俺にとっての早朝、朝の11時丁度に、必ず電話が鳴る。それはもう、何年も続く朝の決まり事になっていた。
 ベッドの中から腕を伸ばして受話器を持ち上げ、耳もとへそれを持っていくと、返事をする間もなく声が聞こえてくる。
『俺。起きてた?』
 誰に向かって名乗っているのかも、自分が誰なのかも、まともに説明していないけれど、それが誰なのかはわかっている。
 こいつは、電話を取るのが必ず俺だと思っているようだけれど、もしかして違うなんて事を、考えたりしないのだろうかと、ふと思った。
「お前、俺以外の誰かが出るとは思わないのか?」
 思ったままに問いかけると、電話の向こうで一瞬息を飲むのがわかった。
『……もしかして、そこ、誰かいる?』
「…………どうだろうな。」
 誰かいたら、電話に出るわけないだろうと思いつつもそう言い放てば、向こうでため息をつくのがわかった。
 必ず俺が電話に出ると思っていて、確認もせずに話し掛けるくせに、どうしてこうして問われれば自信を持たないのだろうかとも思う。
『いるの?』
「いねぇよ。」
 これ以上はぐらかしたら泣きながら飛んで来そうだと思って、そう答えてやれば、盛大に息を吐くのが聞こえる。電話の向こうの表情がありありと想像できそうなその反応に、思わず笑いが込み上げる。
『……俺の事、からかってる?』
「ちょっと気になっただけだ。」
『けど、もう、何年も経つけど、電話に出る限り、あんた出ない事なんてなかっただろ?』
 仕事柄、深夜に家を開けて、早朝に戻ってきて一眠りした俺が目を覚ますのがこの時間だ。泊まり込みになれば当然電話に出る事はできなくて、毎日毎日こうして話しているわけではないが、確かに言う通り、俺以外の人間がこの電話に出る事なんてない。
 大体、この家を訪れる他人なんてごく僅かで、しかも、俺の不在の間に入り込む人間もいないし、泊まっていく人間もいない。だから、電話に出るのは俺だけだ。
「そうだな。」
『でも、突然、女の声が聞こえたら、吃驚するだろうな…』
 しみじみと呟く声に吹き出すと、電話の向こうで沈黙が少し訪れた。
『あんたは、うちにかけてきて、俺じゃねぇかも、って考えねぇの?』
 意趣返しでもするつもりなのか、そう問い掛けてきた彼は、本気でそんな事を聞いているのか、俺にはちょっと読み切れなかった。
「お前の電話なんか、お前以外の人間、幾らでもでてるじゃねぇか。」
 彼から電話があるばかりでなく、こちらから電話をする事だってもちろんある。
 だけれど、彼の家の電話は、彼の性格を反映してか、彼以外の誰かが出る事が時折ある。
 別に、それがどうだとは思わない。ジェットが社交的なのはわかっているし、家に招いている事も度々あるのだって知っている。
 だから、そうやって電話にでた彼等と、普通に挨拶をして話をする事だってある。
 ジェットが知っているかどうかは知らないが、既に馴染みになった相手だっているくらいだ。
 おかげで、うっかりジェットに話をするのも忘れて電話を切ってしまう事だってある位に、いい話し相手だったりする事もあるのだから、ジェットの質問なんて、意味がない。
 どちらかと言えば、俺は、ジェットが出ない方が当然だと思っているくらいだ。
『そんなに頻繁じゃねぇだろ?』
「半月前は、お前出なかっただろう。」
『………あんたからの電話自体、頻繁じゃねぇよな………』
 ため息まじりに返った言葉で、ジェットが知らないのがわかったが、本当は、三日前にも電話をした。
 ジェットが不在だったため、特に急ぎの用でもなくて、伝言も必要ないと言っておいたのだが、その時俺は、電話に出た人物と1時間話をしていた。
 話の内容がジェットに関する事だったから、彼女もジェットに黙っていたのかもしれないが。
「まぁ、電話に出た相手に、『今何処にいるんだ!』なんて怒鳴られるのにも慣れたけどな…」
 ジェットが不在で他の誰かがいる場合、彼等は留守番をさせられている事が多いらしい。それはもう、決まってその質問が来るから、自分である事が申し訳なくなるくらいだ。
『……そんなことより!今度、いつこっち来る?』
「夏に日本に行く。」
 休暇はまだ先だが、それ以外には特にこれと言って予定も入れていない。
 もちろん、アメリカへ行く予定なんてさっぱりだ。
『……いつ?』
「詳しくはわからん。」
『ついでに、こっちに寄ったりは?』
「ない。」
 電話の向こうで大きなため息がもれる。
 それが楽しくて仕方がないなんて言ったら、怒るか拗ねるか、何にしても楽しい事になるのだが、とりあえず口は噤む。
『………日本に行くのが決まったら、俺にも連絡して。』
「ああ。わかった。」
 請け負えば、ほっと息をつく。どうしてこうもわかりやすい反応をするのだろうと思うのだが、先日の彼女の話では、さっぱり考えている事がわからないという話だった。
 笑っているけど、本気かどうかわからないし、大体、自分を主張しないのだと言う。
 そりゃきっと、ジェットがあんたに気を許してないからだろう。と思ったが、それにも口は噤んだ。留守番を頼まれるならば、気を許しているのだと思っていたのだが、どうやら、一緒にいた人間の方がそれだったらしく、電話が長いと横から声が掛かり、『悪かったな』の一言をくれたのは、よく知った声だった。
 ジェットは、気を許した相手には、機嫌が悪いのもいいのも、わかりやすくて疑いたくなる程素直に示す。
 しかも、気を許す人間は多くて、警戒心は低いし、わりと、兄貴気質で、更に甘え上手だ。これで周りから可愛がられないわけがなく、あいつもイイ性格をしているな、と俺は思うのだが、色々あった過去も関係してるんだろう。
『今日は、なんか、機嫌いいのな。』
「ん?……そうだな。」
 お前がわかりやすくて楽しいから、機嫌も良くなるだろう。
『ああ……時間だ。』
「ああ、そうだな。」
『じゃ、また明日ね。』
「ああ。」
 この電話は時間が決まっていて、10分程度だ。何かの用事の合間に済ませているらしく、必ずそれで切れるのだが、それでも掛かってこない事はなかった。
『あんた以外、出さないでよ?』
「…………ああ。」
 念を押す言葉に笑いが込み上げたが、それを堪えて頷けば、ちょっとだけ、沈黙がやってきた。
『俺は、あんただけ好きだよ。いつでも、ずっとね。』
 それだけ言って、焦ったように電話は切れて、俺はその際の言葉に首を傾げた。
 年中無休の電話を掛けてくる相手が、自分を嫌ってるとは思わないし、自分以外に好きな奴がいるとも思わない。
 それでももしかして彼は、俺の持ち出した話題に、俺がそれを気にしているとでも思ったのだろうか。
「………馬鹿か?お前。」




年中無休、いつでもあんたが好きだよ。
と、言わせるつもりだったんですが、なんかちょっと無理矢理すぎて、言わせられませんでした。ジェットなら、これくらい平気で言ってくれると思うんだけど。
でも、ハインリヒも、年中無休で、ジェットの事考えてると思うわ。

(2003.5.9)


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