不思議な生き物



 そこに綺麗に飾られた、一対の銀色の指輪を見ながら、普通はこういうものを欲しがったりするものなんだろうかと、ゾロは思った。
「今年のプレゼントは、もう決めたの?」
 隣で一緒にそれを眺めていた幼馴染みがそう問い掛けてきてやっと、そこから目を離し、ゾロは小さくため息を零した。
「決まらないの?」
「そういうわけじゃねぇけど…」
 色々と、思うところはあるのだ。
「それならいいけど。」
 最近、幼馴染みが、自分のところに兄との関係について相談に来なくなったのを、くいなは残念に思っていた。
 去年など、大慌てで自分のところへ駆け込んで来たのだから、それとの差に、安心を感じるところもあるけれど、やはり、頼りにされているという喜びに勝るものではない。
「それにしても、世の中には、幸せ満載の人がいるものなのね。」
 二人が今いるのは、とあるホテルで催されている、ウェディングフェアだ。
 結婚を考える人々に、そこで行なう事のできる、ウェディングプランを紹介する場所。普通ならば、男女揃っていれば、間違いなく、近い将来、結婚式を執り行う気のある人々、という事になる。
「そうだな。」
 ため息混じりにゾロも頷き、隣に立つくいなに目をやる。
 二人がここにいるのは、近い将来に結婚を約束しているからではなく、結婚式というものに出席する可能性が低く、実際のそれを知らないから、現実を知ろうという、ゾロの狙いがあっての事だ。
「ここは、結構、シンプルね。」
 写真を撮ったり、パンフレットを貰ったりと、ゾロの部屋には、結婚式関連の資料が増えた。
 レストランでのウェディングは今のところまだ数件だが、あれこれと注文のうるさいパーティーは数が増えている。
 最初の仕事では、客の言っている事が殆どわからなかったゾロだが、今ではなんとか、客の言いたい事をイメージする事はできるようになってきたと思う。それも、こうしてやって来る客が見たであろうものを、実際に自分でも見ているからだと、ゾロは思う。
 大学で学んでいる、世の中の金の流れとか、金勘定の仕方とか、そういうものも必要だと思うけれど、今、何より必要なのは、色の名前だとか花の名前だとか、そういう実際に目に見えるものについての知識なのだと、最初の仕事の最初の打ち合わせでゾロは痛切に感じたのだ。
 だけれど、流石にサンジとこんな場所に来るわけにはいかない。もしかしたら、そういう仕事をしている人々を対象にした催しがあるのかもしれないが、そんな伝手はゾロにはなく、こうしてこっそり、くいなを誘ってやって来ているのだった。
「割と派手なのが主流になって来たのかと思ったら、そうでもないのかしら。」
「それぞれの主張ってのがあるんだな。買い手に合わせるんじゃなく。」
 客は幾つかある中からそれを選ぶのだから、他と似た内容を金額で争うのよりも、他とは違う内容で争った方が、やり方としては上手いのかもしれない。
「とは言っても、バラティエでそういうやり方をするわけには行かないものね。」
 客は、バラティエを選んで来るのだ。やはり、それに合わせて行くしかない。色々と準備をしなくてはいけないのは大変だが、最近は、それも楽しくなってきた。
「今日は、これで帰るか。」
 見るものは見たし、これ以上残っていても、周りの空気に当てられるだけ。余計な負担は感じたくないものだ。
「サンジさんとは、うまくやってるの?」
「………多分。」
 今現在の、一番の気掛かりを問い掛けられて、ゾロはため息をついてそう答えた。
 
 
 
 
 
