ロロノア・ゾロの名前は、貴族連中の中では、かなり微妙な位置において語られる事が多かった。
ロロノア家の次男である彼は、成人と同時に家を出て生活を始めたのだが、その家がジュラキュール家の持ち物であったものだという事から、彼の人との関係を揶揄するものが最も多かった。
その反面で、彼が寡黙で慎み深い性質の信用すべき人間であるという評判もあり、サンジは後者を採用していた。
何故なら、ロロノア家の家風というものが、まさに士族と言うべき、堅く慎み深いものである事を、サンジがよく知っていたからだ。
ロロノア家の領地は、サンジの家の領地であった場所だ。それを未だに恩として覚えており、毎年ワインを届けに当主自ら赴いてくる。そんな事をしているのは、現在では彼の家のみである。
しかも、現当主はサンジの祖父と同じ程の年齢である。その当主が、孫と同じ年の人間の元に頭を下げてやってくるなど、サンジの年若さをあげつらう貴族たちの中では、希少種である。
ここ数年は、当主の具合が思わしくないと、その孫である次期当主がワインを届けに来るが、その人物もなかなかに好人物だ。話題も豊富だが、一度たりとも人の噂話などした事はない。それだけで、相当の好印象になる貴族社会というものに、サンジが少々疲れているのも事実だが。
だから、サンジはそのパーティーに招かれた時、ロロノア・ゾロに会いたいのだと、告げておいたのだ。
下世話な貴族共の噂話などはね除ける、そんな人物であればいいと思っていた。
そして、ロロノア・ゾロは、サンジに対して媚びる事もなければ、極端に恐れ入る様子もなかった。
自分よりも上位の人間に対する敬意を見せた上で、同年である事の親しさも見せる、なかなかに見事な対応だとサンジは思ったのだが、ジュラキュール家の当主に対する様子も、サンジに対するものと殆ど変わらないのを見て、あれが彼の常態なのだと理解した。
だからこそ、彼の傍に寄って話などしたのだが、彼は気休めを言う事もなく、サンジは彼に惹かれる事を不自然だとは思わなかった。
手当りしだいに女をひっかけて遊んでいるのだと言われる事もあるサンジだが、先だっての相手は結婚を考えてもいいと思った事もあったのだ。それについて、ゾロは何も言わなかった。
サンジを責める事もなく、彼女を責める事もなく、ただ気遣わし気にサンジの顔を見て、視線を反らした。
本当に人の事を考えられる人間というのは、きっとこういう人の事を言うのだろうと、サンジは思ったのだった。
別に、買ってくれると言うものを、断る理由はないと思う。相手は自分よりも何十倍もの金を自由にできる立場にあるのだし、単に、人に物を買い与えるのが好きだと言うだけでなく、自分の買い与えたもので相手を飾るのが好きなタイプの人間なのだろうと、ゾロは思った。
「タイピンと揃いのカフスの方がいいかな。」
緑の髪って、なかなか色が合わせ難いね。なんて楽しそうに笑いながら、サンジは店の人間の運んで来る品々を眺めて、ゾロに試着を勧める。
これは確かに、女にもてるだろうとゾロは思う。
女に限らず、人間は誰しも、自分の事を見て考えてくれる人間が好きだ。それが、自分をよりよく見せる為の手伝いをしてくれた上で、それを贈ってくれるというのなら、なんの文句があると言うだろう。
「ピアスはプラチナよりゴールドの方が似合うなぁ。」
ゾロは三つのピアスを着けている。ゾロが着ける唯一の装飾品だが、サンジはそれも選んでくれるらしい。朝迎えが来て、それからずっとこの店にいるのだが、どうやら入口から違う特別室のようで、商品である装飾品が運ばれて来るだけでなく、お茶と茶菓子も運ばれてきて、ゾロは楽し気に品を見繕うサンジを眺めながら、それを口に運んで時間を過ごしている。
「そのケーキ気に入った?」
ゾロが先程から摘んでいるプチ・フールはなかなか美味で、後から売っている店でも聞いて、家への土産にしようかと思っていたゾロは、サンジの問いに素直に頷いた。
「このプリンみたいなのが美味しい。」
軽めのタルトにプリンのようなカスタードのようなものが入っているそれは、甘さも控えめでとても美味しい。
「それは、東の方のお気に入りだって話なんだ。昔のチャイナのお菓子だとか言っていたかな。」
「この桃の形の饅頭も美味しい。」
珍しい茶のセットだと思っていたが、これがチャイナ風の品々という事かとゾロは理解し、祖父が昔に一度東の屋敷へ呼ばれた際に食べたと言っていた事を思い出す。
「珍しいものなのか?」
「最近、貴族連中でもこういう茶会が増えてきたって話だけどね。」
