新年を祝う会があるからと、招待の手紙が届いたのは、前の月の頭の頃だった。
招待状の送り主は、この国で多くの人々の尊敬を集める、四大公家の一つ、北の家の当主だ。
それは、いつも執事が運んでくる簡素な手紙ではなく、美しい金の飾りのついた白の封筒に、北の家の色である青の封蝋で家紋の封印が押されていた。
その招待状が正式で公式なものだとは明らかで、その手紙を主に代わって受け取った執事は、慌てふためいて主の執務室へ駆け込んできたものだ。
当然返事も正式な手段で返さなくてはならず、ゾロはその足で実家に向かい、兄の指導を受けながら、家紋入りの封筒と便箋に自筆で招待に対する礼と出席の旨を書き、兄の封蝋を借りて封印を施し、執事に北の家まで届けさせた。
その後も準備は必要で、宴の為に服を新調しなくてはならないが、どの程度のものがふさわしいのかと首を捻る主従の元に、既に見慣れた白い封筒が届いたのは、正直有り難かった。
「一応さ、お前が俺の気に入りだってことははっきり見せておかないと、って事で」
サンジはそう言って、北の家御用達で有名なテイラーにゾロを連れて行き、新年のパーティーのための正装を仕立てさせていた。
この店では既にゾロは馴染みの客であるが、正式な顧客ではない。
この店にとっての顧客はサンジで、ゾロは彼に服を買い与えられているに過ぎないからだ。
ただ、彼らはゾロに似合う服の形や色をよく理解していて、何度目かの採寸でも、一ミリたりともサイズの変わらないゾロに感嘆の声を漏らし、先日とは変えて今回はこれではどうかと、サンジに意見を求める。
この間、ゾロはただ言われるままに腕を上げ、腕を下げ、右を向き、左を向き、と人形のように動くばかりだ。
元々ゾロは自分に服装に関するセンスがないことを知っている。
そしてサンジはそう言うものに敏感で、人を飾ることをよく知っている人間だったから、ゾロはサンジの意見を否定したことはない。
実際、自分ではとても手を出す気にならない色のスーツを仕立てられても、着てみればそれなりに見えてしまうのだから、文句の言うところも見あたらなかった。
テイラーには他の宝飾品の店の人間がカフスやタイピンなどを持って来ていて、採寸が終わればゾロはサンジと店員たちのやりとりを眺めながら、用意されたお茶を飲んで過ごすのが通常だったが、流石に今回ばかりは暢気にお茶をすすっている気にはなれず、サンジのやりとりを横で聞いていた。
何せ、よく聞いてみれば、招待されていたのは北の家の新年のパーティーではなく、国王主催のパーティーだと言うのだ。
勿論、ゾロのような下級貴族が出席できるのだから、一段下がるパーティーで、国王の臨席は最初の挨拶程度のことらしく、参加者が直々に挨拶を許されるようなものではないらしい。
サンジはそのパーティーの前に妻を連れて正餐式に出席していて、その後に行われるパーティーにゾロを伴うという事だという。
そちらはどちらかと言えば、貴族連中の顔合わせのパーティーという意味合いが大きいらしい。
それでも国王主催とされているのだから、半端な服装では行けないし、作法も色々とあるものらしい。
その辺のことは、先日ミホークに確認に行ったゾロである。
「ピアスはどうする?」
「あまり誉められたものではないと聞いたぞ」
ゾロは片耳に三つのピアスをしている。
自分で買ったものも多いが、最近はサンジに買い与えられたものも増えている。
サンジの買ったものは流石に洗練されていて、パーティーに着けていくのにも違和感がないものが多いが、正式な場にそれがふさわしいのかどうかは疑問だった。
「三つは流石に目立つだろうけど、一つくらいならいいと思うが」
それはお前が北の当主だからだ、とゾロは思うが、そのサンジの連れとなれば、ゾロもある程度は飾っていく必要があるのも事実だ。
結局のところ、そんなパーティーに身内以外を連れていくというのは、その相手が自分にとって特別な存在だと宣言するようなもので、たとえ兄弟がいないからと言って、友人を連れていくことは珍しいことだから、ゾロがサンジの愛人であるという宣言と見られておかしくない事なのだ。
その辺りのことは、既に薄々と理解している貴族は多いのだが、はっきりそうとサンジが示したことはない。
それを今年初めてしようというのが、サンジの本当の狙いなのだった。
「サファイアで一つ何か作ってくれ」
カフスもタイピンもサファイアで、だったらピアスも揃えてしまおうとサンジは言う。
サファイアの青は北の家の色で、サンジも使うことが多いが、それをゾロに着けさせるというのも、ゾロの立場を示しているとも言える。
しかし、あっさり作ってくれって、やっぱり金のある人間は違うな、とゾロは思う。
