トン、と軽やかに飛び下りてきた足音を聞いてサンジが振り返ると、刀を納めたゾロが額を拭っていた。
「ゾロ、怪我したのか?」
慌てて駆け寄って確かめれば、小さな傷が額にできていて、慌ててそれを舐めてやると、ゾロは大人しくしながら、少し困った顔をした。
「どうしたの?」
「……どうもしないけど…」
ゾロはふるふると首を振って、小さく呟いた。
「ゾロ?」
「………怪我しても、舐めて治したりなんかしないって…」
向こうに帰っていた間に、誰かに余計な事を言われたらしいと理解して、サンジは小さく舌打ちした。
「サンジ?」
怒ったのか? と、心配そうにゾロは問い掛け、サンジのジャケットの袖を、きゅ、と握りしめる。
大きな怪我をして、妖精の世界に帰った時、ゾロは蝶羽根の妖精が、ごくごく普通に、相手に触れたりするものなのかと、看護をしてくれていた蝶羽根の妖精に聞いたのだ。
サンジは、初めて会った時から、ゾロの手を引くのは当然の事だったし、目や顔を舐めたりするのも、よくすることだったから、それが種族の特徴なのかと思っていたのだ。
だけれど、そんな事はないというのが返答で、むしろ、あまり誰かに触れたりしないものなのだと言われた。そんなのは、ごくごく親しい間柄でなければない事だと。
サンジとは、確かに同じお役目で、親しい間だとは思うけれど、初めて会った時からそうだったとなると、それが少し当て嵌まらない。それじゃぁ、それはサンジ個人の特徴だと言う事なのだ。と、ゾロは理解した。
それでこちら側に帰ってきて、人間も特別に親しい間柄だと、自分達のように手を繋いだりとかをするのだと、サンジに教えてもらった。
それは、蜻蛉羽根の妖精も同じ事で、それじゃ、サンジは自分の事を、特別だと思っててくれるという事なんだろうかと、ゾロは不思議に思った。少なくとも自分は、サンジじゃなかったら、嫌だと思う。最初はよくわからなかったけれど、今は、そうだと思う。
「怒ってなんかないよ。」
不安そうな顔をしているゾロも可愛い、と、呑気な事を考えていたサンジは、にこりと笑ってゾロの手を握る。
「薬と医者がいれば、舐めて治したりなんてしないけど、ここにはどっちもないだろ?」
「うん。」
「だから、俺がゾロを治してあげたいんだ。」
ほら、もう、血も止まった。と、サンジは笑い、ゾロの手を引いて空に舞い上がる。
「なんでだ?」
「ゾロが大好きだから。」
にこりと笑うと、ゾロはちょっと驚いたような顔をして、それから、照れたように笑った。
「サンジが怪我したら、俺が治してやる。」
やっぱり、笑った顔が一番可愛い。と、サンジは思って頷いた。
今日は、ゾロの誕生日だ。きっと、帰って人間のサンジの作ったケーキを見たら、ゾロはもっと笑ってくれるに違いない。
「ゾロ。」
呼び掛けると、辺りをきょろきょろと見回していた緑の頭がくるりとこちらに向き直った。
「サンジ。悪い。」
遅れてきた事を詫びて、ゾロは小走りに近寄ってくる。
「目印が…」
「変わってるもんな。」
待ち合わせのビルの1階には、いつもならば青色のテーブルクロスを掛けたオープンカフェが見えるのだが、今日はクリスマスに向けて色を変えたのか、緑のテーブルクロス。ゾロにとっては、これであっさりと目標物が消え去る事になる。
テーブルクロスが変わっても、店の名前も看板もテーブルの配置も変わっていないのだから、気付いて当然だと思うのだが、ゾロには無理な注文であるらしい。
俺には、駅から出てくるお前が見えてたんだけど、お前には、ここで待ってる俺は見えないのね…と、少々寂しくなる。
「いつもみたいに、黒のスーツでいればいいのに。」
小さく呟いたゾロの声に、一応、サンジを探しはしたらしいと、気持ちは少しだけ上昇したものの、お前は俺を服で見分けるのか、という疑問も浮かぶ。
「仕事でもないのに?」
