「イルカ先生、『英雄的行動』って、どんなだと思いますか?」
突然の質問にイルカは首を傾げて、向い側で食事をしている人物を見返した。
「いやね、今日、ナルトの奴が聞いて来たんですよ。多分、テレビが漫画に出て来たんだと思うんですけどね。」
「……木の葉の英雄と言えば、4代目火影ですよね……」
里を守る為に死んだ里長。彼は『英雄』であったと、里の誰もが認めるところだ。
「ええ。」
「あとは…里のために死んだ人達。」
木の葉の里は忍者の隠れ里だから、どうしても英雄と言えば命がけの行動を起こした人になりがちだ。と言うよりも、せめて、彼等に感謝を示す為にそう呼ぶというところか。と、イルカは思った。
かく言うイルカの両親も、英雄として名を刻まれている。イルカは、英雄の子供だ。
「10人の命を助ける為に、1人を犠牲にできる事。なんだそうですよ。」
「それで、犠牲になった1人が英雄だってことですか?」
4代目火影はまさにそれだ。大勢の村人を守り、そして死んでしまった。
イルカも、幼い頃はそんな英雄になるのだと思っていた。村のために戦って死んだ両親のように、自分も村のために働き死んで、英雄になると。
でも、ふいに襲ってくる寂しさは、両親が英雄になったがための寂しさだった。そんな時は、両親が英雄などにならず、自分の傍にいてくれた方がよかったと思った。
卑怯者と言われようと、傍にいてくれたらと、思ったのだ。
「……俺ね…最近、そういうのは嫌だなぁって、思うんですよ。」
今も、自分は里のために働いて、里のために死ぬのだと思っている。だけれど、誰かを守って死ぬ事は、正しくないのではないかと、思うようになった。
「俺たちの命は、4代目に守ってもらった命ですよね。彼の行動がなかったら、どれほどの人が死んだかわからない。……それは、俺たちが彼の命を踏みつけにしなくては生き残れなかったってことですよね。」
人間に限らず、生命は、自分以外の何らかを犠牲にする事で生き続ける。生きる為に食べる事で、何かを犠牲にする。でもそれは、どの命にも共通の決まりごとだ。それを、罪深いなどと言う気はない。
でも、木の葉の里の人間が生き延びる為に、4代目が命を賭けたのは、全ての生命の共通事項ではない。だからそれは、罪深い事ではないかと思う。
彼の命を代償にして生き延びる程、そのどれもが重要であったか。イルカは時々そんな不安に駆られる事がある。
自分が生き残る事よりも、両親が生き残る事の方が、里にとってよかったのではないかと思う事もある。
「イルカ先生?」
「俺ね、最近、ちょっとそれが苦しいんですよね。」
自分は誰かの命を踏み台にして今生きていて、だからこの命は自分の自由にしていいものではないのだと思って、大事な子供を守る為に使うのだと思っていた。
でも、彼を死んでも守ると思ってかばったあの後、彼に額当てを渡せた時のあの笑顔を見たら、死ななくてよかったと思った。
誰かを守るのならば、生き残ってやらなくてはならないのだと、あの時感じた。頭で考えた事ではなくて、実感したのだ。
里のために生きて死ぬのは当然として、でも、命がけが全て素晴らしいなんて、思ってはいけないと。
「あの人が守ってくれただけの価値のある存在であるか?って、思っちゃうんですよ。人間の価値なんて、どんなものかわからないんですけど。」
「……」
「だから、1人を犠牲にしなくちゃ助からない10人なんて、11人で死んじゃえばいいんじゃないかって、思っちゃうんですよ。」
そう言ってイルカは泣きそうな顔で笑い、カカシは頭を掻いて息をついた。
どうも、話題を振る相手を間違えたらしい。と、今になって理解しても遅く、何を言うべきかと戸惑い、必死に言葉を探す。
「だから、本当の英雄って言うのは、1人を犠牲にしないと10人助けられない時でも、11人で助かる事のできる人じゃないかと思うんです。……そういうのは、この里では、間違ってるのは、わかってますけど。」
イルカは、カカシに呆れられるかもしれないと思いつつ、素直にそう言った。
切り捨てられるものは切り捨てる事で生き延びる事もある忍者が、そんな事を言っていてはいけない事は、イルカも充分理解している。
任務第一に、それに関わらないものは切り捨てる事のできる心構えで。
イルカもそう教えて来たし、そう教えられて来た。だけれど、本当は、そういう英雄が欲しいと思う。
物語の中の英雄でしかないかもしれないけれど、でも、そういうのがいいと、思うのだ。
「ナルトのやつも、そう言ってましたよ。さすが、イルカ先生の教え子です。」
カカシが笑ってそう返してくるのを見て、イルカは首を傾げた。
「ヒーローってのは、絶対無敵なんだから、誰も犠牲にするわけないって。」
彼の語る英雄は、この里で言う英雄とはきっと違う。でも、そんな風に思う子供が大人になって、そんな英雄を作り上げていく事ができるのならば、この里の英雄も、今までの英雄とは違ってくるに違いない。
カカシだって思う事があるのだ。
この里の英雄は、本当に英雄として讃えられているわけではない。里のために死んでいったから、せめて英雄と呼ばねばと思う後ろめたさから来るのではないかと。
それが、全ての人間に当て嵌まるとは思わない。でも、どこかに、そんな気持ちがないとは言い切れないと思う。感謝を伝えるだけならば、英雄などと祭り上げなくてもいいはずだと思うのだ。
「ヒーロー、ですか。」
「そう。ヒーローです。自分の命も守りつつ、他の全ても守る存在ですよ。そうそう、現れたりはしないでしょうけれどね。」
「……俺の子供の頃のヒーローも、絶対生き残ってましたねぇ。」
テレビの中のヒーローたちは、決して自分の命を投げ打つ事なく、悪を挫き、弱きを守る。
「英雄ってのは、ヒーローって、言うんでしたか。」
「らしいですね。」
おかしそうに笑うイルカを見て、カカシはほっと息をついた。
「じゃぁ、ヒーローは、絶対に生きて帰ってこなくちゃ。」
せめて夢の世界では、何にも負けない力があればいい。そしてできるのならば、現実にも、そんな存在があればいい。
それを求める事まで、否定されてしまいたくはないと、イルカは思った。
「カカシさんは、どんな事が英雄的行動だと思いますか?」
「そうですねぇ……まぁ……大事な人が、泣くような事がないようにする事ですかね。」
随分レベルが低いように思えるかもしれないけれど、多分、ヒーローだって、世界中の誰かを守るなんて難しいだろう。
ならば、ヒーローならぬ身の上で、成し遂げられる事なんて、その程度で充分ではないだろうか。
(2002.11.15)