少し前の流行りは、チョコレートだったよ。とサンジは笑い、ゾロはそうかと一言返してお茶を口に運んだ。
結局、サンジはゾロの為にタイピンとカフスを二つずつと、ピアスを六つ買った。その内の一つずつはその場で身に付けて、残りは次に会う時に見せてくれたらいいと言って渡された。
その上で、茶菓子と茶葉と茶器のセットまで用意させて、茶菓子の店の連絡先まできちんと添えられたのには驚いた。
「そろそろ食事にしよう。」
茶菓子を摘んでいたゾロはそれほど空腹ではないが、サンジは一つも口にしていなかったから、昼食にしては少し遅めだが、それを断る気にはならなかった。
それに、店では品を選ぶのに気を注いでいたサンジは、これといった話を振る事もなかった。これで帰りますなんて言った時には、ロロノア家の次男が北の方に物をたかったらしいなどという噂が流れかねない。この世界は、なかなかに気の抜けない、人の目の光っているところなのだ。
実のところ、朝迎えが来てあの店に連れていかれる迄は、単純に話し相手としての誘いなのかと思っていたのだが、どうにもパターンが噂に聞く彼の付き合いのやり方であったから、驚いたりはしたのだ。
それでも、いきなりその晩にホテルに連れ込んでいたそうなどという性急な事もしなかろうと思い、大人しく付き合っているが、流石に噂話には下の話はなかったな、とゾロは思い返す。
勿論、ゾロの耳に入る噂の大半は、パーティーだの茶会だので得られた情報だから、そんな場所では下世話な話が出るはずもなく、実のところがどうかはわからないのだけれども。
「ゾロは、好き嫌いはある?」
「今迄の人生で、食べられない物に出会った事はない。」
答えれば、サンジは少し驚いたような顔をしてから、声を上げて笑った。
「それじゃ、今日の食事でそれに出会わない事を祈るよ。」
なかなか面白い切り返しだな。とサンジは笑い、俺も今度使おうと言った。
今度の北の方は、なかなか出来たお人だよ。と楽しそうな顔で言ったのは祖父だ。若くてまだギスギスしたところがあるけれど、あれはきっと大した人間になるよ。と言って、彼を侮る貴族達を笑っていた。
ゾロから見て、彼が大したものかどうかはわからない。けれど、ゾロの見た事のある貴族の中では、サンジは上等の類に入ると思う。
人を悪し様に言う姿を見た事がないそれだけでも、ゾロにとっては充分出来た人だという判断が下される事ではあるけれど。
「昔、ニホンって国があったらしいんだけど、その国ではね、夫婦の契りは二世を誓って、衆道の契りは七世を誓う。って言ったんだって。」
食事をしながら最近話題の事などを話し、互いにぎこちなさがなくなって来た頃、サンジはそう切り出した。
「衆道?」
「男同士の関係の事みたい。」
恥ずかし気にというか、きまり悪気にサンジは視線を反らしつつそう答える。
店内に自分達以外誰もいなくてよかったな。とゾロは思いつつ、問いを重ねる。
「七世は?」
「生まれ変わり、ってのを信じてたらしくてね、次の世が二世。だから、六回生まれ変わっても、また結ばれましょう。って約束らしいんだけど。」
それはなかなか重い約束事だな、とゾロは思う。生まれ変わりというのはよくわからないが、それだけ先を誓っても構わないだけの気持ちがあるとはなかなか思えないものだろう。まして、昨今は一度結婚してもすぐに別れて別の人間と…などという事も珍しくはないと聞く。流石に貴族の中では外聞が悪い為に滅多には起きないが、その代わりに夫人を複数持つ事も可能ではあるから、実際がどうなのかはゾロにはわからないところではある。
「だから、まぁ、俺は今日明日にゾロとどうこうなろうとは思ってないから、その辺は安心してくれていいから。」
でもまぁ、七世誓う気になったら、いたしたい気はあります。という事だな。と受け取って、ゾロはその表情を伺う。
「まだ、あまりお互いの事も知らないし。」
「そうだな。」
実際のところ、サンジにはどうしても後を継がせなければならない家がある為、ゾロと七世を誓おうが、跡継ぎを産んでくれる女と二世を誓わねばならないわけで、この会話に意味があるのかどうかは、ゾロにもよくわからないが。
「でも、俺も本気で考えるから、ゾロも考えてほしいんだ。」
サンジはそう言って、じっとゾロを見据えた。
「貴方が好きです。」
オフライン発行「愛の言葉」より再録
元々はWEB拍手にひっそりアップされていました。
貴族サンゾロ。イタリア貴族を紹介している番組を見て、これで行こう、と思ったものでした。(2007.5.4発行)
(2011.1.12up)