不思議な生き物



「ゾロ、次の日曜日、空いてる?」
 朝食の席で問われて、ゾロがそれに答えようとするより先に、その向いに座っていた母が口を開いた。
「ダメよ、サンジ。」
「え?」
「次の日曜日は、くいなちゃんとお母さんと一緒にお出かけなの。」
 サンジは遠慮しなさい。とにこりと笑って母は言い、サンジは首を傾げて隣に座るゾロを見やった。
「くいなちゃんと?」
 サンジにとって鬼門である少女の名前である。
 最近はそれ程でもなくなったが、やはり、ゾロにとって特別な女性だと思えば、気にならないわけはない。
「母さんもって、どこへ?」
「結婚式の下見よ。」
「はぁ!?」
 どういうこと!と、サンジは思わず腰を浮かせ、ゾロと母を上から見下ろす事になった。
「くいなちゃんとって…」
 テーブルについた手がぶるぶると震えるのを必死に抑えて、サンジはそれだけをなんとか口にする。
「前から、二人で出掛けてたって言うのよ。そんな大事な事、お母さんも呼んでくれなくちゃ。」
 母は嬉しそうに笑い、ゾロはサンジを見上げて引きつった笑いを浮かべている。
「ゾロ、だって……」
 一体何がどうなっているんだと、サンジは二人の笑顔の違いの意味すら理解できず、ふらりと後ろへとよろめいた。
「サンジ!?」
 慌ててゾロがそれを支え、サンジは自分を支えるゾロの手を握りしめた。
「ダメ!」
「は?」
「日曜日は外に行っちゃダメ!」
 決死の形相とはこういうのを言うのだろう、と、ゾロはサンジの顔を見て思った。しかし、このサンジの誤解をこの場で解いていいものやら、ゾロには検討がつかない。
「サンジ、ゾロだって、いつまでも子供じゃないのよ?」
 そんな我侭を言うものではないわ。と母は苦笑を浮かべ、祖父は呆れたような顔でサンジを眺めている。
「サンジ、落ち着け。」
 ゾロは、サンジがこの勢いでおかしな事を口走らないかと怯え、手を握るサンジの手を柔らかく叩き、なんとか気を落ち着かせようと努力する。
「ゾロは俺の奥さんなんだからダメ!」
 ああ、言いやがった…とゾロはため息をつき、さすがの祖父も動きを止め、母は驚きの表情を浮かべた。
「くいなちゃんはそういうんじゃないって言ったくせに…」
 うぅぅ…と、泣き始めたサンジに、ゾロは久々に見る壊れたサンジだ、と現実逃避を計るべきかと考える。
「茶。」
 なんとか立ち直ったのか、祖父からの指示が飛び、ゾロはサンジの頭を撫でてやると、手を解いて立ち上がろうとして、逃がすまいと腰にしがみついて来るサンジに動きを止めた。
「ゾロの嘘つき…」
「あのな、別に、くいなと結婚する気なんてないから…」
 いつもの通りの勉強ついでの市場調査だ。母だって、それは知っているはずなのにと、視線をそちらへ向けると、にこりと笑った母と目が合う。
「ゾロ、やっと、サンジの奥さんになったの?」
「………あ……まぁ…」
 そんな感じです…と、頷くと、今度は祖父が母を見て顔を強張らせ、サンジは勢いつけて顔を上げ、男三人は母の次の言葉を息を飲んで待った。
「お母さん、早く孫を抱きたかったのに。くいなちゃんと仲良くなって、くいなちゃんの赤ちゃんを抱かせてもらえるようにお願いしなくちゃいけないわね。」
 くいなちゃんの赤ちゃん、うちへ貰えないかしらね。なんて笑う母は、先程の発言を突き詰める気はないようで、それから、ぽんと一つ手を打った。
「お父さんの離れを、二人に譲ってもらったらどう? お母さんが下で暮らしてたら、色々気になるでしょう?」
 ねぇ、お父さん。と、母はにこやかに祖父に笑いかけ、祖父はぎこちない動きでゾロとサンジを見やり、大きくため息をついた。
「じいちゃん?」
「その馬鹿はめんどくせぇぞ。」
 馬鹿に目をつけられたのが運の尽きだな…と祖父は呟き、もう一度、ゾロに向かって茶の用意を促した。
「結婚式はどうするの?」
 嬉しそうに問いかける母に、さすがのサンジも言葉を失い、ふらふらとゾロの後をついてキッチンへやって来る。
「………ゾロ…」
 こんな事になっちゃってごめん。と小さく謝るサンジに、ゾロは苦笑を浮かべてその鼻を摘む。
「反対されなかったし、いいんじゃねぇの?」
 額を小突かれて、サンジは楽しそうに笑うゾロに、暫し見蕩れた。
 いつも、ゾロは真直ぐで、こういうところは、適わないような気がする。
「今後とも、よろしくお願いします。」
「………こちらこそ。」
 おかしそうに笑うゾロを眺めながら、サンジは幸せを噛み締めた。

 
 

不思議な生き物、シリーズ完。です。
ここのお母さんが、一番不思議な人ですが、まぁ、こういう人の子供じゃないと、サンジはああは育たないだろうって事で。
当初の変サンジ像が、見る影もなくなって、ちょっと残念な気のする今日この頃でございました。
親の理解も得て、先行きは一安心と言うところです。
長々とおつき合い有難うございました。

(2005.5.30)



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