大好きなもの



 二カ月前から、家族が増えた。今までは、お母さん一人だけだったのに、新しいお母さんとおじいちゃんとお兄ちゃんとおじさんの四人になった。
 おじさんは、お父さんの弟で、お母さんと二人だった時に、遊びに連れて行ってくれたりした人。お母さんがいなくなってしまったから、俺の親戚はおじさんだけなんだって言ってた。
 新しいお母さんは、病気をしていて病院にいる。とっても優しくて、お母さんが名前を呼んでくれると、なんだか凄く嬉しい。時々、学校の帰りにお母さんに会いに行って、学校とか道場の話をすると、楽しそうに聞いてくれる。
 おじいちゃんは、ちょっと怖い顔をしてるけど、お料理が上手で、お店をやってる。夜ご飯を作ってくれるのはおじいちゃん。大きな手で、凄く美味しいご飯を作ってくれる。
 お兄ちゃんは、サンジっていう名前。お兄ちゃんって呼ぶのより、サンジって呼ぶのがいいって言うから、呼び捨てにしてるけど、なんか凄く嬉しい気がする。サンジが名前を呼んでくれるのも好き。お母さんが呼んでくれるより、なんかちょっと、どきどきする。手を握ってくれたり、膝に乗せてくれたり、もっと小さな子にするような事をサンジはするけど、お母さんはそういうのがあまりなかったから、俺はちょっと嬉しい。でも、それは、くいなにも先生にも友達にも内緒だ。俺がそんな小さな子供みたいなことされてるなんて聞いたら、きっと笑われる。けど、サンジに抱っこされて寝るのは気持ちいいから、嫌だって言いたくない。サンジもなんか嬉しそうだし、二人でくっついてるのは好きだ。時々、おじいちゃんはびっくりしたような顔をするけど、何も言わないで、部屋に戻っていく。
 
