れでなくなったなら、自分にもまだ居場所があるのかどうか、ハインリヒはその部分を計りかねてこうして無為な時間を過ごしていると言ってもいい。早々に自国の上司に連絡をして、新しい腕や脚に取り替えてもいいかと問い合わせればいいだけなのだが、それで否の答えが返ったとしたら、自分の身の置き場を考え直さなくてはならないのか、それを諾々と受け入れるべきなのか、と考え始めると答えが見つからない。
「そっか」
帰る事に迷いはないんだ。と思うと、腹の底がざわつくような気がして、ジェットは思わずそこに手を当てる。
「どうかしたか?」
ジェットの動きを見とがめて、ハインリヒが怪訝そうに伺ってくるのに、何でもねぇしと答えて、ざわつく自分に首を傾げる。
「ギルモアのじいさんのとこに戻ろうとは思わねぇの?」
「そりゃ無理だな」
あっさりと否定されて、また何かおかしなものを感じる。
「お前、大丈夫か?」
なんだろう。と自分の体を眺めるジェットに、ハインリヒは心配の表情を浮かべて携帯を取り出す。
「ギルモア博士に連絡するか?」
「いや、いい」
ざわつきが収まって、ジェットは首を横に振る。ハインリヒがこちらを見ていると、ざわざわは落ち着く。それは、随分昔にもあった事だとジェットはふいに思い出す。
「無理するなよ、お前らがどうやって戻って来たかわからねぇんだ」
バラバラに砕け散って焼けこげていないとおかしかったジェットは、脚こそ壊れて既になかったが、案外マシな形で発見された。今のジェットの脚は仮の部品で構成されていて、ギルモア博士はジェットの新しい脚を作るのに掛かり切りだ。一応のチェックは済んでいて、問題ないとの判断は出ているものの、脳の不具合は後々出る事もある為、油断は禁物だ。
「大丈夫だって」
重ねて言えば、ハインリヒはそれ以上は何も言わず、少しばかり困った顔をして携帯をしまい込む。
27年もずっと忘れていたのに、なんで今更思い出すんだと、ジェットは小さくため息を吐く。
たとえば離れ離れに暮らすことになっても、自分はずっと彼らと共にいて、この先ずっと同じ未来を見て生きていくのだと、あの戦いの日々の中で思っていた。そうして、自分が一番傍にいたいと思っていたのは、この愛想のない男だったのだ。
「あのさぁ」
「なんだ?」
「俺、あんたと一緒のとこ、入れないかな?」
問い掛けると、ハインリヒは驚いたように目を見開いた。
「せっかくまた会えたのにさ、このまま、じゃぁまた、ってのも勿体ないし」
傍にいたかったのだと思い出せば、帰ると言う男を追っていくしか方法はない。ジェットがなんとか方法がないものかと思案する上に、ハインリヒの声が返る。
「お前、EU圏の人間じゃないからダメなんじゃねぇか?」
あっさりダメ出しが返って、ジェットはぐぬぬと唸る事しか出来ない。
「……どうしてもってなら、聞いてみるが」
確かにこれでまたってのもな。と小さく呟いたのが聞こえて、ジェットはハインリヒの右手を掴む。
「別に、アンタのとこじゃなくても、アンタと一緒にいられたらいいんだけど!」
団体行動得意じゃねぇし、なんかめんどいの嫌いだし。と伝えれば、掴まれている自分の手を見て驚きに目を見開いていたハインリヒは、ジェットの顔を見て吹き出すように笑う。
「笑い事じゃねぇって」
「笑うだろ、なんでお前、そんな必死なんだ」
さっきまで、生気のない顔で煙草の煙とため息しか吐いていなかったくせに、急に一体なんなんだ。とハインリヒは思う。
けれど、ずっと何の連絡も寄越さなかった人間が、こうして自分の傍にいたいと言ってくれる事は、嬉しい事なのではないかともハインリヒは思う。
ジェットはこちらの事を忘れていたかもしれないが、閑職で腐っていたこちらは、彼らの事を思い出しては懐かしむ日々だったと言ってもいい。もう、自分の居場所なんぞどこにもないのかと思っていたのに、そこを居場所にしたいと言われて喜ばないわけもない。
「だって、俺、アンタの事ずっと好きだったんだぜ」
忘れてたけど。とは口に出さず、ジェットはハインリヒを見る。
「は?」
「あんたが好きだから、アンタといたいの。あんたはそれでいい?」
何を言われているかわかっていないようなハインリヒに、再度言葉を伝えると、彼は自分の握られている右手に目をやる。
「あ?」
何か聞き慣れない言葉を言われているように、じっくりとその内容を吟味しているらしきハインリヒをじっと見つめていれば、ゆっくりと彼の顔が赤くなっていくのが見て取れる。
「はぁ!?」
お前、頭おかしくなったんじゃねぇのか。口より語る彼の表情が読めるのは、きっと俺たちの特権だ。ずっとジェットはそう思って来た。それが事実かどうかは謎だけれど、多分そんなだと思う。
「というわけで、俺、ドイツに行くから」
すくりと立ち上がって、ジェットはそう宣言し、ハインリヒの手を離す。
「じゃ、また明日な!」
すっきりした顔で去っていくジェットを見送って、ハインリヒは大きく息を吐く。
なんだかよくわからないが、明日からの自分の生活は、何かが変わるのだろうということだけは、理解出来た。
「……あぁ…」
また、賑やかになりそうだ、そう思って自然口元が緩やかに綻ぶのに、自分もどうしようもないなと思うのだった。

 
 
 


どうせたがいの みわさびがたな きるにきられぬ くされえん
「HIDEAWAY」様の009企画に投稿させて頂いた品です。
RE:CYBORGを見たら、書きたくて仕方がなくなった勢いだけで書いた品です。でもとても楽しかったです。

(2014.1.16)




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