不思議な生き物



 サンジは変だ、と、俺は思う。
 前からずっと思ってるけど、今日程それを感じた事はないと思う。
 今日は、この国では、2月の最大のイベントと定義されているはずの日。
 2月14日、バレンタインデーだ。
 何とか言う偉い人が何かをしたらしいが、そんなのはこの国じゃどうでもいい話で、チョコレート等を女から男にプレゼントして愛を告白する日だとされている。
 正直なところを言えば、俺には、殆ど関わりあいのないイベントだが、世の男は、この日をとても楽しみにしている事になっている。俺は、道場の先生の娘であるくいなから、お義理にチョコを一つ貰うのが決まり事で、後は、色々あって、貰わない事にしている。
 色々を説明するなら、サンジのした事に決まっているのだが、小学校でチョコを貰って帰ってきたら、誰から貰ったのかとか、その子をどう思っているのかとか、なんとも思っていないなら、どうしてチョコを貰ってきたのかとか、それはもう、しつこく聞いてきたのだ。あれは本当に参ってしまったし、じいさんが止めてくれなかったら、サンジの質問攻めは、止まらなかっただろうと思っている。
 
 
 俺はずっと、サンジは血の繋がりの無い人間だと思ってた。そんな人間にも、あんなに優しくできるものなのかと、不思議に思ってた。ベタベタくっついてくるから、ちょっと、鬱陶しいと思った事もあるくらい、サンジは俺に構い続けてきた。
 今年の正月、とても珍しい事だが、病院から一時帰宅していた母も交えて5人で過ごしていた時、叔父だと言われていた、現在の父親が、突然、神妙な面持ちで話しを始めた。
 途端に、サンジは何故か物凄く怒って、それを遮ろうとして、じいさんは、何もこんなめでたい日に、とやんわりそれを止めようとした。お母さんも、珍しく、夫を批難するような目をしていた為、俺は、何となく嫌な予感はしたけれど、きちんと聞いておくべき事なんだろうと思って、話の先を聞かせてくれるように頼んだ。
 そこで知らされたのは、俺が叔父だと聞かされていたのは俺の父で、それがサンジの父であって、この家の主であることと、その経緯の説明だった。
 俺の母は、綺麗な言い方をすれば、外縁の妻というものだったそうだ。
 父は、店で母を買って、気に入って個人的に会うようになって、子供を産ませて、養育費とか生活費とかいう名目で、金を払っていたそうだ。最初はなんて事ない遊びでも、子供まで産ませて金まで払ってたら、浮気とかいう言葉で済ませられる事じゃないし、子供が生まれたって事は、浮気じゃなくて姦通だ。ある意味、大変わかりやすい図式ではある。
 父は、とても気を使って綺麗な言葉でわかりにくく説明してくれたが、簡単に言えばそういう事だ。
 そういう事情は、割と簡単に納得できた。母は働きに出ていなかったのに、毎日派手な服で派手に遊び歩いていたし、よく考えてみれば、父親の弟がわざわざ俺の様子を見に来て、母と3人で出かけるなんてのは、おかしな話だ。月に1度あればいいような事だったけれど、父はそれなりに、俺や母の事を考えていたのかもしれない。
 そんなわけで、俺は、他人だと思っていたこの家の中に、二人は血縁関係者がいたという事がわかったわけだが、それは、諸手を挙げて喜べるような事でもないような気がした。
 叔父が父だった事はまぁいい。殆ど家にいない人だし、俺が産まれてからは、また別の女を囲っているらしいし、好きにしとけよ。って気になった。正直、父だろうと叔父だろうと他人だろうと、俺にはあんまり関係ない話だ。
 でも、サンジやじいさんやお母さんは別だ。家で一緒に暮らしてるのはサンジとじいさんで、お母さんは殆どを入院して病院で過ごしているけれど、俺はお母さんに会いに行くのは好きだから。
 サンジは、俺と半分血が繋がっている。微妙だけど、血縁者だ。
 でも、じいさんとお母さんは、全く血の繋がりのない、他人のまま。しかも二人にとって俺は、夫を奪った女の子供であり、娘の夫を奪った女の子供だという事になる。普通に考えたら、憎くないだろうか?
 それなのに、その3人が、その話を俺に聞かせるのを躊躇って、俺をとても気遣ってくれた。
 俺は、それがとても嬉しかったけれど、とても不思議だった。
 お母さんには、その後に、俺が憎くはないのかと聞いた。もし、嫌ならば、俺は遠くの大学を受験して、家を出ようかと聞いてみた。流石に、未成年で、この家の保護下から抜けるのは、心許ない事だったし、俺は、この家が好きだから。
 お母さんは、その質問に悲しそうに笑って俺の頭を撫でて、安心してあの家に暮らしていればいいと言ってくれた。俺を引き取ろうと、前々から父に言っていたのだという事も、教えてくれた。
 じいさんは、俺がぼんやり考え事をしていたら、茶を煎れろと言った。俺に茶の煎れ方を教えたのはじいさんで、それ以来、サンジがいなければ、お茶を用意するのは俺の役目で、それをそんな素っ気無さでこの家にいていいのだという事を示されて、俺はとても嬉しかった。
 そしてサンジは、やっぱり、変だと、思う。
 