 サンジも、おじいちゃんも、お母さんも大好き。
 おじさんは、まだ、よくわからないけど。





 学校の帰り道、友達と一緒じゃない時は、大体サンジと一緒に帰る。サンジは料理を勉強する、調理師学校っていうのに通ってる。学校を卒業したら、コックさんになるんだって言ってた。おじいちゃんのお店で働くんだって。今は、サンジはおじいちゃんのお店のアルバイトなんだって。お店で働くのは同じなのに、何が違うのか、俺はちょっとわからないけど。
「ゾロ、一緒に帰ろう。」
 校門を出る寸前に、後ろから走ってきた友達に声を掛けられて振り返ると、同じ道場に通っているサガがいた。
「うん。」
 サガは、前の学校に通ってた時から知ってる友達で、この学校に来た時、同じクラスになれたらいいと話してたけど、隣のクラスだった。でも、帰りは時々一緒に帰る。
「今日は、兄ちゃん迎えに来ないのか?」
「わかんない。」
 サガは、サンジのことを知ってる。サンジは道場に俺を迎えに来るし、この間、喧嘩に割り込んできた時、サガも一緒だったからだ。
 サガは、マヤって名前の女の子とよく一緒にいる。うちのクラスでも、可愛いとか言ってる奴がいるらしいけど、俺にはよくわからない。この間の喧嘩も、マヤが友達と一緒だったから、吹っ掛けられたんだって事はわかってるけど、何でそういうことになるかはよくわからない。
 女と一緒だから恥ずかしいとか言われたけど、男だから女と一緒にいるのが恥ずかしいって、どういう理由なんだろう。サンジなんて、日曜日になると、殆ど女の人と一緒に出かけるけど、別に恥ずかしそうになんかしてない。嬉しそうだし、機嫌もいい。時々、俺に羨ましいかって聞く事もあるし、恥ずかしい事じゃないって事だと思うんだけど。
「俺も、ゾロの兄ちゃんみたいな髪の色だったらよかったなぁ。」
 サガの髪の色は、白っぽいグレーだ。白髪だっていじめられた事があるのを俺は知ってる。俺なんか、緑だけどいじめられたことないし、髪の色だけが理由じゃないと思うけどねって、サンジやくいなは言うけれど。
 サンジの髪は、キラキラする金色だ。目の色は青色。空みたいな色で、凄く綺麗。この間、サンジを初めて見た友達は、皆、かっこいいって言ってた。あの時俺は機嫌悪かったけど、サンジの事を褒められるのは嬉しい。いいだろう、って思う。
「背も高いし、いいなぁ。」
 サガも俺も、あんまり背が高くない。剣道やってると背が伸びないんだぞ。とか言われたことあるけど、そんなの嘘に決まってる。先生は背が高いし、同じ道場に通ってる大人の人たちも大きな人がいっぱいいる。でも、ちょっと心配は心配。俺がサンジと本当の兄弟だったら、お兄ちゃんが大きかったら、俺も大きくなれるって思えるのに、俺とサンジは本当の兄弟じゃないから、ちょっと残念だ。
「牛乳飲めって言ってた。」
 沢山運動して、沢山食べて、沢山寝たら、すぐ大きくなれるって。サンジくらい大きくなれるかって聞いたら、サンジはちょっと考え込んで、多分、って答えてくれた。もしかして、俺は大きくなれないんだろうか、って思ったけど、お母さんに聞いてみたら、俺が大きくなっちゃうと、抱っこできないから嫌なんじゃないかって。なんでお母さんがその事知ってるんだろうって、物凄く恥ずかしくなったけど、お母さんは、沢山サンジに甘えていいんだって言った。サンジもその方がきっと嬉しいからって。帰ってから、サンジになんで言ったんだって怒ったら、サンジはそんなの言ってないって言った。きっとおじいちゃんが言ったんだって。それで、もうお迎えも、膝に乗るのも抱っこされるのも嫌かって聞くから、俺は結局、首を振った。だって、サンジとぴったりくっついてるのは、本当に安心するんだ。赤ちゃんみたいで、恥ずかしいけど、好きだ。
「牛乳か……俺、あんまり好きじゃないんだよなぁ。」
 サガはため息をついて、でも飲もうかなって、ぶつぶつ言う。サガは好き嫌いが多くて、牛乳は嫌いなものの一番らしい。
 サンジは好き嫌いがない。俺も好き嫌いはない。サンジは大きくなるには、好き嫌いは駄目だって言う。何でも食べられないと、立派な大人になれないぞって。俺が好き嫌いがないって言ったら、褒めてくれた。
 サンジは、俺を沢山褒めてくれる。好き嫌いがないこと、剣道をずっと続けてること、ちゃんと挨拶が出来ることも。宿題がちゃんと合ってると、よくできました、って褒めてくれるし、凄く嬉しい。お母さんはあんまりそういうのなかったし、ちょっと恥ずかしい時もあるけど、大体嬉しい。そういうところも、好き。
「じゃ、また後でな!」
 サガの家と俺の家は途中で方向が分かれて、分かれて直ぐが新しい家だ。サガに手を振って、急いで走って家に向かう。今日は途中でサンジに会わなかったから、きっと家で待っててくれる。
 サンジが、お帰りって迎えてくれるのが好き。玄関の鍵を自分で開けなくていいのも好き。サンジが作ってくれるおやつも好き。
 門を開けて、玄関を開ける。玄関が開いてるって事は、サンジが家にいるっていうこと。
「ただいま!」
 家の中に声を掛けると、サンジが玄関まで出てきて迎えてくれる。
「お帰り、ゾロ。」
 何もなかった?と、サンジは必ず聞く。帰り道で危ない事はなかったかということ。サンジはいつも、知らない大人についていっては駄目だとか、車には気をつけなさいとか、沢山注意をする。学校でも先生が言うことだけど、サンジは本当に心配そうだから、俺はサンジの言うことを聞かなくちゃって思う。
「ただいま。サンジ。大丈夫。」
 怪我もないぞ。って言えば、サンジは俺の体をくるりと回してそれを確認して、ほっとしたように笑う。喧嘩の中に割り込んできたことがあるから、サンジは俺がまた喧嘩に巻き込まれたりしていないか心配らしい。もし巻き込まれたって、絶対に負けない自信があるのに、サンジは凄く心配らしい。そりゃ、俺だって、サンジみたいに大人に掴まれたら、ちょっと怖いだろうと思うけど、でも、そういう時の逃げ方は、道場で教えてもらってるから、きっと上手くやれると思う。
「ゾロは可愛いから、ちゃんと用心しなくちゃ駄目だよ。」