「……」
むぅ、と口を引き結んで不機嫌な顔を見せて、ゾロはそっぽを向く。
「そんな服でいるのなんか、見た事ない。」
今日は、珍しくジーンズのジャケットを着てきたのだが、確かに、ゾロの前でそれを着た事はない。似てるけれど別人かもしれないと思わせたのかもしれない。
「ごめん。」
機嫌直して、と謝れば、ゾロは困ったような顔で小さく頷いて、先に立って歩き始める。それを追い掛けて隣に並ぶと、ゾロは辺りをきょろきょろと見回した。
「どうしたの?」
「二人は?」
小さな声で問い掛けられて、ゾロが自分達にそっくりの二人の妖精を探していたのに気付いて、おかしくなる。
俺のところにやってきた小さなゾロが、俺にそっくりな小さなサンジを連れてきた時は、流石に俺も驚いた。そして、それが教えてくれたのが、今隣にいる大きなゾロだ。
剣道の道場で師範をしているゾロに初めて会った時は、それは驚いて、ぎこちなく挨拶などした。そして、どうやって知り合いになろうか、と迷っていたある日、小さな二人を連れていたところに出くわしたのだ。
驚いた事に、ゾロは二人が姿を消していたにもかかわらず、それを見つけた。後々で、子供の頃にも小さな生き物を見た事があると言った事を考えると、そういうものが見える性質があったのだろう。ゾロは驚いた顔でサンジにそれは何かと問い掛けたのだ。
きっかけさえあれば、それを足掛かりにしないわけもなく、やたらに仲の良い小さな二人に負けない程度には、近い位置にいられるようになった。
もう、小さなサンジを羨む事もないのだという事が、かなり嬉しいと思う。小さなゾロは可愛いが、ゾロの方がずっと愛しい。ただ、小さなサンジと己の想い人が如何に素晴らしく愛おしい存在かを主張し合って、決着をつけられずにいるのは仕方のない事だけれど。
「今日は、お仕事に出てる。帰る頃には戻ってきてるんじゃないかな。」
「そうか。」
ゾロは、結構、小さなゾロを気に入っているようだ。時々、剣の話などをして真剣な顔をしている。
普段は丸っこくてほわほわしている小さなゾロも、そんな話をしている時はきりっとした目をしていて、この二人は似ているなと思うのだ。
「今日はいい天気だから、弁当作って外に行こうか。」
二人のゾロの誕生日である今日の為に、小さなサンジと必死にメニューを考えた。
妖精には向かない食べ物があるとかで、小さなゾロの為の食事は小さなサンジが作るのだが、今日のケーキだけは、二人に一つ、大きなホールケーキを作ってある。小さなゾロは甘いものが好きで、普段サンジに止められているから、喜ぶに違いない。たまには許してやらないと、と言ったサンジの表情は、こっちが照れるくらいに優し気で、少々驚かされたものだ。
「ああ、いいな。」
ゾロは楽しそうに笑い、空を見上げた。
「ゾロ!」
どん!とぶつかってきた衝撃に脚を踏ん張って、ゾロは肩にしがみついている小さな自分そっくりの妖精を見つける。
「今日は、お昼から一緒なんだな。」
ゾロに遅れて、ロープで繋がれたサンジが飛んできて、二人は揃ってゾロとサンジの間でぱたぱたと羽ばたいて移動する。
「今日は、天気もいいから、外で飯を食うんだとさ。」
ゾロの言葉を聞いて、小さなゾロはサンジに目をやって、自分も一緒に行けるのだろうかと、視線で問い掛ける。
「皆で行こうな。」
妖精二人との会話は、流石に声を小さくして交わされるのだが、視線が微妙に噛み合っていない事を考えると、周りから見たら、少々不思議な二人連れに見える事だろうと、ゾロは時々思う。サンジがその辺りを気にしている様子はさっぱりないのだけれど。
「透明のお酒持って行く?」
小さなゾロが期待に満ちた目をしてサンジに問い掛け、その様子を小さなサンジがため息まじりで眺める。