 
 
「ゾロ、お粥できたよ〜。」
 満面の笑みを浮かべて、小鍋の乗った盆を持ったサンジが部屋のドアを開けて入ってくる。
 いつもなら、俺が返事をするまで絶対にドアを開けないサンジは、今日は何の確認も取らずに入ってくる。
「起こしてやるから、まだ寝てなさい。」
 体を起こそうとすれば、すかさずサンジは指示を飛ばし、俺はため息をつきながら、ベッドから体を起こした。
「起こしてあげるのも、看病の一貫なのに!」
 さっぱり理解の及ばない主張をしながら、サンジは持ってきた盆を机に下ろして、サンジが持ち込んだクッションを俺の背中に当て、肩掛けを巻き付けてくれる。有り難いけど、その至れり尽せりの行動に、思わずため息が漏れた。
「何? 他に欲しいものでもあった?」
 サンジの問い掛けに、黙って首を横に振ると、サンジは下ろした盆を膝の上へ移動させる。
 俺がこうして、今年の正月を振り返ってしんみりしていたのは、それくらいしかする事がなかったからだ。
 病気知らずの健康優良児で通ってきた俺は、一昨日、熱を出す風邪を引いた。
 熱があると言った俺に、サンジはそれはそれは慌てふためき、救急車を呼ぶか、とか言い出したので、俺は焦ってサンジの腹に一撃くれて黙らせ、学校を休んで眠っている事を了承させた。
 そしてサンジは、俺の世話を焼く為に仕事を休み、今日の約束まで断ったのだ。
 絶対、サンジは変だと思う。
 確かに俺は、この家に来て初めて、動きたくなくなる程の熱を出したわけだが、普通、世間では特別な一日であるバレンタインデーを、弟の風邪の看病なんかで潰すものだろうか? しかも約束の相手は恋人なのだ。誰が見たって、その行動は変だろう。
 しかも俺は、腹違いの弟だなんて微妙な立場の人間で、嫌ってたっておかしくないはずなのだ。俺には、サンジの考えている事が、さっぱりわからない。
 サンジが、本当に、俺を大切にしてくれているのはわかる。でも、嫌っていた方が納得はできる。少なくとも、ここまでしてくれるのは、おかしいと思う。
「ほら、ゾロ、あーん。」
 ぼんやり考え事をしていたら、サンジの嬉しそうな声が聞こえて、ため息をついて口を開ける。
 流石に、三日目ともなると、一々怒るのも面倒で、あっさり従ってしまうものだ。
「やっぱり、これが、看病の醍醐味だよね〜。」
 サンジは緩み切った顔で嬉しそうにそう言い、俺は再度、ため息をついた。
「今日は、約束があったんだろう?」
「うん。」
 頷いて、サンジは匙で掬った粥を差し出す。それに口を開けて食い付いて、サンジの表情を伺う。
 この三日、しみじみ思うけれど、サンジは、とても嬉しそうだ。
「行ってきていいんだぞ? もう、ずっとよくなったし。」
「ゾロを置いて行くわけないだろう? ゾロの方が、ずっとずっと大事だし、出掛けたって、ゾロが気になって、身動き取れなくなっちゃうに決まってるからね。」
「………でも。」
「だって、ゾロの看病なんて、この先もう無いかもしれないんだよ? 今の内に、しっかり堪能しておかなくちゃ。」
 サンジは言って、後から、体拭いてあげるね。なんて、それはそれは楽しそうに言う。
