妖精さんと一緒



「身長20センチ。3頭身。胴回り…ウエストって何処だ…」
「なにしてんだ?」
 眠っていたゾロは、ころころと転がされている事に気付いて目を開け、メジャーと自分を持って何やらしているサンジを見上げた。
「ん? ゾロのサイズを計っておこうかと思ってさ。」
 サンジはそう答え、ゾロは不思議そうに首を傾げ、サンジの手の上から机の上へ降り立った。
 さっきまで寝ていたゾロのベッドはサンジの枕で、机の隅に置かれている。そこに敷いた柔らかいタオルに包まってゾロは眠る。
 その寝姿は、ぎゅっと丸く小さくなっていて、サンジは思わず突いてしまうのだが、ぷにぷにした頬の柔らかさや、手足の感触も、それはそれは愛おしい。
 子供の頃に大事にしていたテディベアに通じる可愛らしさで、サンジはすっかりこの小さな生き物に入れあげていた。
「……何の為に?」
「成長するのかな、とか思ってさ。ほら、ゾロ、ばんざーい。」
 言われるまま、よくわからないながら腕を上げると、サンジはゾロの胴回りをメジャーで計って紙に数字を書込んでいく。
「昨日ゾロに新しい服を買ってこようかと思ったんだけど、サイズがわからないからさ。」
 人形の服も、色々あるんだねぇ。なんて言うサンジを見て、ゾロは首を傾げる。
「俺は、これがあるからいい。」
 ゾロの着ている黒いワンピースは、蜻蛉羽根の妖精の決まりの服装で、その中でも黒を選んでいるのは珍しいけれど、ゾロにとっては大事な服だ。変わりに別の物を着るなんて、と思う。
「でも、ちょっと汚れてるし、洗濯中に着ている服はいるだろう?」
 ゾロのワンピースの裾は、ちょっとほつれかけていて、サンジは常々それを綺麗にしてあげたいと思っていたのだが、ゾロは服を洗ったり着替えたりする習慣がないのか、一緒に過ごすようになって結構経つが、サンジはそのチャンスを得られていなかった。
 それに、ゾロは風呂に入ったりする事もない。妖精だから、そういうのは必要ないのかもしれないけれど、それもちょっと気になっている事ではある。
「………洗濯中は着てなけりゃいいだけだろ?」
 不思議そうに問い掛けられて、サンジは頭を抱えた。
「いや……そうだけど………でもね…」
 俺は、キューピー人形に欲情するような人間じゃないんだけど、でも、やっぱりゾロは可愛いし、それで何か変な気分になっちゃったら困るじゃない?
 ぶつぶつとよくわからない事を呟くサンジを訝し気に見上げて、ゾロは自分の着ている服をちょっと見やった。
「………今から洗えば、朝には乾くか。」
 言われてみれば、ちょっと薄汚れている気はする。サンジの家に住ませてもらっている以上、サンジが気になるのならば、綺麗にしておくべきだろうかと思う。
 家にいる間は、外敵から身を守る事を気にしなくていい為、ゾロは刀を外してベッドの脇に並べている。だから、今ゾロが身に着けているのは緑の腹巻きと黒いワンピースだけだ。それを、ゾロはさっさと脱ぎ去った。
「……ゾロ、それ…」
 そんな気前よく脱がれたら困るじゃないか。と一瞬思ったサンジは、ゾロの胸を斜めに走る大きな傷跡に驚いてそれを指差す。
「ん?……ああ…ちょっと急いで戻ってきたから、まだ消えねぇだけだ。」
 もう平気だ。とゾロは言ったが、あまりに痛々しい傷でサンジは何と言っていいやらわからなくなる。
「どうしたの?」
 妖精なのに刀を持っている事にも疑問を感じたけれど、こんな傷を作るなんて、一体どんな事をしたと言うのだろうかと、サンジが問い掛けると、ゾロは一瞬、酷く驚いた表情を浮かべ、それから首を横に振った。
「ちょっと、失敗しただけだ。」
 それが、明らかに多くを語りたくないという意志を見せていて、サンジは結局それ以上を聞きだせず、ゾロの体に新しいハンカチを巻いてやってから、その服の洗濯を手伝ってやる事にした。
 
 
 
 
 
