神様を信じてる?
そう問いかけたら、彼は静かに頷いた。
なんだか、とても意外で、でも、らしいとも思った。
迷わず頷けるところが、とても彼らしい。
俺は、神様なんて信じていないよ。と言ったら、彼は苦笑を浮かべて笑った。
『神様を信じていないのが悪いなんて言わない。そんなのは、どうだっていい事だろう。』
神様を信じている人は、俺がそう言うと必ず怒ったものだけれど、彼は全く違っていた。
『何か信じているものは?』
代わりに彼はそう問いかけて、俺に答えを求めた。
『………仲間は信じてる。』
そう答えると、彼は珍しく笑って頷いた。
『お前らしいな。』
なんだかとても、嬉しい言葉を貰ったような気がした。
彼は、今までに会った誰とも違うと、その時初めて思った。
「ハインリヒ、明日ドイツに帰るんだって?」
リビングでのんびり寛いでいる姿を見つけて声をかけると、彼は珍しく何の返事も返してくれなかった。いつもは、そんな事はないだけに、なんだかおさまりがつかなくて、そちらへ足が向いてしまう。
「ハインリヒ?」
無視する事ないのに。と、ソファに近付き、後ろから覗き込んだそこには、眠り込んでいる彼の姿があった。
ソファに横になって、人が動くのにも気付かずに眠っている姿なんて、この人は一生見せないんじゃないかと思っていただけに、驚きのあまりそれをじっと見つめてしまう。
眠っている彼の目は当然閉じていて、いつもの冷たさが半減しているように思えた。ただ、眠っている彼はあまりに作り物めいていて、どこか落ち着かないものも感じさせられたけれど。
彼を見ていると、自分がもうただの人間じゃない事を思い知らされる。昔、仲間だと信じていた人たちはもう仲間ではなくて、それどころか、生きてもいないかもしれない。そうなってしまった理由を見せつけられる。
眠る彼のだらりと垂れた右手は鈍く光る金属の偽物。彼の意志に従って銃口を開け、弾丸を放つマシンガン。今は閉じられている目は照準器の役目を持ち、彼の持つ武器の性能をあげるために必要不可欠なものだと言う。
どこまでも武器として作られた彼は、俺たちにとって、目を背けたくなる程の現実を体現している。
俺たちが、ただの人間でないだけではなく、兵器である現実。
だから、最初は彼が好きじゃなかった。見えない場所にいてくれれば。と思った事もある。やけになって当り散らした事だってある。彼は、それに怒る事はなかった。いつも黙って俺の言葉を聞いて、俺が背中を向けるまで、何も言わなかった。
そのせいで、俺はそんな時に彼が何を感じていたのかを知らなかった。随分後になって、彼ができるだけ俺の傍にいないようにしている事に気付くまで、俺は彼が気を配っていてくれた事にだって気付いていなかったのだ。
「ごめん……俺、ガキだから……」
自分の事で手一杯で、なかなか周りまで目が届かなくて、自分が一人だと思い込んでいた。
彼も、そんなところがあったはずだと思う。でも、いつの間にやら彼は落ち着いてしまって、今では皆のいいお兄さんだ。自分には、一生無理なポジションだとしみじみ思う時も多い。
「…ジェット……?」
訝しむように名前を呼ばれ、はっと気付けば、眠っていた彼は目を開けてこちらを不思議そうに眺めていた。
「あ……」
「何かあったか?」
すぐ傍で声を掛けられてまで眠っていられる状態ではなかったのだろう。彼はゆっくりと体を起こしながらそう問いかけ、俺は焦って首を振った。
「姿が見えたから。……明日帰るって聞いたからさ。」
「ああ……やっと、用意ができたからな。」
ブラックゴーストを抜け出し、送られて来た敵を倒し、組織を壊滅状態にした後も、暫くは油断ならないとギルモア博士の家に集まっていた俺たちも、そろそろ自分の生活に戻ろうという運びになった。
ただ、俺や彼は、本来の戸籍にある人間としては生きていく事が困難な状況で、ギルモア博士やイワンの手を借りて、色々と小細工が必要だった。その準備が、そろそろ整うとは聞いていたが、俺よりも先に、彼の方の準備が整ったらしい。
「でも、ちょっと名残惜しくねぇ?」
問いかけると、彼は驚いたように俺を見返して、苦笑を浮かべた。
「とっとと、おさらばしたいんだと思ってたが?」
昔は確かにそうだったんだけれど、今は、何となく、離れてしまうのが惜しいような気がしているのは本当だ。既にここを離れていったピュンマや張々湖たちには、あまりそう言った感情は浮かばなかったのだが、どうにも、彼だけは惜しいような気がしてならない。
「惜しいよ。自分でも驚きだけどさ。」
正直にそう言うと、彼は首を傾げて俺を眺め、手を伸ばして俺の頭に触った。
「何?」
「偽者かと思った。」
あんまりな言い分に、むっと膨れると、彼はおかしそうに笑ってソファから立ち上がった。
「別に、この先、一生会えないわけじゃないだろう?また会う楽しみが増えたとでも思っておけよ。」
こちらも見ずにそう言いおいて、彼はさっさとドアへ足を向けてしまう。
「それって、また会ってもいいって事?」
「会いたい奴に会う自由と、会いたくない奴に会わない自由が手に入ったんだぞ。よく考えろよ。」
ひらひら、と鋼の右手を振って、彼は部屋を出ていった。
置いていかれた彼の言葉を繰り返して、俺は慌てて彼を追って部屋を出た。
「ハインリヒ!」
階段を上がっていこうとする後ろ姿に呼び掛けると、彼はくるりと振り返った。
「俺は、会いたい人間?」
問いかけると、彼は暫く考え込んでから、口を開いた。
「会いたくないとは思わないな。」
その答えは、彼には珍しい笑顔と共に返された。
24祭りに出品しておりました。期間終了したので、うちでも展示します。
ハインリヒバージョンとは、ちょっと違った雰囲気に見えるかと思いますが、完全にアニメ版のお二人さん。ハインリヒがちょっと素っ気無く見えるのは、ジェットがそう感じているからなわけです。
一人称で進める作品って、こういう裏バージョンが書けるから楽しいのだけれども、そうでない場合、語ってない人の現実って、全くわからないと言う事なのだよね……