 サンジは、俺のことを『可愛い』とよく言う。クラスの友達が、女の子を可愛いって言うのと同じことなのかよくわからないけど、最初はなんか凄く嫌だった。でも、最近はあんまり気にならなくなった。小さいものを可愛いって言うって事に気付いたから。お母さんも、サンジは俺が可愛くて仕方ないんだって言ったけど、それは、女の子が可愛いって言うのとは、ちょっと違う事だって言ったし。
「ランドセル置いておいで、今日は、チョコレートケーキがあるよ。」
「うん!」
 おやつには、サンジがケーキを焼いてくれることもあるし、お店のケーキをおじいちゃんが持ってきてくれることもある。今日のケーキは、多分サンジが作ってくれたのだと思う。昨日の夜に、何か準備していたから。
 二階の部屋にランドセルを置いて、練習着に着替えて、道場に持っていく鞄を持ってキッチンに行くと、サンジがテーブルにおやつを用意して待っていてくれた。
 サンジは、俺におやつをくれてから、道場に行く俺と一緒に家を出て、向かいにあるおじいちゃんのお店に行く。待っててくれなくてもいいんだよって言ったら、サンジは自分がしたいから待ってるんだって言った。俺とちょっとでも一緒にいたいからって。俺は、それが凄く嬉しかった。俺と一緒にいるのが嬉しいって、サンジが思っててくれるのが、凄く嬉しい。お母さんは、俺といるのがあんまり好きじゃないみたいだったから、俺はサンジもそうじゃないかって、心配だったから。
「召し上がれ。」
「いただきます。」
 手を合わせて、お皿の上のケーキにフォークを入れる。チョコレートのクリームが沢山掛かったふわふわのスポンジケーキ。スプーンでクリームをすくって、スポンジの上に流すみたいに置いていくそのやり方は、この家に来て初めて見る形だった。それまでに知ってたのは、、スポンジにぺったり薄くクリームが塗ってあるやつで、ちょっと硬いクリームが絞ってあるのだけだった。サンジの作るのは、クリームがふわふわでちょっと柔らかい。スプーンですくって食べたくなる感じ。クリームの掛かってないところと掛かってるところとあって、でも、それが凄く美味しい。
「今日、サガが、サンジみたいな髪だったらよかったって言ってた。」
 きらきらのサンジの髪は、触るとサラサラしてる。俺の髪とはちょっと違う感じ。でも、サンジは俺の髪が好きだって言って、ぴったりくっついてる時は、大体頭を撫でててくれる。それもなんか嬉しい。サンジが好きになってくれてよかったって思う。
「そうなの?」
「うん。」
「ゾロは?」
 サンジはじっと俺を見てそう聞いてきた。
「俺は、これでよかった。」
 そう答えると、サンジはちょっと悲しそうな顔をした。
「だって、サンジは、俺の髪好きだろ? だから、これで良かった。サンジの髪はキラキラで綺麗で好きだけど、俺はこれで良かった。」
 そう言い直したら、サンジはぱっと笑って、俺の頭を撫でてくれた。サンジに撫でてもらうのは気持ちよくて好きだ。
 自分が好きなものが、自分にないのはちょっと残念なこと。でも、傍にいてくれる誰かが好きなものが自分にないのは、もっと残念なことだ。
 お母さんは、俺がお父さんに似ていなくて、お母さんに似ていたから、俺の事が好きじゃないって言った。もし、俺がお父さんに似ていたら、お母さんはずっと俺の傍にいてくれてたかもしれない。だから、俺はずっと、お父さんに似てたらよかったって思ってた。でも、サンジは俺の緑の髪も金色の目も好きだって言ってくれた。それで、いつも傍にいてくれる。だから今は、俺はお母さんに似ててよかったと思う。俺にサンジが好きなものがあるから、サンジが俺の傍にいてくれるなら、俺はこれでよかった。
「今日は、何を作ったの?」
「今日は、実習はなかったんだ。」
「お勉強だけ?」
「そう。」
 俺がケーキを食べている間、サンジは向かいで紅茶を飲む。話をするのは、学校でした事だけ。他の話は、帰ってきて夕ご飯を食べ終わってから。昨日見た夢の話とか、今度の日曜日の予定とか、沢山話す事があるから、時間がある時じゃないと駄目だから。
「ごちそうさま。」
 手を合わせてお礼を言うと、サンジが空になった皿を片付けてくれる。その間に俺は歯を磨きにいく。使った皿を流しに持っていくことくらいできるんだけど、サンジは危ないからいいって、それもさせてくれない。もう少し、サンジのお手伝いもしたいんだけど、なかなかさせてもらえないのはちょっと残念だ。
 サンジはもしかしたら、俺をもっと小さい子だと思ってるのかもしれないって、くいなが言った事がある。道場に迎えに来るのも、学校の帰りに一緒に帰るのも、もっと小さい子供にすることだって。それはその通りだと思う。
 冷蔵庫の中の牛乳を飲むのだって、サンジがコップに入れてくれる。それくらいできるし、こぼさずに運べる。前はそうやって自分でしてたし、学校の給食だって、自分たちで配膳するし。でも、サンジはそういうのがしたいんだって、おじいちゃんは言った。
 一人で出来るって、サンジに言って欲しいって頼んだ時、おじいちゃんは笑ってた。ずっと、サンジは兄弟が欲しかったんだって。色々してあげる弟が欲しかったんだって。だから、俺はサンジがもう嫌だって言うまで、世話をさせてればいいって。なんかよくわかんないけど、おじいちゃんと二人の時は色々させてもらうことにして、サンジがいる時は、サンジに色々してもらうことになった。サンジは、自分に何かしてもらうより、自分が何かしてあげる方が嬉しい人なんだって。俺にはよくわかんないけど、そういう人がいるんだって思うことにした。
 きちんと歯磨きをして洗面所を出ると、サンジが俺の鞄を持って玄関で待ってるのが、いつもの決まり。急ぎ足で玄関まで行って靴を履く。
「ゾロ、今日は、迎えに行けないから、気をつけて帰っておいでよ。」
「大丈夫。ちゃんと気をつけるから。」
 夜に一人で歩かせるなんて、心配だけど。ってサンジはよく言う。
「後ろ着いてくる人がいたら、近くの家に入って、店に電話してもらうんだよ。」
「うん。」
 お店のカードを鞄に持ってるのはその為。家に電話しても、誰もいないけど、お店に電話すれば、絶対に誰かいるから。でも、誰かが追いかけてきたことなんて、一度もないけど。
「じゃ、いってらっしゃい。」
「いってきます。」
 家の前でサンジにお見送りしてもらって、道場へ走っていく。強くなって、サンジやお母さん達を守ってあげるんだ。今は怖い世の中だからね。って先生は言うから。





