彼岸花



 道端に咲く赤い花を見て、二人がほぼ同時に口を開いた。

「曼珠沙華ですね。」

「彼岸花ですか…」

 口に出した花の名前が違って、二人で顔を見合わせた。
 
「どうして、彼岸花って言うか、知ってますか?」
 
 先に口を開いたのは、イルカの方だった。
 
「彼岸に咲くから?」
 
 問いかけるように答えると、彼は消えそうな笑みを浮かべて首を振った。
 
「彼岸に行かせる花だから。」
 
「どういう事ですか?」
 
 カカシの問いかけに、イルカは苦笑を浮かべる。
 
「あの花の球根にね、毒があるんですよ。」
 
「あの花を、わざわざ食べるんですか?」
 
 百合根を食べるのと同じように、あれも食べるのだろうかと、カカシは問いかける。
 
「普通なら、あの花の球根なんて、食べないですよね。」
 
 イルカも苦笑を浮かべて頷いた。
 
「でもね、あれでも食べなくちゃ生き延びられない時もある。」
 
 食べるものもなく、口に入るものは全て食べるような状況になれば、あの花の根も、食べる事だろう。
 
「でも、そこには毒がある。生きたくて食べた物で、死んでしまう。」
 
 食べる物もなく、弱った体には、ほんの軽い毒素すら、命を奪うに足りるもの。
 
「食べれば彼岸に連れていかれる。だから、彼岸花って、言うんですって。」
 
 誰かから聞いた話なのだろう、イルカはそう言って笑った。
 
「子どもの頃にね、食べたんですよ。でも、平気でした。」
 
 置いていかれた子どもが、追い掛けたくて口に運んだもの。
 
 でもそれは、子どもの命を奪うに足りる物ではなく、彼岸を望んだ子どもは、そこへは行けなかった。
 
「今ね、時々思うんです。」
 
 真直ぐにカカシを見て、イルカが言葉を紡ぐ。
 
「彼岸に憧れたりなんて、するもんじゃないって。」
 
 静かにそう言って、イルカが笑う。
 
「あれが、俺を連れていかなくてよかったって。」
 
「………俺も、あなたが連れていかれなくてよかったと思います。」
 
 イルカがここにいる事。それが、とても嬉しく思う。
 
「行くなら、二人で行きましょうね。」
 
 イルカが驚いたように目を見張るのを見て、カカシは笑みを浮かべる。
 
「俺が、あなたを連れていくから、あなたは俺を、連れていって。」
 
 現世にしがみついた人間が、来世に渡る日を語るなんてと、カカシは苦笑を浮かべる。
 
 いっそ、来世も誓えるくらいならば、こんな馬鹿な話もいらなかろうにと、そう思う。
 
「約束ですよ。」
 
「………はい。」
 
 ざわざわと揺れる赤い花の前で、イルカはにこりと笑みを浮かべた。

 
 
 


(2001.09.26)




影形の里へ