今日は船長の誕生日。
サニー号では普段ならば用意しない程の大量の料理と大量の酒を用意して、その日はまだ陽の傾かない内から甲板で宴が行われました。
「流石に残るんじゃねぇかと思ったけどなぁ」
屍累々、という言葉を連想させるように、甲板の隅で転がっている船員たちを見ながら、サンジはぽつりと呟きます。
「ルフィが残すわけねぇだろ」
隣で同じ光景を見ているゾロはそう言って笑い、ワインの瓶に口をつけます。
宴の最中、ルフィはウソップやチョッパーと揃ってはしゃぎ回り、口一杯に料理を頬張っては美味い美味いと声を上げて、サンジを喜ばせましたが、ゾロはそれを見ながら酒を飲むのが優先でした。
勿論、そんなゾロの為にサンジは先日立ち寄った港で沢山の酒を手に入れたのですから、それに否やはありません。
「そうだけどな」
料理人としては、自分の作った料理が欠片も残らず平らげられる事は喜びですが、まだ足りなかったかと思うところでもあるのです。
「残すのなんて勿体ないんだろ」
サンジは自分を一流の料理人だと思っています。この船の皆もそう思ってはいますが、それで満足する事ができないのがサンジです。
皆の為に、できる事を最大限にしたいのです。
そんなサンジをゾロはおかしく思うのですが、そうとサンジに言った事はありません。
上へ、上へと望むのはゾロも同じです。ゾロだけでなく、この船に乗る皆がそう思っている事でしょう。
「それ、気に入ったか?」
サンジは思考を切り替えたのか、ゾロの手元の瓶を指差して問いかけます。
「おう。なかなかいいな」
ゾロは酒好きで量を飲む為、普段はあまりいい酒を飲ませてもらえません。ですが、月に一度だけ、美味しい特別な酒を飲ませてもらえる日があるのです。
それが、今月では今日でした。
「そっか」
サンジは満足そうに頷いてから、にやりと笑います。ゾロはその表情を見て、小さく息をつきました。
「まだ飲み足りねぇ」
月に一度の事ですから、サンジが用意したもの全てを飲まなくては意味がありません。そして、普段ならば渋るサンジも、今日ばかりは何も言わないのです。
「じゃ、持って来てやるよ」
むしろそう言って、ゾロが早く満足したと言うようにと、甲斐甲斐しく世話を焼きます。
軽い足取りで食料庫へ向って行くサンジの背中を見ながら、ゾロは小さく息をつきます。
別に、その事に不満があるわけではないのです。けれど、少し納得いかないのも事実なのですから、そのため息は仕方のない事なのです。
「いいけどよ…」
視線の先には大きく膨れ上がった腹を上にして寝ているルフィがいます。その横にはチョッパーが寝ていて、少し離れたところにはウソップが寝ています。
フランキーもブルックもそれぞれ転がって眠っていますが、ナミとロビンは先程自室に戻って行きました。
ここで飲むのも終わりにするかと決心して、ゾロは見張り代へと登る事にします。
今日は特別な日ですから、このままここにいるのは得策ではないのです。
「黙って移動するなよな」
ワインの瓶を抱えたサンジはそう言って、見張り台のゾロの元へやってきました。
「あそこにいるわけにもいかねぇだろうが」
「そりゃそうだ」
言いながら、サンジはゾロの手にワインを渡すと、外へ目をやります。
「平和、平和」
ここで敵襲などあっては、サンジにとってかなりガッカリな事ですが、何よりこの船の現状では危険きわまりない事です。
「暫く見張ってろよ」
ゾロはそう言って、ワインを呷ります。
どうやら、今日ゾロに許されているのはあと3本となったようです。これではさして時間もかからないだろうと思うと、ゾロの気持ちは複雑です。
サンジの背中は早くゾロがワインの瓶を空にしないかとの期待に溢れています。
ゾロは美味しいワインを時間をかけて飲むという習慣がありません。美味しいものはあっという間になくなってしまうのです。
多分それも、ゾロの性質をよく知っているサンジの策略なのですが、そんな事はどうする事もできません。
格段に美味しいものになっているワインをあっという間にゾロは飲み干し、サンジはそれを確認してにやりと笑いました。
「ごちそうさま?」
「…ごちそうさま」
ゾロが複雑な感情を浮かべてそう返せば、サンジはゾロの元へやって来て笑います。
「いただきます」
本当に嫌な男だ。とゾロはいつもこの時に思いますが、それはやはり口にはしません。そんな事を言っても、サンジを喜ばせるだけだからです。
「どうぞ」
ゾロはそう返して着ているシャツを脱ぎ捨てます。そこまでがゾロの準備で、あとはサンジが好きにする事になっているからです。
サンジは嬉しそうに笑うと、ゾロの首筋に噛み付きます。それはいつものサンジの手順ですが、ゾロはそれが好きではありません。それでも全部我慢です。
だってゾロはサンジの用意した酒を全部飲んでしまって、ごちそうさまと言いましたから、仕方のない事なのです。
「ゾロ」
満足そうに名前を呼ぶサンジを見上げて、ゾロは小さく息をつきました。
月に一度の特別な日には、ゾロは満足するまでおいしいお酒を飲みます。
そして、満足したゾロは、サンジが満足するまで自分を好きにさせるのが決まり事です。
どうしてそんな約束をしてしまったのか、ゾロはその次の朝に、いつもいつも思うのですが、それをなかった事にしようとは、いつも提案できないのです。
それが、美味しいお酒が飲みたいから、というだけの理由ではない事を、ゾロはきちんと理解しているのです。
結局のところ、何かの理由がなくては、箍の外れた事などできないサンジの為には、ゾロが折れるしかないということなのです。
はぁ、と深くため息をついて、ゾロは一人っきりの見張り台で緩く頭を振りました。
サンジとゾロの12カ月。というのを可愛い感じで書いてよ。
と言われたので、とりあえず5月を書きました。
1年間、こういう感じで酒とごにょごにょ…な人たちのお話しになる様子。
正直、あんまり考えてないので、どうなるか謎ですけど、まぁ、あまり期待せずに待っていて下さい。(2010.5.5)