「腕、付け替えたって?」
前置きなしの質問に、彼は首を傾げてから頷いた。
「関節の動きがおかしくなってきたからな。」
わずかの歪みが響いて、腕自体が動かなくなる事も考えられないわけじゃない。それに、照準を合わせても、腕がそれに従わなければ、命取りだ。
不具合が出れば、新しい物に。
彼は、それを嫌っているようだけれど、正直、それが一番適当な方法だと思っていた。
「付け替えて、具合はどうなんだ?」
「前よりも良い。」
新しくなれば、機能も増えていたりと、使い勝手は良くなっている。昔よりも、確実に軽くなって、スムーズに動くようになったと思う。
「……あんたって、取り替えにためらいがないよね。」
どことなく、それが責めるような響きを持っているような気がして、彼の意図をはかるように様子を伺う。
「俺は、足を取り替えるのも好きじゃない。」
「……昨日も、随分抵抗したらしいな。」
新しい足を付けるとの言葉に、彼は抵抗して、結局、それは叶わなかったらしい。
今日の彼の動きがぎこちないのは、新しいそれに慣れていないからだろう。
「偽物かもしれないけど、あれだって、俺の足じゃないか…」
その言葉に、軽く頷いて同意を示せば、彼は少しだけ驚いたような表情を浮かべた。
「でも、これだって、俺の腕だ。」
自分の形を作るこの全てが、本当に持って産まれた自分の物ではない事は、よく知っている。
記憶にある通りの形をしていても、そうでないのは、取り替えられる度に嫌でも自覚するようになった。
それでも、自分の手足として、満足行くまで慣らしたこの体は、やはり自分の体なのだ。
昨日までついていた腕は、少しだけ、手首の動きがぎこちなかった。でも、肘の関節はとても滑らかに動いて、動かすのがとても気持ち良かった。
今日付け替えたこの腕は、手首が滑らかに動くようになって、少し軽くなった。
まだ、動きが少しぎこちない事は確かだが、それでもきっと、前の物よりも、それらしく動くようになると思えた。
「あれもこれも、俺の体だ。」
どれでも好きな体を選べると言われたら、迷いなく、今はもう何処にあるのかもわからない、あの生身の体をくれと言うだろう。
だけれど、それが叶わないのだと言うのなら、それを望んだりはしない。
自分に与えられた体を、自分の物だと思って使う事にする。
「……本当に欲しい物は、もう返ってきたりなんかしねぇんだぜ?」
彼が望んでいるのは、なくしてしまった体を取り戻す事か、今以上に、変わってしまわない事だろう。
でも、それが無理なのだという事も、わかっているはずだ。
「…………わかってるよ……」
それでも、あの頃の自分をなくしたくないと思うのだ。
この体の何処までが、自分の物なのかわからない。でも、取り替えたくない。
この足が、偽者だとわかっている。それでも、これ以上、人の手の加わった体にはなりたくない。
「それでも俺は」
「お前は、お前だろう。」
真直ぐに見据えられて与えられた言葉に、続く言葉を失った。
「………うん。」
この世界でたった一人、彼だけが、自分にくれる言葉がある。
この体にならなかったら、会わなかった人。
この体にならなかったら、与えられなかった言葉。
「俺のする事に口出しはするな。」
「………うん。」
自分の選択を、間違いではないと言ってほしかったから、彼の選択を咎めるような事を言ったのだと、彼はわかっていて、それでも許してくれる、優しい人。
「ごめん。」
欠けた左手。と言うより、なくした体。って感じですね。
欠けた右手。ってなら、なくした半身。って感じのお話の展開もありだと思うんですが、左手、ってのが、微妙なお題だなぁと、思います。
左手、利き手じゃないからねぇ…(2003.5.30)