暗闇



 目を開けて、辺りを見回しつつ、体の何処にも不具合はないかと、ゆっくりと腕を持ち上げた。
 少々、ぎこちない動きをしたものの、痛みはどこにもなかった。だが、視界が薄闇に包まれている。一度目を閉じて再度目を開ければ、視界が切り替わり、辺りの景色がハッキリと見えるようになる。
「……?」
 傍に誰かいないかと見回せば、少し離れたところに蹲る姿が見えた。
 視界に熱源反応が表示され、その形から、それがジェットである事を確認し、そちらへ足を向けて脇へ膝をつくと、手を伸ばして肩を揺する。
「…ぅ…」
 小さく呻いて目を開けたジェットは、肩に触れている手に驚いたのか、慌てたようにそれを振り払い、後ろへ後ずさると、腰のスーパーガンに手を伸ばそうとする。
「ジェット。落ち着け。」
 こちらに気付いていないことに気付き、そう声をかければ、驚いたように動きを止め、恐る恐るといった様子で検討外れの方向に手を伸ばす。
「ハインリヒ?」
「こっちだ。」
 声を掛けてから、伸ばした腕に触れれば、慌てたように向き直って来るが、どうやら、見えていないらしい。
「お前、暗視機能ぐらい付いているんじゃないのか?」
 戦闘中の隠密行動は、当然あって然るべき事で、更に言えば、上空を飛行する能力のあるジェットの目に、様々な機能が付いていないとは思えなかった。
「あんまり、精度がよくねぇンだよ。俺の。」
 こちらからは、はっきりとジェットの表情まで見て取れるのだが、ジェットにはさっぱりらしく、どこか不安そうに視線をあちこちに飛ばしている。
「付け替えてもらえよ。」
「やだ。」
 即答しつつも、思案もしているらしく、口を引き結んでいるその表情がおかしい。
「夜間飛行訓練とか、なかったのかよ。」
「俺の足さ、炎出るだろ?だから、夜間の隠密飛行って無理なんだよ。だから、そっちの開発なかった。」
「……そうか。」
 地上戦になると、割と光源が何処にでもあって、さすがにここまで暗い場所はあまりないかもしれない。それに、ジェットは、最改造を強硬に拒否していた事もあったとか聞いた事がある。そう考えると、旧型のジェットの目の精度が悪いのも、仕方のない事かもしれない。
「あんたは、見えてるの?」
「はっきりな。」
 お前のその不安そうな顔も、はっきり見えているのだと、そう言われている事に気付いたのか、ジェットはバツの悪そうな表情を浮かべ、頭を掻きむしった。
「どこか、調子の悪いところはないか?」
 なんにしても、ここでぼんやりしていても仕方がない。動けるようならば、ここから出て皆に合流しなくてはいけない。そう思って声をかければ、ジェットは腕を動かし、ゆっくりと立ち上がり、足踏みをする。
「とりあえず、問題ないみたい。」
「じゃ、行くか。」
 ここへ来るまでに見ていた地図と、移動して来た距離を考え、大雑把に向かうべき方角を予測する。
「ジェット、北を指差せ。」
「あ?……ああ、こっち。」
 有り難い事に、俺たちはコンパスと時計いらずの存在だ。ただ、今さっきの衝撃で不具合が出ている可能性を考えて、ジェットにも方角を確認させたのだ。有り難い事に、俺の方向感覚とジェットの方向感覚は見事に一致した。ならば、内部にもさほど影響はないと言う事だ。
「俺たちが入って来たのは、南からだったよな。そこから、道は東寄りに北に向かってた。」
「今、空気が北に向かって流れている。こちらも、南に出口か何かがあるんだろう。」
 ジェットの言葉に頷きつつそう返せば、ジェットは素直に頷いて、南へ向けて足を踏み出そうとして止まった。
「行くぞ。」
 声をかけると、一歩だけ足を進め、また止まる。見えていないのだから、足が止まって当然だ。
 どうするだろうかと、足を止めて様子を伺っていると、腕が上がり、辺りを探るような動きをした。
「……ジェット?」
 相変わらず、見当違いの方向へ腕を伸ばすのを見て、声を掛けてやれば、慌てて声を頼りに腕を伸ばす。それでも、腕が届くような位置に俺はおらず、ジェットは頭を掻きむしった。
「ほら。行くぞ。」
 これ以上放っておくと、何か喚くに違いないと、足を進めて腕を取ってやると、ジェットがぽかん、と口をあけるのが見えて、俺は思わず吹き出した。
 こちらからは見えているという事を、既に忘れたのか、それでも、俺の手を掴まれていない方の手で握って、ジェットは照れたように笑った。
「誰かに手を引いてもらうなんて、物凄い久しぶりの気がする。」
 ジェットはそう言って笑い、俺は握られた手を振り払うわけにもいかず、見えていないジェットの為にゆっくりと歩き始めた。たまには、こんな風にのんびり歩くのも構わないかもしれない。
「でも結局、ブラックゴーストの噂は偽物だな。」
「そうだろうな…。単なる地下空洞のようだ。あやし気な金属反応もない。」