「ゾロ、行くぞ。」
 声を掛けると、小さな生き物が真直ぐに飛んできて、肩に掴まる。それがもう当然のようになってしまって、サンジは意識しない笑みを浮かべた。
「今日は、休みじゃないのか?」
 サンジの肩に乗ったゾロは、そう問い掛けながら、腹巻きの中から大事なロープを引っぱり出した。
 蜘蛛の糸の丈夫な方を寄り合わせて作ったロープは、迷子防止に作ってもらったものだ。先の方にまだネバネバが残っていて、それをサンジの髪の裾の方へ括りつけ、反対側は腹巻きの上から自分の腰に括りつける。
 サンジは歩くのが早い。人込みの中でもすいすい歩いていくため、肩に乗って掴まっているゾロには、結構な風圧が掛かるのだ。
 別に、飛ばされてお別れになってもいい相手ならば、ここまでする事はないのだけれど、ゾロにはどうしてもサンジにくっついていなくてはならない理由がある。だから、ゾロが飛ばされた事にサンジがちゃんと気付いて立ち止まってくれなくては困るのだ。その為に、ゾロが飛ばされれば引っ張られる髪に、ロープを括りつけるのだ。
「今日は、買い物。」
「何を買うんだ?」
「服だよ。」
 あんなに沢山持っているのに、まだ買うのかと、ゾロは少し呆れた。
 ゾロの服は、今着ている黒い服一つだけだ。別にそれで困らないし、服を着替えるという人間の行動がよくわからない。以前は、サンジだってそうだったはずなのにと、不思議になってしまう。
「そんなに買ってどうするんだ?」
「どうって、もうすぐ季節も変わるし、ゾロだって、もっと夏っぽいの欲しくない?」
 全くよくわからない話だと、ゾロは思う。
 ゾロのような蜻蛉羽根の妖精は、ワンピースを着ているもので、季節が違うから服を変えるというのは、よくわからない事だ。
 つい先日も、洗濯の間に着ている服がいるだろうと言っていたし、ゾロが服を着ないでいるのが気になるのか、洗濯をしていた時も、新しいハンカチでぐるぐる巻にされ、人間は不思議だとゾロは思った。
「昔は、着替えなんかしなかったくせに…」
 ぽつりと小さく呟くと、サンジは不思議そうに首を傾げた。
「何か言った?」
「………なんでもない…」
 ゾロにはあの店に住むようになる前、ずっと一緒にいた妖精が一人いた。
 金色の髪で、青い目で、ちょっと不思議な眉毛と、ちょっとだけはやした顎髭。蝶の羽根の妖精の常で、きちんとしたスーツ姿。そんな彼は、ゾロと同じ黒い服を好んで着ていた。
 人間の世界に一緒の時期にやってきた妖精で、お腹を空かせたゾロを見つけて、色々世話を焼いてくれた。
 ゾロがあんまり迷子になるからと、蜘蛛のロープを作ってくれて、二人でいつも片腕をつないでいた程、離れずに暮らしていたのに。
「……サンジ…」
 一緒にいた頃だって、一度も人間になりたいなんて言わなかったし、ゾロがあちらへ帰る時だって、待ってると言ってくれた。だから、ゾロは傷が消える前にこちらに戻ってきたのだ。
「お腹空いたの?」
 同じ名前で、同じ姿だ。違うのは、サンジが人間だって事だけ。それから、多分、ゾロの事を覚えていないという事。あんなに一緒にいたのに。ゾロの怪我の事だって、覚えていなかった。
「ゾロの好きなの何か買ってあげるよ。チョコでも、お酒でもね。」
 笑う顔もよく似ている。声も。ゾロが呼べばすぐに振り返ってくれるところも。ちょっと情けないところも。なのに、サンジはゾロの事を覚えていない。
 人間になるっていうのは、こういう事なんだろうかと、ゾロはそれをサンジに問い質せないでいる。
「………」
 せっかくこうして話ができるようになったのに、それがとても悲しい事のような気がした。

 
 

妖精さんとコックさん第2話。
妖精さんはぽっこりお腹のキューピー体型らしい。手足もどうやらちょっと短いらしい。ぷくぷくの赤ちゃんのような感触らしい。当然腹は割れていないようだ。そして、妖精さんには大好きな妖精さんがいたらしい。
 
頭湧いてンだろ…と思われていない事を祈る。

(2004.4.23)



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