 母さん、あなたの息子は、あなたの子供とは思えない程、清らかな生活を送っております。
 
 母の墓前で、ゾロはそんな事を心の内で呟いた。
 ゾロは、母の墓参りには、一人で来るようにしている。
 多分、行くのだと言えば、サンジも母も、揃って着いて来てくれるだろうと思う。だけれど、ゾロはそれをさせたくなかった。だから、いつも一人でここへやってくる。
「相手は男だし、母さんが知ったら、卒倒しそう。」
 母が好きになった男の子供が、自分の好きになった男で、その二人は同じ年の頃の写真を比べると、結構似ている。これは、遺伝なんだろうか、とゾロは思ったくらいだ。
 サンジに好きだと言われて、自分も好きなのだと答えて、それから一年。未だに、手を繋いだりキスをするのが精々で、それ以上の変化は何もない。
 これは、どういう事なんだろうと、ゾロは最近それをよく考える。
 正直なところ、ゾロだって、その先に興味がある。サンジは、そういった情報からゾロを遠ざけようとしていたようだが、高校生にもなれば、そういう話題は普通に交わされるものだ。ゾロだってそれは、例外ではない。
 ただ、サンジの事を考えると、他の誰かというのは違うだろうと思ったから、ゾロは今まで、サンジの様子を伺ってきたのだが、サンジがどうしたいと思っているのかは、よくわからなかった。
 サンジにその気がまるでない、という事はないと思う。時々、何事かを言いかけて止める事もあるし、部屋の前で声を掛けようか迷っている気配なんて、ゾロでなくても気付く事だ。
 でも、それに自分から声を掛けていいものかどうか、それがわからず、ゾロは部屋の中でサンジの気配を伺ったり、話しかけてくれるのをまっていたりしていたのだが、サンジには、先手を打たなくてはいけないのだろうかと、最近思い始めた。
 かと言って、どうして先手を打てばいいのやら、その辺の事はゾロにはよくわからない。母の事を思い出しても、父以外に部屋の中まで入ってきた人間はいないから、どんな風にしていたかなんてわからない。
「はぁ…」
 大体、自分は一度だってサンジを拒否するような事を言った事もないのだから、サンジがあんなに戸惑っている意味がわからない。
 今までだって、沢山恋人がいたんだし、結婚前だからといっても遠慮することなく、する事していたに違いないのに、なんでここで足踏みをしているのかと、不思議に思う。
 相変わらず、自分が小学生に見えているんだろうか。と考えて、それもありそうで嫌だな、と、ゾロはため息をもらした。
 
 
 
 
 
 二人でテレビを見ながら、ゾロは随分居心地の悪い気分を味わっていた。
 今日は店の手伝いには出ず、道場で子供達を教え、久しぶりに夕飯の用意をしてサンジを待った。
 両親は昨日から家を開けていて、祖父は朝食の席で今日は帰らない事を伝えていたから、食事を用意するのはゾロ以外にいない。
 だからそれは当然の事だったのだけれど、よく考えれば、一人で誰かの帰りを待つのも随分久しぶりだし、それがサンジだというのは、去年のサンジの誕生日以来、一年ぶりの事だった。
 それに気付いたら、何故だかやたらに恥ずかしくなったゾロだったが、帰ってきたサンジも、どこか落ち着かない、そわそわした空気を纏っていて、結局、殆ど何も話さないままに食事は終わり、食後のお茶を飲みながら、テレビを見ていても、その内容は殆ど頭の中に入っては来なかった。
「……風呂入ってくる。」
 お互い、何が気になっているかは明らかで、それでもサンジは何も言い出さず、ゾロは少し落ち着こうと、ソファを立ち上がった。
「ちゃんと浸かってこいよ。」
 サンジが苦笑を浮かべてそう言うのを聞いて、ゾロはじっとその顔を見据える。
「何?」
「………入る?」
 一緒に。とは声に出さずにそう問いかけると、サンジは何を言われたのかわからなかったのか、暫く首を傾げたままゾロを見返し、その意図に気付いた途端に、かぁっと顔を赤くして、口をぱくぱくさせて必死に言葉を探し始めた。
「あ…あの……」
 なんて答えるんだろう、とゾロが興味深くその様子を伺っていると、サンジは俯いてぶるぶると頭を振り、うーうーとうなり声をこぼし、それからやっと顔を上げた。
「……また、今度…」
 今度って、いつ。と、ゾロは腹の中で切り返して、にこりと笑った。
「甲斐性無し。」
 ぷい、と背を向けて、居間を出て行くと、サンジが情けない声で自分の名前を呼ぶのが聞こえたが、ゾロはそれを無視して自室へ上がった。
 何か言いた気にして、何も言わないから、こちらから声を掛けたのに、あの反応はなんだというのだ。と、ゾロは腹立たしく思う。
 前に、一緒に風呂に入りたいと言った事もあるし、あれは嫌がっている反応ではなかったのはわかるけれど、あの断り方は気に入らない。
 今が悪くて、次の機会なんて、一体いつだって言うのだろう。わざわざ、二人で風呂に入る為にどこかへ出かけるとでも?
 考えれば考えるだけ腹が立って、ゾロは階段を上がってそこにあるサンジの部屋のドアを睨み付ける。
 ガンっとドアを蹴り付けて、ゾロは自室の部屋のドアを開けた。
 