「堪能って……」
「俺はねぇ、ゾロが俺の弟でよかったって、本当に、思ってるんだよ。弟でなくても、ゾロの事は好きになったかもしれないけど、弟だから、ずっとずっと大事で、可愛くて仕方ないのかも、とも思うんだ。」
「………サンジ?」
「ゾロを見るまではね、許せないって思ってたけど、本物のゾロを見たら、もう、可愛くて可愛くて、このまま攫って帰っちゃおうか、とか思ったし。うちに引き取るって聞いた時は、物凄く嬉しくてさ。ゾロの部屋を用意するのも、ジジイに呆れられるくらい、張り切ってたんだよね。あれがきっと、一目惚れってやつなんだろうなぁ。」
 サンジはしみじみとそう呟き、最後の一口を差し出して、風邪薬を手渡してくれる。
「先に、知ってたのか?」
「うん。ゾロがうちに来る1年前。今のゾロと同じくらいだね。」
「………知った時は、嫌だったか?」
「別に、父さんの事なんて、好きでも何でもなかったんだけど、まぁ、それなりに、嫉妬はしたね。でも、ゾロを見たら、吹き飛んじゃったよ。可愛いんだもん。」
 サンジの言う事は、なんだかさっぱりわからない、というか、頭がついていかないんだけど、好かれているのはわかって、やっぱり嬉しい。
「ゾロ、あーん。」
 薬を飲んで、その不味さに顔を顰めていると、サンジがそう言い、俺は条件反射で口を開けた。
「……?」
 ぽん、と口に放り込まれたものを口の中で転がすと、何か丸くて甘いものだとわかる。
「口直し。サンジスペシャルだよ。」
 今日は、バレンタインデー、そんな日に用意される甘いものは、チョコレートしかない。
 ゆっくりと歯を立てるとそれが崩れて、口の中に溶けていく。
「美味しい?」
 こっくり頷くと、サンジは蕩けるような笑みを浮かべて、小さな皿を差し出してくる。
「可愛いゾロに、愛情たっぷりで、用意してみました。」
 よくもまあ、そんな事を言って、平気でいられるもんだな、と思ったけれど、サンジがあまりに幸せそうなので、とりあえず黙って口を開く。
「………」
 不思議そうに俺を見返すサンジに、更に大きく口を開くと、サンジは慌てたように、皿の上のチョコの球を摘んで、俺の口に入れてくれる。
「もう一個。」
 ゆっくり味わってから口を開けると、サンジは赤い顔で、俺の口にチョコを放り込んでくれた。
 恥ずかし気もなく…と思いながら、こんな事してる俺の方が、ちょっとおかしいのかもしれないけど、それは、熱のせいだって事に、しておこう。

 
 

ゾロの生い立ちと事情と、バレンタイン。
サンジさん、ついに告白。というわけでもないんだけど、ゾロ、18歳。てことは、サンジは28歳。10年も、よく我慢致しました。ゾロもどうやら、満更でもない感じ。それとも、さっぱり状況が飲み込めていないだけか。少なくともゾロは、兄のサンジは好きなのだ。(よく考えたら、ゾロ、17歳でした。18歳じゃ、もう大学生じゃなくちゃならん)

(2004.2.14)



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