丸っこくてぽわぽわしているゾロだが、姿に似合わず大酒飲みである事は周知の事実で、ワインを一瓶空ける事など平気でする。普段は小さなサンジにきつく止められていて、彼等用のグラスに2杯までと決められている為、ゾロは何時でも酒に飢えている。
「ああ。持って行くよ。」
サンジの返答を聞いて、ゾロはキラキラと目を輝かせて己のパートナーを見つめる。
「………あんまり沢山飲むなよ。」
別に、酒が体に悪いという事はないし、飲みたいだけ飲ませてやりたいけれど、そうするとゾロは他の物を食べないし、サンジはいつだってゾロの望みを適えてやりたいという気持ちと、ゾロの体調を心配する気持ちでぐらぐらしている。
だけれど今日は、ゾロの誕生日だ。たまには、許してあげなくてはと思う。
「わかった。」
ぱぁっと、満面に笑顔を浮かべてゾロは頷くと、有り難うの気持ちを表わしてサンジに抱き着く。
なんかこう、恥ずかしいものがあるな…と、ゾロはその二人の様子を見て思う。
妖精というものの特性なのか、二人は自分達の感情を隠したりしない。嬉しい時は嬉しいと、怒っている時は怒っていると、はっきり表に表わす。だから、お互いに好意を表現している時など、姿がそっくりなだけに、どうにも恥ずかしい。しかも、サンジがそれを羨ましそうに見ているから、尚更恥ずかしいのだと思う。
「お前も、あんまり飲み過ぎんなよ。」
笑ってサンジがそう言い、歩調の落ちたゾロの手を引いて歩き出す。
「……飲み過ぎた事なんて、一度もねぇよ。」
この歳で、男に手を引かれて歩くなんて考えた事もなかった。しかもその男が、自分の恋人だなんて、いまだに少し戸惑うような事だ。
初めて会った時、ただすれ違っただけではなくて、自分に会いに来た人間なのだとわかった。そして、時々、自分の周りを掠めて行く小さな生き物に似ている事に気付いた。一体どういう事なんだろうかと戸惑いながら、それでもそれ以降は接点などなくて、あれはなんだったのだろうかと、不思議に思っていた時、二人の妖精を連れている時に会ったのだ。
金色の妖精とそっくりなのは、自分の見間違いではなかったのだと納得するだけの事だったけれど、そこにいたもう一人の妖精には驚いた。自分にそっくりだったのだ。それに気付いたら、声を掛けずにはいられなくて、一度挨拶をしただけだったサンジは、その後あっという間に自分に一番近い人間に落ち着いてしまった。
手を繋いだりするのは勿論、自分に誰かが触れるなんて事はないんじゃないかと思っていたから、それは凄く驚く事で、でも、嬉しいものだった。真直ぐ自分だけに向く好意は、とても心地が良かった。
だから、自分は、この手と同じような安心感を、サンジに返せているんだろうかと、時々思う。
「ゾロ?」
どうかした? と伺うように名前を呼ばれて、じっと見つめていた繋いだ手から視線を上げて、サンジを見返して、手を握り返す。
「……なんでもない。」
そう答えれば、サンジはにこりと笑って頷いて足を止める。
手を引いて歩くんじゃなく、手を繋いで歩くのがいいんだと、サンジがいつも言うのを思い出して、止まったサンジの隣に立つと、サンジはまた歩き始める。
「悪くないな。」
自分は妖精達と違って素直ではないけれど、ほんの少しでも、サンジに伝わればいいと思う。
「だろう?」
得意げに笑うから、きっとサンジにはわかっているんだと思った。
「……悪くない。」
くくっと喉で笑うサンジが、何故だかとても嬉しかった。
妖精さん再び。いつのまにか、大きなロロノアさんも。
1万のリクエストありますか〜、と日記で書いたらやってきた、水崎冬麻さまからのリクエスト。4人揃ってピクニックで仲良しな大小剣士とか…などなど…色々あったんですが、ピクニックへ行くまでのお話になっております。
妖精さんはラブラブに。大きい人達もどうやらかなりのいちゃつきぶりです。やっぱりほら、お互いちゃんと好きあってないとね。と、思います。