 
 
 
 風呂を出て居間へ戻ると、ゾロがつまらなさそうな顏をして、テレビの画面を眺めていた。
 先程、2階から派手な音が聞こえた時には、随分機嫌を損ねてしまったようだと思ったが、こうして自分を待っていてくれるのだから、物に当たって、少しは落ち着いたのかもしれないと思う。
「髪、ちゃんと乾かした?」
 声を掛けると、ゾロはサンジを振り返って、ドライヤーを差し出してくる。
 小さな頃は、ゾロの世話をしてあげるのが楽しくて、何から何までかまっていたけれど、流石に最近ではそんな事も減ってしまった。それでも、ゾロは時々こうして、サンジに何かを残していてくれる。その度に、自分は愛されてるなぁなんて思うのだ。
 ドライヤーを受け取って、ソファの後ろに立ってゾロの髪を乾かしてやるのは、とても楽しい。
 ゾロに触れる数少ない事だから、余計に楽しいのだけれど、先程のあのお誘いは、何と言うか、困ってしまう程嬉しくて、でもやっぱり、困ってしまった方が大きかったのだ。
 そして、あの一言だ。ああして笑った時のゾロは、要注意なのだ。そんな状況で、あれはないと思う。
「あのさ…」
「何?」
 ゾロは、先程のやり取りなど忘れてしまったような声で、機嫌良く問い掛けてくる。
「………一緒に、寝ようか。」
 ドライヤーを止めてそう声を掛けると、ゾロが首を仰向けに曲げて、サンジを見返してくる。
「色々、しましょう。」
 このままだと、報復として、本当に一緒に寝るだけになりそうだと思って、サンジがそう加えると、ゾロは可笑しそうに笑みを浮かべて、いいよ、と答を返した。
 
 
 
 
 
「これ、誕生日プレゼント。」
 次の朝、ゾロは遅れてキッチンへ降りてくると、小さな包みをサンジに手渡した。
「ちゃんと使えよ。」
 サンジは受け取ったその包みを解いて、現れた銀色のジッポーにじっと見入る。
「でも、俺の前では使うな。」
 相変わらず煙草の嫌いなゾロは、そう言って釘を刺し、ほてほてとテーブルに着く。
「ありがとな、ゾロ。」
 いいから、朝ご飯。とゾロは言い、サンジは大きく頷いて、ゾロの好きなふわふわのオムレツを焼き上げるべく、コンロに向き直る。
 ゾロはああして、嫌なものは嫌だと絶対に言うのだから、自分が勝手に何かを決めつけてはいけないんだと、サンジは機嫌の良さそうなゾロを見てしみじみと考えた。

 
 

二度目のサンジの誕生日です。
一年経ってやっと、サンジさんは本懐を遂げる事ができました。て感じで。
ホントは、色々既にしてるんだろうなぁ…と私は思ってたんですが、読んでる人はそうは感じてなかったようで、じゃぁまぁ、そういう事にしとくか。って、7で半年何もない人達を書きました。流石にそのままじゃ可哀想なので、こんな感じです。
とりあえず、「プレゼントは私v」とかいうオチではないのははっきりさせたく、最後の部分を書きました。流石にそんなゾロはどうかとおもう。

(2005.3.2)



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