「ゾロ、眠い?」
「眠くない…」
 お風呂に入って、サンジに頭を乾かしてもらっている間に、なんだか少し眠くなってきた。だけど、もうちょっとこのままがいいから、首を振ってサンジに凭れる。
「そう?」
 サンジはちょっと笑って、ドライヤーを脇に置いて、膝の上に横抱きにしてくれた。
 お風呂から上がった後は、大体いつもサンジにくっついてる。そうすると、眠くなるから。今日は横向きだけど、サンジの方を向いて膝に乗せてもらってることが多い。それで、俺が眠くなってくると、サンジは宥めるみたいに背中を叩く。赤ちゃんにそうやってるお母さんを、この前病院で見た。赤ちゃんも、ああすると眠くなるんだって思って、ちょっと恥ずかしくなった。サンジは、俺の事、赤ちゃんだと思ってるのかなって。
「次の日曜日は、どこかに遊びに行こうか。」
「……うん…」
「お弁当持って行こうね。何がいい?」
「うん…」
 サンジが何か色々聞いてくるのはわかったけど、とくとく言ってる音の方が気持ちがよくて、目を閉じてそれを聞いてたら、段々何を言ってるのかわからなくなってきた。
 サンジは、俺がくっつくと直ぐは大体心臓が早く動く。それから、段々ゆっくりになる。俺も同じにどくどく言ってたのがゆっくりになる。それが凄く安心して好きだ。
 サンジもそれが好きだといい。
 
 俺が好きだから、傍にいてくれるんだといい。

 
 

オフライン発行「ずっと隣で」のゾロ編
発行から2年経つのと、再録もしてないので、オンライン再録です。

(2004.5.2作)
(2007.2.24up)



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