「アルトはさ、依存、ってどう思う?」
お互い、背中を向けてベッドに転がったまま、問い掛けてきたノイの言葉の意味を噛み締めて、ハインリヒは眉を顰めた。
「あまりよくない事のようなイメージがあるな。」
誰かに頼っているのはよくない事だと、大体の人間が口を揃えて言うから、『依存』なんて言葉は、最も忌むべき事ではないかというような気にもなる。自分も、誰かに頼るのはよくない事だと思って生きているから、依存するなんて、ちょっと、ゾッとする。
「されることが?」
「すること、かな。」
依存されるのは、依存するよりずっと大変な事だろうから、依存するのはよくないと言うのは、依存された事のある人間が、それは辛いと思っているから先手を打つのではないかとも思う。
「……じゃぁさ、お互いに、自分達の足りないところを補いあってて、離れたら、生きていけない。って、そういうの、依存って言うのかな。」
「それは……難しいな。」
誰かの弱い部分を補ってやるのは、きっと悪い事ではないし、その代わりに、自分がその相手の弱い部分を補ってやれたら、それはきっといい事だと思う。
他の00ナンバーサイボーグの仲間たちとの関係を考えても、それぞれに得意分野を活かしつつ、それぞれの弱い部分を補って動くのは当然のことになっている。だから、補いあう事は間違いではない。
でも、それで、互いが離れてしまった後に、どちらも生きていけないとなれば、それは補い合う事を越えてしまっているような気もする。そうなれば、それは依存という事になるのだろうが、片側だけが寄り掛かっているわけではないと考えると、また、少し違う話のような気もした。
「お互い寄り掛かっているのは、違うんじゃないか?」
「でも、依存しあってる。って言葉もあるよね?」
「………そうだな。」
お互いに、大切な部分を相手に預けてしまって、自分で自分の決定をしない。でも、相手の事は決定できる。そういうのは、互いに寄り掛かっているという事で、多分、誉められるような事じゃない。
昔むかしの自分は、多分、そういう部分が多々あったのだと思う。
『君がそれを望むなら』
『あなたがそう望むのなら』
何度そう言ったか知れないし、何度そう言われたかもわからない。それでも、相手の事は、一番に考えていたのだ。自分の事なんて、どうでもよかったから、相手の言葉が大切だった。
「アルト?」
「離れたら、生きていけないなんて言っても、結局、生きていけるんだろうけどな……」
自分は、こんなに長く生きている。人でもなくなって、彼女もいなくて、国もなくして、それでも、こうして生きている。生きている事なんて、本当は簡単だ。生きているだけでいいのならば。
「でもさ、生きてる意味は、なくなっちゃうかもね。補ってあげる相手がいなくなっちゃったならさ。」
補ってくれる相手がいなくなる事じゃなくて、補ってあげる相手がいなくなる事が、依存しあってる人達にとっては、生きている意味だというのは、そうかもしれない。自分は確かに、生きている意味がなくなったと思った。意味がなくても、生きていられるのだと思った。
「そういうの、寂しいよね。」
生きている意味もわからないのに、だた、生き続けている事。
でも、それじゃぁ、生きている意味がわかっている人がどれほどいると言うのだろうか。自分が産まれてきた意味とか、自分が生きている意味とか、自分ができる事とか、自分がしなくてはいけない事とか。そういう事全部、本当にわかっている人がいたら、会ってみたいと思う。
会って、その理由が全部クリアされたら、あなたはどうやって生きていくかと、聞いてみたい。
「寂しいな。」
だから、傍に誰かいて、自分が生きてる理由をくれないと困るのだ。何かできるような気にさせてくれないと、何も始められないような気がする。理由がないと、生きている意味がないと、生きていてはいけないと思ってしまうから、だから、こうして背中を向けあっていても、相手の心がわかるくらいに、ちゃんと、自分と向き合っていてくれる人がいないと困る。
「依存してるって、悪い事ばかりじゃないような気もする。」
「……でもきっと、一度してしまったら、もう、やめられない事だと思う。」
誰にも頼らずに生きている人もいる。自分の足だけで立って、そうやって必死に生きてる人もいる。
でも、一度、誰かに預ける事を知ってしまったら、もう、きっとそれを止める事なんてできない。
「悪い事じゃないなら、やめなくてもいいでしょ?」
「………………ああ、そうだな。」
頼ってくれていいと、彼も言う。頼ってくれと言うから、自分はそれに甘える。駄目だ、駄目だと思っていても、彼がそうだと思っていなくても、自分はもう、彼に頼っている。
一人で立つ事はできない。あれをなくして、一人で立っている事は、きっとできない。あれがあるから、一人で立っていられる。倒れそうになったら、伸ばされる手がある事を知っているから。
でも、それがないと知ってしまったら、怖くて、一人で立っていられないような、そんな気もする。
「でも、寄り掛かってるだけは、フェアじゃないな。」
自分も、何かできているだろうか。寄り掛かっているだけじゃなくて、彼は俺から、何かを得ているだろうか。
今は、それだけが、気掛かり。
双児と言えば、この二人。でも、考えているのは、どうやら、違う人の事らしい。
二つの体が繋がって、共有している部分で、相手を支えてたりするらしい、シャム双生児。補いあってる存在だ、というイメージでできあがりました。
私はわりと、色んなものに依存してます。手触りのいいものに触ってると、気持ちが落ち着くとかね……(2003.4.22)