あと一月で、この店のデザイナーはデザイン画を幾つも描いてサンジに見せ、石を探して加工する事になるのだ。
当然この時期他の貴族からも注文は入っているはずで、店の忙しさに拍車をかけるのは間違いないことだ。
そうなれば、要求される金額だって大きいだろうと思う。
「全部お前に任せるから、服の仕立て上がりに合わせて頼む」
サンジの言葉に店員は緊張気味に頷き、ゾロはその様子を見て、これがこいつの今後の評価を大きく左右するわけだな、と思った。
何とか注文が済み、用意されたお茶を飲みながら、ゾロは何事もなくパーティーが始まり終わることを願う。
「お前は本当にいいの?」
言わなくても、色々なパーティーに出るゾロの着ている服が、北の家の御用達の店のものだとはすぐに知れるものらしい、店側は絶対に情報を漏らさないが、同じ日に店にいた人間ならば、サンジがゾロを伴って店を訪れるのは見るだろう。
そういうところでサンジはゾロとの関係を周りに見せるようにしていて、お忍びで夜に店を訪れて、などということは一度もなかった。
そのおかげもあって、ゾロがサンジの愛人の座にいるらしいということは、意外に早く貴族連中の中に広まった。
ただ、その頃サンジは既に妻を迎えていて、それが非常に仲の良いものというのも知られていたから、ゾロとの関係がどの程度のものなのかは、皆が首を傾げているところだったとも言えた。
それを、今回堂々と認めようというのだから、サンジにしてもゾロにしても、博打を打つようなものではあった。
「俺は別に全然かまわねぇけど、お前の家は大丈夫なのかよ」
「まぁ、貴族が愛人抱えるのはよくあることだからな。お前が男だから、跡継ぎ問題に影響もねぇし、とりあえず向こうの家もだんまりだな」
それにはゾロの評判がいいことも理由の一つだとサンジは思っているが、当人はあまりその意識はないらしい。
ロロノア家は下級貴族の中でも最も士族の気質を残した家だと言われている。
彼らの高潔さには、肥え太っただけのような上位貴族たちも一目置いている。
だからこそ、いずれ家に害をなす存在と思う者が少なく、成り行きを見守っているというわけだ。
このまま何事もなく妻に子ができ、家を任せられるまで育てばいいとサンジは思う。
妻は健気で美しく、サンジの心を和ませてくれるが、やはり自分の気持ちはゾロの元にあるのだな、とサンジは思っていた。
妻も薄々とはそれに気づいているのかも知れないが、彼女もゾロのことは聞かされていたらしく、何を言ったこともなかった。
「あの姫様は本当に良い方だからな、泣かせるようなことがあったら、俺が許さねぇ」
ゾロはそう言ってサンジにあちらを優先するようにと言い、少しでも彼女をないがしろにしそうになれば、烈火のごとく怒るもので、サンジは一体ゾロは自分と彼女のどちらが大切なのかと、度々思うようにもなっていた。
「お前たちって、そういうところ、ホント士族だよね」
主が何より大切な騎士の家柄、その忠誠心は自分の家の主のみならず、王家、公家の全般に及ぶ。
それが自分の愛人などしようと言うのだから、また不思議だけどな、とサンジは思う。
「何言ってんだ。お前なんかより、姫様の方が大事にされて当然だろうが」
お前の主は俺の家でしょうよ。と嘗ての主従関係を思ってサンジは心の中で反論するが、確かに彼女は守るべき存在だとサンジだって思うのだ。
だから、彼女を悲しませる気はないし、幸せにしたいと思う。
ここにゾロが加わってしまえばそれはとても難しいことで、サンジはまだ自分には覚悟が足りないのだと思う。
それでも、いつかきっと、ゾロの手を取るとサンジは決めたのだ。そのために彼女を利用している。
その自覚だけは持たなくてはならないと思う。
できる限り傷つく人は少なく、けれどどうしたって傷つく人がいる。サンジはその人が、ゾロでない事しか選ばない。
いつかこの先で、彼女の悲しみを受け止められるような、そんな男にならなくてはならないのだと、しみじみと思う。
「それでも俺は、お前を選ぶから」
そう言えば、ゾロは驚いたようにサンジを見返し、苦笑を浮かべて頷いてみせる。
皆が幸せになる未来はない。それでも自分の幸せを得るのだと決めたのは二人だ。
二人でそれを自覚していればいいのだと、サンジは思う。
「お前を幸せにする。それだけは絶対だ」
そう言ってやれば、ゾロは黙って頷いて、悲しそうな嬉しそうな、不思議な笑みを浮かべていた。
無料配布本より再録
貴族サンゾロ、愛の言葉シリーズの3つ目。
わりと書きやすいのですが、大丈夫か? と思ったりはしながら書いています。(2011.1.9発行)
(2011.2.14up)