たき火



 アカデミーの裏手で、何かを燃やしている姿を見つけ、カカシはそこへ足を向けた。
「イルカ先生、何してるんですか?」
 声をかけると、彼はニコリと笑った。
「七夕の笹飾りを燃やしているんです。」
 言われてみれば、足元に笹の葉が落ちている。思い返せば、昨日は七夕。アカデミーでは、大きな笹飾りがはためいていた。
「これって、川に流すんじゃないんですか?」
「そういう所もあるみたいですけど、アカデミーのは、燃やす事になってます。」
 生憎、里に流れている小川は、海へ続く程大きなものではなく、笹飾りをそのまま流すには無理があった。
「……そうなんですか。」
 なんだか、ちょっとロマンがないな。なんて事を考え、カカシは小さく呟くようにそう言葉を返した。
「燃やした煙が、神様の所まで届いて、願いごとを叶えてくれるんですよ。」
 笑いながらそう説明してくれるイルカを見て、カカシは苦笑を浮かべた。
「そういう話ですか。」
「……ま、本当の理由は、里の物を外へ出すわけにいかない。って、そういう事なんでしょうけど、子どもにそんな事言えないですからね。」
 アカデミー教師は、いつも子どもの事を考えているものらしい。夢をぶち壊さない程度に、かといって、夢を見過ぎて現実が認められなくならぬように。彼がそこまで考えているのかどうかは謎なのだが、彼の周囲の人間は、そう心掛けて彼を育てたらしい。そのままに子どもを育てる彼は、理想と夢と現実がきちんと区分けされている。
「…それは、夢がないですよ……」
「じゃ、カカシ先生は、織姫と彦星の話を信じているとか?」
 笑ってからかうように問いかけられ、カカシは小さくため息をついた。
「信じてるとかってわけじゃないですけど、ふがいないな、と思ったりしますよ。」
「ふがいないって?」
 燃え残りがないように、手に持った鉄の棒でたき火を混ぜ返しながら、イルカが問い返してきた。
「だって、間に川が流れてるだけで、相手の元に行くのを諦めてるんですよ?」
「………渡れない川なんじゃなかったんでした?」
 七夕の伝説を、あまりはっきりと思い出す事ができないらしく、イルカはあきれ顔でそう言った。
「そうでしたかね……」
 設定上の問題かと、カカシはため息一つでそう返し、イルカの作業を見守った。この熱い季節に、たき火なんて正気の沙汰とは思えないけれど、優しいイルカ先生は、子どもの為の苦労ならば、苦労とは思わないらしい。汗を拭きつつ、燃え残りがないかと、チェックに余念がない。
「でも、イルカ先生。」
「なんですか?」
 ひょい、と振り返ったイルカに、ニコリと笑いかけながら、カカシは素直な気持ちを伝えた。
「俺なら、絶対、泳ぎきってみせますから。」
 それを聞いたイルカは、暫くそのままの体勢で固まっていたが、言われた事を理解できたのか、ゆっくりと顔を赤くし、体ごとカカシに背を向けて、鉄の棒をたき火の燃えかすの山に何度も突き立てはじめる。
「イルカ先生?」
 何か反応がないと、こちらとしても悲しい状況なんですが?と、伺うように声をかけると、イルカは肩で息をして、くるりと振り返った。
「……じゃ、カカシさんが溺れそうになったら、うき輪でも投げてあげます。」
 イルカのその返答は、カカシにとって、それは嬉しい、嬉しすぎる程のものだった。

 
 
 


(2001.07.08)




影形の里へ