特別



 神様を信じているかと問われて、首を横に振るなんてできなかった。
 こんな形になっても、神を信じている。
 こんな形になったからこそ、信じずにはいられない。
 神様は私を見守っていてくださる。
 だから、いつかきっと、この苦しみから解放される時が来るのです。
 そう思わなくては、自分を保っていられなかった。
 だから、その答えには、彼の思っているであろう意味なんてない。
 
 だから、彼の答えが羨ましかった。
 神様なんて信じなくても、誰かを信じていられる彼が羨ましかった。
 そしてそれは、真直ぐに現実を見つめている彼の言葉らしいと本気で思った。
 
 俺でも昔は、神様以外に信じていた人がいたのだけれど。
 
 
 
 
 
 ブラックゴーストを壊滅させ、ある程度の自由を得られた後、サイボーグたちはそれぞれの道を歩むのだと、その先の人生を探す事となった。
 ただ、第一世代と呼ばれる、俺たち4人は、そのまま一般人に混じって生活するには、問題が幾つかあった。
 最も問題になったのが、戸籍だ。行方知らずになって、何十年か放っておかれているのだ。当然、死んだものとして処理されていた。もし、生存とされていたとしても、あるべき年齢とまるで違う姿でいては、誰も信じてはくれないだろう。
 その問題は、イワンとギルモア博士が色々と手を尽くし、問題の無いわけではない方法で、新しい戸籍を用意してくれるという事になった。
 次が、先立つ金。これも、有り難い事に、ギルモア博士の知り合いには、金に困っていない人々が多く、かく言う博士も、某かの収入源を持っているらしく、無期限無利子で相当の額を用意してくれた。
 お陰で、収入を得られるようになるまでの、とりあえずの生活は保証された。ギルモア博士は、罪悪感もあるのか、金を返さなくてもいいとは言ったが、まさか、お前がサイボーグにしたのだから金をよこせ、なんて言えるわけもなく、きちんと返す事にしようと、9人で話し合って決めた。
 金が用意された事で、ピュンマとG.ジュニアの両名は早々に故郷へと帰って行き、張々湖とグレートは、用意された金を元手に店を開くと決め、物件を探しはじめた。一人では生きて行かれないイワンは、問うまでもなくギルモア博士の保護下に入り、ここが故郷であるジョーも、ギルモア博士の元に残ると宣言した。
 彼等二人がいれば、もし万が一、組織の生き残りから博士が狙われるような事があったとしても、問題なく対処ができるだろうと、ジョーの決心は有り難く思った。
 そして、そのジョーに誘われたと、フランソワーズが日本に残ると言った時は、グレートと二人で祝杯をあげてしまった程、嬉しかった。彼女がジョーを想っているのはありありとわかっていたものの、ジョーがどうなのかはよくわからなかっただけに、密かに二人して心配していたのだ。次の朝、フランソワーズに飲み過ぎだと言われたが、彼女も理由を知っていたのか、怒ってはいなかったのは幸いだった。
 そんなわけで、仲間たちとの別れは思いのほか暖かくて、そこから離れてドイツへ帰るのが勿体無いと思いもしたが、やはり、自分の国はあの国以外にはいないと思う。
 戸籍の他にも、色々と新しい生活を始める為の準備が整う迄は、こののんびりとした雰囲気を楽しんでいればいいと思ったが、ふと、目に入れないようにしている人間が一人いる事を思い出した。
 ジェット・リンク。昔々、神様を信じているかと問いかけた人物だ。
 あの時は、思いのほか落ち着いていた彼だったが、あの後から、荒れはじめた彼は、俺の顔を見て、不愉快そうに顔を歪め、自分が兵器だと言われているようだから、顔を見せるなと言った事があった。
 当時、自分でも鏡に映る自分を見て不愉快になっていた俺は、彼の言い分もよくわかると、彼の傍には寄らないようにするようになった。
 でも、本当のところを言えば、彼が不愉快そうに顔を歪めるのを見たくなかったから。というのが、正しかったのだと思う。
 俺は、彼を嫌ってはいなかったが、彼の方は俺を嫌っていて、それが嬉しい人間なんていないだろう。俺が優先したのは、彼の平穏よりも、俺の平穏だったわけだ。
 ブラックゴーストを逃げ出してからは、彼も随分周りに打ち解けて、俺を見て顔を歪める事もなくなったし、別に避ける必要なんてなかったのだが、お別れ出来てせいせいするなんて言われたら嫌だし、まぁ、そんなわけもあって、二人で顔を合わせたりはしないようにしている。
 やはり、嫌われているなんてのは、あまり自覚したくない事だから、仕方ないだろう。
 
