「よ〜く、味わって食べてね。」
 にっこり笑って、フランソワーズが差し出してくれたのは、彼女の手製のチョコレートケーキだった。
 過日、日本のバレンタインデーでは、女性がチョコレートをプレゼントするのだと聞いて、フランソワーズはそれを覚えたらしい。
「ありがとう。」
 ジェットの誕生日、フランソワーズは本命より先に、とりあえず、奴にそれを食べさせたらしい。奴は素直に、うまかったと言っていた。
 そして、今日、俺の誕生日にも、フランソワーズはそれを焼いてくれた。
 別に、彼女がチョコレートケーキを焼いてくれたからと言って、俺たちに何か特別な感情を持っているわけではないのは、勿論よく知っている。だが、わざわざ手作りの品などくれるという事は、それなりの見返りを期待しているのだ、という事も、俺たちはよく知っていた。
「最近は、何か気になってる事はあるのか?」
 何が欲しいのか、言ってみろよ。というのを、真直ぐ聞かない時は、こんな言葉に変化する。ジェットの奴は、真直ぐに、『最近、欲しい物とかあるの?』と聞いたらしい。まぁ、どっちもどっちだ。
「衣替えはいつにしようかしら、って事くらいね。」
 秋物か冬物の服が欲しいという事だと受け取って、さて、どんなのが好みかと頭を捻る。
「ああ、でも、新作のバッグも気になるわ。」
 フランソワーズが普段使っているのは、何処のブランドだったかと考えて、ブランドを示すロゴマークが一つ頭に浮かんだ。
「そうか。」
 チョコレートケーキ一つで、バッグ一つを買って寄越せとは、なかなか強かだな、と思うのだが、そういう彼女は嫌いではないから困る。
 本命のジョーからは、プレゼントなど殆ど受け取る事がないらしいから、そんな我がままも、慣れた俺たちにだけ見せる姿かと思えば、兄貴の気分で望みもかなえてやろうかという気にもなる。
「そう言えば、ハインリヒも、ケーキを焼くって聞いたけれど、本当なの?」
「ああ、買うと高いからな。」
 客が来た時に、相手をもてなす品もないのは情けないが、だからといって、来るかどうかもわからない客の為に、毎日ケーキや菓子を買っておくわけにもいかない。それならば、自分で作る方がいいと思ったのだ。それに、意外にやってみると楽しいというのもある。
「じゃぁ、クッキーは焼ける?」
「ああ。焼いて帰ろうか?」
 明日には日本を発つと決めている為、作るなら今からということになる。
「…教えてくれると、助かるわ。」
 まさか、作った事がないとは思ってもみなかったが、半年の間、焼けるケーキがチョコレートケーキのみだというのを考えると、フランソワーズは菓子をあまり作った事がないのだろうと気付いた。
 まぁ、これで楽しさを覚えて、色々作れるようになれば、来年もチョコレートケーキでごまかされなくてもいいわけだから、それは有り難い事かもしれない。
 何せ、このケーキ、微妙に焦げた味がするのだ…。
「じゃ、今から、始めるか?」
「よろしく。」
 にこりと笑ったフランソワーズが、何かを企んでいるように見えて、少し、背筋が寒かったのは、他の誰にも言うべきではないだろうと、その笑みに引きつった笑みを返しながら、俺は思った。




釣り→海老で鯛を釣る。
んなわけで、エビタイな人を思い浮かべたら、彼女が出てきました。そして、相変わらず、菓子作りがお得意なハインリヒさん。多分ジェットは、フランソワーズに「おいしいよ。」って言いながら、この人のケーキのが美味しいと思っている事でしょう。

(2003.4.24)


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