お誕生日



「誕生日、おめでとう」
 にこりと笑って、ゾロが言う。
 飴色の目がふにゃりと蕩けて、ほんのり赤みを帯びたミルク色の頬に溢れてしまうんじゃないかと思う程の、可愛い笑顔だ。
「ありがとな。ゾロ」
 ぎゅうっと抱きしめてやれば、ゾロも嬉しそうにしがみついて、ぐりぐりと俺の肩口に頭を擦り付けてくる。
「じいちゃんと、ココアを作ったんだ。サンジ、飲んでくれるか?」
 腕を緩めれば、ゾロはこてりと首を傾げて、期待に満ちた目で俺を見上げて問いかけてくる。
 俺は、ゾロのお願いを断った事など一度たりともない。ゾロはそんな風には思っていないのだろう、黙っている俺に心配になったのか、表情が曇りそうになって、俺はあわてて首を縦に何度も振った。
「俺の為に作ってくれたの?」
「うん。頑張ってココアを練ったんだ」
 砂糖とココアと牛乳ちょっとで、こうやって…と、ゾロはぐるぐると鍋をかき混ぜる風に説明をしてくれる。
 本当に、ゾロはなんでこんなに可愛いんだろう。それなのに、何故か誰も、このゾロの可愛さを理解してくれないのだ。
 勿論、ゾロの可愛さは俺が知っていればそれでいいし、変な奴に目をつけられても困るけれど、ゾロのこの愛らしさが誰の共感も得られないなんて、そんなのは世の中の認識が間違っているに違いない。
 それなのに奴らと来たら、言うに事欠いて、目つきが悪いとか愛想がないとか、本当に有り得ないとしか言い様がない。
「温めてくるから、ちょっと後から来て」
 ゾロはそう言って、するりと俺の腕の中から抜け出して、キッチンへ小走りに駆けていく。
 今日は俺の誕生日だ。ゾロがここに来てから2回目の事。初めての年は、クッキーを作ってくれた。と言っても、後から聞いたところによれば、ジジイの作った生地を型抜きしただけだったらしい。それでも俺にとってはゾロの手作りクッキーなのだから、文句の一つもない。
 それが今年は、自分で作ってくれたココアだ。勿論、子供にだって作れる簡単な飲み物だけれど、きっとゾロはこの後も俺にそれを作ってくれるに違いない。
 本当にゾロは可愛い。頑張り屋で真面目だし、我が侭を言わないのは俺としてはちょっと不服だけど、無理を通そうとするような事もしない。怒って物にあたる事なんて絶対にないし、何でも大切にする。
 それから笑顔が本当に可愛い。俺に懐いててくれて、サンジ、サンジ、って後をついて来てくれて、俺の手伝いをしてくれる。一緒に遊びに行きたいなんて言われた日には、友達の事なんて綺麗さっぱり忘れるってものだ。
 俺はそんな事を考えながら、軽い足取りでリビングへ足を向ける。
 今日は俺の誕生日だけれど、流石にジジイはもう孫の為にケーキを焼いてはくれない。ケーキが食べたければ自分で焼かなくてはいけないから、ゾロのココアを飲んだら取りかかろうと思う。とりあえず、昨日の内に買物は済ませてあるし、ケーキのデザインだって考えた。
 確かに今日は俺の誕生日だ。だけど、俺にとってみれば、これは自分祝いにかこつけた、ゾロの為のパーティー開催だ。流石にこの歳になって、自分の誕生日を家族に祝ってほしいなんて思う事はないけれど、ゾロがこうして俺の為に何かしてくれるのは嬉しいから、そんなゾロへのお返しだ。
 今日のメニューは、ゾロの大好きなコーンスープ。ジャガイモと鶏肉の唐揚げ。小さなジャガイモを丸ごと揚げたのは、ゾロのお気に入りだ。それからコールスローサラダ。ニンジンはできる限り細かくすると、ゾロの顔が曇る事はない。ご飯はちらし寿司。ゾロは錦糸卵と椎茸の煮たのが好き。子供にしては結構、味覚は渋い。そうして、デザートのケーキはイチゴのショートケーキ。今年は本当にイチゴだけにする。この季節、イチゴは最高に美味しいから。