 
 
 
「ごめん…俺、ガキだから……」
 耳に届いた声と言葉に驚いて、目を開けると、ソファの背の方からこちらを覗き込んでいるジェットを見つけた。
「……ジェット…?」
 こちらが避けていたのも事実だが、ジェットがこちらを避けていたのも事実だ。それが、どうして、わざわざ眠っている俺に声なんて掛けたんだろうと、ぼんやりと見上げたまま様子を伺う。
「何かあったか?」
 問い掛けつつ体を起こす。誰か呼んでいるのだろうかと思ったが、考えてみれば、今日は皆、出払っているはずだ。だから、自分はこんなところで寝ていたのだ。
「…姿が見えたから。……明日、帰るって聞いたからさ。」
 端切れの悪い言い分に、苦笑が浮かんだ。
「ああ…やっと、用意ができたからな。」
 とりあえず、住む家も見つかった。仕事は国へ帰ってから探さねばならないが、何とかしなくては生きていけないのだから、探し当てるしかない。
「でもちょっと、名残惜しくねぇ?」
 意外な言葉が寄越されて、驚いて見返すと、冗談を言っている様子ではなかった。よもや、こんな事を言われようとは。という驚きに、口をついて出たのは憎まれ口だった。
「とっとと、おさらばしたいんだと思ってたが?」
「惜しいよ。自分でも驚きだけどさ。」
 真直ぐに答えが返り、さらなる予想外な言葉に、俺は、思わず彼の頭に手をやった。もしかして、よくできた偽者だったりしないだろうかと、半ば本気で考えた。
「何?」
「偽者かと思った。」
 さすがに、あんまりな言い分だったのだろう。ジェットはむっと膨れ、その表情が、間違いなく彼だと示しているようで、思わず笑みがこぼれた。
「別に、この先、一生会えないわけじゃないだろう?また会う楽しみが増えたとでも思っておけよ。」
 立ち上がりながらそう言い、何となくその会話だけで満足で、部屋へ戻ろうとドアへ足を向ける。
「それって、また会ってもいいって事?」
 珍しく食い下がってくるな、とは思ったが、顔を見て答えを返すのも落ち着かない気分で、背中を向けたまま答えを返す。
「会いたい奴に会う自由と、会いたくない奴に会わない自由が手に入ったんだぞ。よく考えろよ。」
 ブラックゴーストに改造されてから、会いたくもない科学者たちと顔を突き合わせ、逃げてからも面倒な追っ手を掛けられて、それがやっとなくなったのだ。会いたくない人間に会わなくていいのは、本当に喜ばしい事だと心から思う。
 ジェットからの返事がないのにほっとして、ひらひら、と右手を振り部屋を出る。
 彼もきっと落ち着かない気分だったろうが、俺の方がよっぽど落ち着かない。昨日まで牙を向いていた犬が、突然、掌を返したように懐いてきたような気分だ。
 そんな事を考えながら階段を上がっていると、後ろから足音が追い掛けてきて、大声で名前を呼んで呼び止められた。
 まさか、無視するわけにもいくまいと振り返ると、驚く程真剣な顔で見上げている姿が視界に入った。 
「俺は、会いたい人間?」
 どうして、俺の都合を聞くのかと、反射的に返しそうになった言葉はなんとか堪えた。真剣な人間には、適当な答えを返してはいけない。それは、やはり大切な事だろう。
 それに、もしかしたら、この先ずっと会わずに終わるかどうかを決めるかもしれない答えなわけだから、正直なところを答えておくべきだろう。
「会いたくないとは思わないな。」
 会いたい人間か、と問われて、素直に頷くのも癪だが、かと言って、会いたくないわけもないと思う程度には、彼の事は気にかかっているのも事実だ。これでお別れは勿体無いと思う。
 そう答えて様子を伺うと、ジェットは暫くその言葉を噛み締めるようにして、それから満面で笑って頷いた。
「仕事決まったら、会いにいくから。」
 それじゃ、その時までには、俺も仕事を見つけておこうと、その言葉を聞いて考えた。






そして、ジェットはハインリヒに会いには行けませんでした。ってな具合。
24同盟の、24祭へ出品した作品の、ハインリヒバージョン。アニメ設定のお二人さん。
ジェットさんもハインリヒさんも、まだまだ、相手を意識してないような、してるような…という、微妙な時間の頃。ちょっと、特別。まだまだ、他人。って感じですね。
 ハインリヒさんならきっと、ジェットは自分にとってどんな人間か、と聞けば、「特殊な人間だ」って答えてくれるでしょう。「特別って言えよ!」って、ジェットの突っ込みが入る事は、間違いない。


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