「揃って、何をしてるんだい?」
屋敷の庭に繋がるウッドデッキに出てきたグレートは、庭に出されたテーブルセットに着いているジョーに声を掛けた。
「ちょっと、面白くってさ。」
ジョーは笑って答え、グレートは首を傾げて、少し先にあるバスケットボールのリングの前で、ぼんやり立ち尽くしている後ろ姿を見た。
「待たせたな!」
ふいに後ろから声が聞こえ、振り返った先には、目にも鮮やかな赤の防護服を着たジェットが立っていた。
「おいおい、何の騒ぎだ。」
「これは、本気の勝負なんだよ!」
ジェットはそう叫んで、ウッドデッキの手すりをこえると、ぼんやり立ち尽くしているハインリヒの元へ駆けていった。
それを呆然と見送り、グレートは笑みを浮かべているジョーへ視線を向けた。
「ジェットが、ハインリヒに勝負を挑んだんだけどね…」
ジョーの視線に従って二人の方へ視線を向けると、ハインリヒがボールをジェットに投げているのが見えた。
「バスケットボール、か?」
「そう。サッカーで惨敗したから、むきになっちゃってさ。」
ジョーはくつくつと笑いをもらし、その隣に座っていたフランソワーズも、同じように笑みを浮かべた。
「フットボールは、お国柄、ハインリヒ有利だって言って、今度はバスケットボールだって。」
「でもほら、ハインリヒも負けず嫌いだからさ、どうにも勝てなくって…」
二人の視線の先では、ジェットがハインリヒに向かって指を突き付けて、何やら叫んでいるようだった。
想像するに、多分、勝利宣言か、再度の宣戦布告だろう。
「ジェットったら、ハインリヒが軌道計算をしてるんじゃないかって言い出して、ハインリヒは、そんなの自分の性能上仕方がないだろうって言うの。」
「だったら、ジェットは加速装置を使うって言って、あの状態。」
「………ハインリヒは、それでいいと言ったのかね?」
ジェットは見るからに負けず嫌いなのだが、ハインリヒは見かけによらず、相当の負けず嫌いだ。
それが、わけのわからない言い掛かりを付けられて、更にわけのわからない対抗手段を持ち出されて、とうとうどうでもよくなってしまったと言うところだろう、と、グレートは推測した。
ハインリヒは、負けず嫌いだが、諦めが早いところもある、微妙な性格をしているのだ。
「もう、呆れた、って感じでしょうね。」
フランソワーズが笑って言い、ジョーもそれに頷いて同意を示す。
「それに、加速装置を使っていたら、ボールに触れないんだから、あまり使う意味もないと思うんだけどね…」
ハインリヒの目は、一瞬でボールの軌道を読み、ハインリヒはそれに沿って走る。
ジェットは投げたボールよりも早く走り、到達予測点で通常速度でそれを手に取る。
この場合、到達点より先にハインリヒが手を出せば、ボールはハインリヒの手元に来る。
運動能力上、コートが狭いと話にならないと言って、二人はかなり広いコートを設定している為、全てドリブルでボールを運ばないから可能な手段なのだが、見ている方はあまり楽しいものでもなかった。
どうせなら、ロングボールは禁じ手にすればいいのに、とジョーは思ったが、見物人には発言の許可はないのだった。
「それでも、勝負をすると…」
ゴールリングから随分離れた場所から、再度、勝負が始まるのが、グレートに見えた。
先にボールを手にしているジェットに、ハインリヒはピタリとついてジェットの動きを防ぐように動く。ジェットがその動きに焦れたように、ボールを大きく投げ、姿を消した。
「ぉお…」
ジェットの姿が消えると同時に、ハインリヒがボールを追って駆け出し、数歩の場所でジャンプしてボールを手にする。その瞬間に、かなり離れた場所にジェットが姿を表わし、慌てたようにハインリヒへ走り出す。
「ああ……確かに、意味がないな……」
ハインリヒにしてみれば、ジェットの行動なんてすっかり読めているだろう。だから、数歩の位置でボールを止める。加速装置を使っているジェットは、その時点で、到達点まで移動できているだろうから、気付いてそのまま戻らない限り、ハインリヒを止める事ができない。
ハインリヒはそのまま遠慮容赦なく、ボールをゴールリングに投げ付け、ボールはネットに吸い込まれていった。
「……あれは、反則じゃないかね?」
所謂、1on1と呼ばれるものは、ああしてロングゴールを決めるものではないのではないだろうか。グレートはそう思い、ボールを拾い上げたジェットが、何ごとかを叫んでいるのを眺めた。
「禁じ手がないんだよね…あのゲーム。」