「嘘の方がいいんだろうけど、ちょっと、残念な気もするな。」
 足下を注意してやりながら、ぽつぽつとおしゃべりをして歩く。ちらりと伺えば、ジェットは楽しそうな顔をして、握った手の辺りを見ていた。
「そうだな…」
 ブラックゴーストの残党がいるらしい。そんな噂を聞き付けては、それを確認に行く。自分達が平和に暮らす為には、小さな事でも確認して潰していかなくてはならない。それを、時々煩わしく感じるが、こうして、なんでもない事を話していたりすると、やはり、仲間たちといる時間が、一番寛いでいるような気がする。
 この目も、この手も、晒していても構わない相手。多分、そういう意味で安心するのは失礼な事なのかもしれないが、俺にとっては、それが一番重要な事のような気がした。
「早く帰って、飯食いてぇなぁ…」
「まだ、出て来てからそれ程経ってないぞ。」
 更に気の抜けた事を言われて、可笑しくなる。まだ、この先何かがあるかもしれないのに、すっかり気を抜いている。いつもならば、小言の一つも言ってやるのだが、俺自身が気が抜けてしまっているのに、そんな事を言っても馬鹿らしい。
 それもこれも、手なんか繋いで、『そこ、石があるぞ』とか『水たまりだ』とか言ってるせいに違いない。まるで、小さな子供の世話をしている気分だ。
「でも、帰ったら、きっといい時間だぜ。」
「……そうかもな。」
 暫く歩いていくと、微かに視界が明るくなりはじめ、俺は数回瞬きをしては、視界の調整をしなくてはならなかった。そして、それに連れて、ジェットの手が緩みはじめ、わずかに後ろを歩いていた立ち位置が、隣へ移動してくる。
「あ、出口だぜ!」
 ジェットが叫んで俺の手を引き走りはじめる。
「ジェット、待て!」
 こんな状態で外に出たら、視界が焼ける。慌てて止めようとした俺に構わず、暗い中を歩いて来て外が恋しかったのか、俺を抱えるように外へ飛び出した。
「…っ!」
 腕で目を覆って、目を閉じた俺を、ジェットは驚いたように振り返った。
「ハインリヒ?」
「………大丈夫だ。」
 何度か瞬きをし、視界が戻るのを待っていると、ジェットが太陽光を遮るように前に立ち塞がる。
「ごめん……」
「すぐ戻る。」
 視界は通常モードに戻り、フラッシュをまともに見た時のように、残像が残っているだけの事なのだ。こういう状況に素早く対処する為に訓練や改造をしていたはずなのに、こんな部分で旧型なのだな。とぼんやり思う。
「博士に新開発でもしてもらうかな……」
 カメラの機能が切り替わるのに、残像が残るのはどうかと思う。それとも、それは仕方ないと言われるだろうか。
「……今のままでいいじゃん。俺が、こうしててやるから。」
 だから、あんたは、暗闇で俺の手を引いていて。と、ジェットは笑って言い、俺はその言葉に目の前のジェットの足を軽く殴ってやった。
 せっかく誰かがいるんだから、何でも自分でできるようにならないで。と、繰り返す彼は、こんな時でも、誰かの手を取れと主張するのだ。
「……仕方ねぇな……」
 あの、のんびりした時間も、こんな目だから得られた事だと言うのなら、それもいいかもしれないと、そんな事を思ってしまう。
「さて…ジョーたちはどこかな……」
 立ち上がると、ジェットはそう呟いて、辺りを見回す。
「ちょっと、見てくるから、あんたここにいて。」
 世話掛けた分は、ちゃんと働くのだと示すように、ジェットは勢い良く飛び立っていき、俺はそれを見送りながら、小さく息をついた。
 俺たちが9人いるのは、9人いて丁度いいからなんだと、前に誰かが言った。その後で、ジェットが言ったのだ。だから、一人で何でもしようとしないでほしい。と。
 でも、多分、一番一人で何でもしようとしているのはお前の方だと、その時、俺は思った。
 だから、さっき、俺の手を探したジェットが、嬉しかったなんて事は、奴には知られてはいけない事なのだ。





77778HITをゲットして下さった、仲川夏海さんのリクエスト。
「ふたりが洞くつに閉じ込められたという設定で脱出するまでのお話。」
相変わらず、それはどうなの?的作品と成り果てました。仲川さん、申し訳ございません…
リクエスト頂いた時に、ハインリヒの「目」に関して、考えていたところだったので、早く書けると思っていたのですが、なんだか難産に。とりあえず、リクエストはクリアしていると思うのですが、まさか、「お〜手〜手〜、つ〜な〜いで〜、よ〜み〜ち〜を〜〜ゆ〜け〜〜ば〜」なお話になるとは。あ〜びっくり、びっくり。
しかし、相変わらず、ハインリヒさん、ジェットラブラブ。最近、このパターン多いなぁ…

(2003.4.15)


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