 ゾロはこの後道場に出掛けるから、その時間が勝負だ。帰って来たゾロがびっくりするように、精一杯働かなくてはいけない。
「サンジ、お待たせしました」
 俺がゾロに言うように声を掛けて、ココアの入ったカップを盆に二つ乗せてキッチンからやって来たゾロは、そろそろと足を運んでいて、その様もまた可愛くてたまらない。
「ありがとう」
 お礼を言って二つとも盆の上から持ち上げれば、ゾロは盆をテーブルへ置いて、俺の横へぽんと座る。
 体勢が整ったところへゾロの分のカップを渡してやり、いただきますと言って口をつければ、ゾロが心配そうに俺を見ている。
「美味しいよ」
 少し温めなのは、きっとゾロの舌に合った温度なんだろう。吹き冷まさなくても飲めるけれど、冷たくなっているわけではない、ちょうどいい温度と言ってもいいかもしれない。
「よかった」
 ゾロはほっとしたようにカップに口をつけ、味を確かめてからにこりと笑う。
「また、作ってくれる?」
「うん」
 もう覚えたから大丈夫。ゾロはしっかりとそう答えて、ココアは下の棚に入れてもらったと、嬉しそうに笑う。
 ゾロに関して言えば、ジジイも俺の時よりも随分可愛がっているように見える。とにかく、ゾロのしたいという事に、ジジイが反対する事はない。ゾロは上手く行こうといかなかろうと、やりたいと言った事には真剣に向き合うから、ジジイはそういうところが気に入っているんだろう。
 俺も結構いつも本気だったんだけどなぁ、と思うけど、まぁ、今更それについてどうこう言う気はない。むしろ、ゾロをそうして大事にしてくれる事の方が、俺には嬉しい事だ。
「一人ではキッチンは使っちゃ駄目だからな?」
「うん」
 大丈夫。約束したから。と答えるゾロは素直だ。俺はできる限り何でもやってあげたいけど、ゾロが俺の為にしてくれる事となると、なかなか止める事はできない。だってやっぱり、俺の為だと思えば嬉しいから、危ないかもしれないという心配との間で葛藤することになるけれど。
 二人で並んでココアを飲んで、ごちそうさまと言って俺は空になったカップを持って立ち上がる。
「片付けはしておくから、ゾロは道場に行っておいで」
 洗い物も怪我をするといけないからと、俺はゾロにはさせていない。ゾロは最初ちょっと戸惑っていたけれど、今はもう俺に任せてくれるようになった。
 ゾロはぽんとソファを降り、俺は二つのカップを盆に置いて、ゾロに向き合う。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
 ぎゅうと一度抱きしめるのが、いってらっしゃいの合図だ。ゾロは笑ってぱたぱたと玄関へ駆けていく。
「気をつけて帰って来るんだよ」
「はーい!」
 玄関から元気な返事が返って、俺はその可愛さに緩む頬をぱちぱちと叩きながらキッチンへ向う。
 帰って来たゾロは、俺の用意する料理に喜んでくれるだろうか。まだジジイには料理の腕では敵わないが、ゾロへの愛で何とかしてみせるぜ。と俺は拳を握る。
 あの可愛い弟が、俺の前で笑ってくれる事。俺の名前を呼んでくれること。 ただそれだけの事がこんなに嬉しいなんて、想像した事もなかった。
 この先何年も何十年も、ゾロの事をそんな風に大事な弟だと思っていられるといいな、と俺は思った。

 
 

70000HITリクエストの最後
義兄弟か、ゾロを甘やかすサンジそして甘えるゾロのお話。というリクエストだったので、どっちもまとめて…と思ったのですが、 あまり甘やかせていないかも…って気もしてきました。
ですが、久々にちゃんと変サンジなお話しになったかしらと思いました。喜んでいただけていたらいいな、と思います。

(2010.3.2)



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