ロングパスもロングゴールも可。という、よくわからないルールなのは、多分、どちらも今一つそのルールを知らないからなのだろうと、ジョーは思ったが、そのジョーにも、正しいルールなどはわからないため、何も言う事ができないのである。
「軌道計算ができるのもそうだが、ハインリヒは投擲も射撃と同じ精度を誇ってやしなかったかね?」
手投げの手榴弾などを、標的に向けて投げる訓練と言うのを、彼等は嘗てした事がある。
サイボーグの中で随一の射撃手であるハインリヒは、それもほぼ百発百中の精度を誇っていたはずだ。
「……そうなんだけどね……」
「ジェットは知らないようなのよね……」
どちらかと言えば、本当は、サッカーの方が、ハインリヒには不利だったのだ。
ただ、不利と言っても、彼はやはりお国柄か、サッカーは得意だった。この2種目を選んだ時点で、どう見ても、ジェットに勝ち目はないのだ。
他の皆にわかった事が、ジェットにはわからなかった。この勝負は、そういう事なのだった。
「教えたら教えたで、怒るんだろうなぁ……」
「好きだから、勝ちたいという気持ちもわからないではないけれど、ジェットも、もう少し頭を使うべきなのよね。」
フランソワーズはくすりと笑ってそう呟き、椅子から立ち上がると家の中へと入っていった。
「2対2になれば、少しはましな勝負になるんじゃないかね?」
グレートの提案に、ジョーは笑みを浮かべ、二人は視線の先で激しく言い争っているらしい負けず嫌い達に向かって歩き出す。
「まぁでも、ハインリヒも、ああしてちゃんと付き合ってあげているんだから、ジェットの事、好きなんだよね、きっと。」
でなくては、あんな事に付き合ってあげる程、ハインリヒは気のいい人ではない事を、ジョーはよく知っていた。
「俺は、一人の力で、あんたに勝ちたかったの!」
「……勝っても不満なのか?」
呆れたようにハインリヒは言い、ジェットはその反応にムッとして膨れた。
「ジェーット?」
探るように名前を呼ばれて、ジェットは更に口を引き結んで、ハインリヒを睨んだ。
「………だって……俺だって、あんたに、凄いなって思われたいんだよ。」
ジェットは、いつだって、自分にできない事ができるハインリヒを、うらやましく思ったり、尊敬したり、感心したり、それはもう、絶えず色んな事を感じているのに、ハインリヒと来たら、ジェットに向かってそんな感情を抱いているのを見せた事がない。
だったら、何か勝負事でもして、勝ってみせれば、何か反応があるだろうと思っていたのだ。それなのに、勝てないし、ハインリヒは呆れているし、狙いとは全く外れてしまった。
「……それで、俺に凄いと思われて、お前はどうするんだ?」
「どうするって……」
そう思ってくれたらイイな。という程度の考えだったので、そう聞かれると、ジェットとしてもどう答えるべきか困ってしまう。
「俺が、『凄いな、ジェット。』っつって、尊敬の眼差しでも向ければ、お前は優越感にでも浸るわけか?」
「そんなんじゃねぇよ!」
そんな風に思われているなんて、いくら何でも酷いじゃないか、と思ってハインリヒを見返したジェットは、ため息を吐くハインリヒをそこに見つけた。
「………ハインリヒ?」
「お前が、凄い奴だなんてのは、わかりきった事なんだ。こんな事して、それが間違いじゃないかなんて疑わせるのはやめてくれないか?」
ジェットは、その発言の意味をすぐには理解できず、ハインリヒのおかしそうに笑う表情を呆然と眺め続けた。
「…え……と……」
「そういう、馬鹿なところも、お前らしくて好きだけどな。」
ハインリヒはそれだけ言うと、くるりと背を向けて、ジェットをその場に残して去っていこうとする。
「ハインリヒ! 待った!」
ジェットは慌てて腕を伸ばしてその背中を引き止めると、必死に言葉を探した。
「……なんか……今、大負けした。俺。」
どうして、勝てないかな…と、ため息を吐けば、ハインリヒに頭を撫でられて、ジェットは更に大きく肩を落とした。
いつか、この人に勝てる日が来るんだろうか、と、ジェットは自分の未来を、少しだけ悲しく思いやった。
93000HITを踏んで下さった、ミスズシンヤさまからのリクエスト。
『1on1』をするジェットとハインリヒ。
そりゃもう見事に、やってません。申し訳ないです……。
本当にルールがわからないし、更に言うなら、スポーツしてる描写と言うか、動いている描写ができないのですよ。頭の中に、映像が浮かばないから……
そんなわけで、なんとなく、たらしっぽいハインリヒが出来上がってしまい、我ながらどうしようか…という気持ちです。
(2003.10.16)