グミベアー



 誰かの誕生日ってモノを祝うのは、どんなものだっただろう。
 財布の中身と相談しながら、昔は何を送っていただろうかと、必死に記憶を辿る。
 
 ゼリーヒーンズ、ヌガー、チョコレート、キャンディー
 
 思い出す限り数えても、食べ物以外が出てくる事もなければ、値の張る物が出てくる事もなかった。
 限り無くゼロに近い所持金で、それでも必死に考えたのは、受け取った相手が笑ってくれる事。
 
 
「………やっぱ、グミベアーか?」
 クマの形のグミキャンディー、確か、一度だけ彼がそれの前で足を止めた事があったはずだと、記憶の縁に引っ掛かる、違和感のある光景を引きずり出した。
 そして、くるりと向きを変えて、お菓子売り場へ足を向ける。
 彼は、あれで意外に笑いを理解してくれる人だ。と言うか、誕生日のプレゼントってモノに対する感覚が、自分と似ていると思う。
 一瞬の笑いがある事が一番重要。金が掛かっていようがいまいが、欲しかろうがいらなかろうが、それを一目見て笑ったら勝ちだ。プレゼントは勝ち負けじゃないんだけれど、なんとなく、そういう所がある。
 まぁ、だからって、彼が何も考えずに人に物を贈る事もないだろうけど。
 ふらふらとお菓子売り場を彷徨って、目当てのクマを手に取ろうと手を伸ばした横に、クマのビスケットの箱を見つけた。
 はちみつ味とココア味のクマのビスケット。
 思わずそれにも手を伸ばして、いそいそとレジへ足を向ける。
 以前にあった自分の誕生日に彼がくれたのは、紙袋一杯に詰められた『チロルチョコ』と言うチョコレートの菓子だった。
 これでもか!と言わんばかりのその数を見て、彼がどんな顔をしてそれを買い込んだのかと思うとおかしくて、更に、自分を楽しませようと考えた彼が、一つ十円だと言うそのチョコレートを選び取ったと言うのもおかしかった。
 他の皆が呆然とする中、笑う俺を見て、彼は満足そうだった。誰がくれた物も全部嬉しかったけれど、彼がその手を使った事が、一番嬉しかった。
「……2番煎じかな…」
 でも、本物のテディベアーなんてあげられるお金もないし、もう一つインパクトのある物を、と思った俺の目の先に、段ボールに山積みされたクッションらしき物が入って来た。
 『ビーズクッション』
 そう書かれたそれは、色とりどりの布で作られたクマの形をしていた。
「なんだろ?」
 クッションと言うのは、ソファとか床に置いて、腰を下ろす物じゃなかっただろうか?と思いつつ、手を伸ばしたそれは、シャリシャリした手触りの布でできていた。
「うわ…」
 手で握ろうとすると、シャリ、と手の中で布の中身が動き、伸縮性のある布地が一緒に形を変える。そのなんとも言えぬ柔らかな感触に、両手でクマの腹を押して感触を確かめたくなる。
「………これだ……」
 シャリシャリ、シャリシャリ、と、中に入っているらしき小さなビーズが動く感触を確かめながら、色とりどりのクマを探って好みの色を取り出す。
「やっぱ、これだろ。」
 持ち上げると、ふにゅりと垂れるそのクッションとグミベアーとクマビスケットを持って、レジへ足を運ぶ。
「大きな袋に入れて、リボン掛けてくれる?」
 にこりと笑って言えば、レジの女性はにこりと笑って頷いてくれた。
 
 
 
 
 
 
「ハインリヒ、これやるよ。」
 帰りついた家のソファにいた彼に、注文通りに抱える程大きな袋に、思いっきり大きな赤いリボンを結んだそれを見て、彼は少し驚いたように手を伸ばした。
「誕生日だろ?」
「………ありがとう…」
 何か警戒をしている様子に思わず嬉しくなってしまう。そして、傍にいた仲間たちも何ごとかと様子を伺っている中で、彼はそっとそのリボンをほどいて、袋の口を俺に向けて開いた。
「…なんだ。吃驚箱かと思ったのに。」
 何も起こらなかった事に、ちょっと残念そうなその言葉に、俺はその手もあったのだと、やっと気付いた。でもまぁ、もしそれをやってたら、自分が被害にあってたわけだし、やらなくて正解だったかもしれないとも思ったけれど。
「……?」
 袋の中を覗いた彼は、首を傾げて中の箱を取り出していく。
「ビスケット?……グミベアー……」
 クマの形をしたグミを見た彼は、少し驚いたような表情を浮かべてから、ごくごく微かに笑みを浮かべた。
「…なんだ?これ。」
 袋の底に手を突っ込んだ彼は、不思議そうな顔をして、へにゃりと垂れたそれを取り出した。
「………クマ?」
 クマクッションの両腕を両手で持って、手を広げるようにして持ち上げた彼は、首を傾げてから左手でクマの腹を掴んだ。
「うわ…」
 そして、右手でクマの頭を掴んで感触を確かめる。
「面白い感触だろ?」
「………ん。」
 ぐにぐにとそれを確かめている彼に、向いに座っていたピュンマが不思議そうな視線を向け、彼はそれをズイっとそちらへ差し出した。
「うわ…なんだい、これ…」
 ピュンマも、手の中で動くその感触に驚いたように見上げてくる。
「俺も、今日初めて見たんだけどさ、この感触が楽しくてさぁ。」
 ピュンマの手から差し出されたクマを受け取って、ぐにぐにと腹の感触を楽しむ。
「お前が持つと、毒々しい色合いだな。」
「何だよ、それ。」
 手を差し出して、返せと要求されて、俺はそれをハインリヒに差し出した。
 彼の手の中に納まる、真っ赤なクマ。
「ハインリヒが持っても、違和感あるよ。」
 ピュンマは笑い、ハインリヒは首を傾げてクマを膝にのせて足を掴んで感触を楽しんでいる。
「気に入った?」
「ああ。」
 軽く頷いた彼は、テーブルに置いたグミベアーの袋を取って、袋の口を開ける。
「なんで、クマなんだい?」
 ピュンマが不思議そうに問い掛けてくる。
 確かに、彼とクマは微妙にイメージが遠いから、仕方がないかもしれない。
「意外に、似合うかな。と思ってさ。」
 グミベアーを取り出して、どこか嬉しそうに口に運ぶハインリヒを見て、俺は何だか嬉しくなった。
 あの日、彼は間違いなくそれを見て足を止めたのだ。おれたちの知らない何かを思い出して。
「うまい?」
「……うまくない。」
 そう答えながら、彼はとても楽しそうに笑っていた。
 
 
 今回は、俺の完勝。
 赤いクマを膝に抱いた彼を見ながら、俺はそんな事を考えた。





24同盟の「誕生祭」に出品した作品。
グミベアーを初めて知ったのは、絵本で。壁の中に暮らしてる妖精だったかに、お礼にグミベアーをあげるとかいう話だったような気がする。その後、イタリア旅行の際に、本当にあるのを知って嬉しくなった。クマビスケットはソニプラとかにも売ってましたが、わりと美味しいお菓子でした。そして、ビーズクッションのクマは、先日の京都旅行の際に見つけたもの。あまりの手触りの楽しさに嬉しくなったのですが、本日東急ハンズで発見。微妙に違うもののように感じるのですが…。意外に高かったので吃驚です。
ハインリヒにクマを持たせるのはこれで2度目ですが、あの小さくて高いテディベアよりも、ぞんざいなクマのぬいぐるみの方が、彼には似合う気がします。

(2002.10.26)


TOPへ