「誕生日ってのは、そいつが産まれてきた事に、感謝をする日だ。」
言い切ったサンジを、ゾロはうさん臭いものを見るように見返した。
明日はゾロの誕生日だから、それを祝うのだと、夕食の席で知らされたゾロは、何もする必要はないと訴えたところだった。ただ、その夕食の席には、ゾロの他にはサンジしかおらず、ゾロはそれを決定事項として伝えられたに過ぎず、更に、今更断る事はできないのだと言い切られている。
それを不服そうにしていると、サンジがテーブルまで戻ってきて向いに座ると、そう言ったのだった。
「なんだ。それ。」
初めて聞いた、と、ゾロは呆れたように呟いた。
「この世の常識だ。流石、剣術馬鹿はものを知らねぇな。」
正面きって言い切られた言葉は、ゾロには腹立たしい事この上ないものではあったが、そうまで自信を持って言い切られると、自分が知らないだけの事なのだろうかと、半ば信用してしまうのが、ゾロの単純な部分である。
「……だったら、俺を祝ったって意味ねぇじゃねぇか。俺が産まれたのは、俺のおふくろが俺を産んだからだろう。」
「ここに、お前のお母さまはいらっしゃらないだろう。」
「いたら祝うのかよ。」
話が逸れたな…と、サンジは思いながら、向いで膨れっ面を曝しているゾロを眺めた。
サンジがしたかったのは、明日は祝ってやるから、何か食べたいものはないのか。という質問だったのだ。ついでに、誕生日の思い出なんてものでも聞けたら楽しいだろう、とも思ったのだが、話はそこまで進まずにあっさり蹴躓いている。
「お前の誕生日にお前のお母さまを祝ってどうするんだ。」
「だから」
「俺が祝いてぇんだから、お前は祝われてればいいんだよ!」
これ以上、がたがた抜かすんじゃねぇ。と、サンジは言い切り、ゾロは続けようとしていた言葉を飲み込んだ。
「嫌でも、黙って嬉しそうな顔して祝われるのが、明日のお前の使命だ。」
「………」
「だから、明日食いたい物を言え。」
どうして、サンジはさっきから自分に命令をするのだろうか、と、ゾロはぼんやり思った。
別に、誕生日だから祝われるのが嫌だってわけじゃない。暫く遠ざかっていた事だから、別になくてもいいと思っただけで、どうあっても祝われたくないなんて事は言っていないはずだ。それに、いいとは言ったけれど、祝ってくれるならそれなりに嬉しいのも確かだ。あとは、ちょっとばかり恥ずかしいというところか。
「食いたい物…」
特にない。なんて言ったら、きっとサンジは怒るんだろうと、ゾロは何かないかと、昔祝われていた頃の事を必死に思い返した。
「なんか、ねぇのかよ。誕生日の時、必ず食卓に上がってた物とか。」
ゾロにだって、祝ってもらっていた記憶があるはずだと、サンジは考え込んでいる風のゾロを眺める。
ゾロが自分の過去の話をする事は殆どない。子供の頃の話も、海に出た後の話も。ゾロは元々それ程話をする人間ではないから、こんな時にでもなければ、過去の話など聞けるわけもないのだ。
「……ちらし寿司と……茶わん蒸し…か?」
聞いた事もないメニューを口にするゾロに、サンジは動きを止めた。
ゾロはこれまで、食べたい物を主張した事が殆どない。ないからこそ、明日は絶対に、ゾロの食べたい物を用意してみせると意気込んでいたサンジにとって、これは想像の外の事だった。
「あと……ケーキ…」
最後の一つは知っているが、それは誕生日ケーキなる物であろうから、食事に用意する物ではない。
「ケーキって、どんなの?」
食事に用意するものではないが、『チラシズシ』とか『チャワンムシ』とかいうものは、準備もできそうにないから、せめてケーキくらいは、ゾロの好きなものを用意しなくてはと、サンジはそこに食い下がる事に決めた。
明日はゾロの誕生日なのだ。ここで、喜ばせる事ができなくてどうするのかと、サンジは思う。こんな時位しか、自分の株がゾロの中で上がる時なんてないだろう。本当ならば、聞かずとも望みの物を。というのが理想だが、聞かなくては望み通りのものが用意できないような、微妙な関係なのだから、聞かずにはいられない。こうして、小さな段を積み上げていくのが、今のサンジの精一杯だ。
「生クリームと、苺の乗ったやつ。真ん中に蜜柑と桃が挟んであって……」
ゾロは少し楽しそうな表情で説明をし、サンジはそのシンプルさに驚きつつも、微笑ましく感じて思わず笑みが浮かぶ。きっと、その頃のゾロは、随分可愛らしく喜んでみせたのだろうと思う。
「それって、やっぱり、お母さまが作ってくれるのか?」
「おぅ。」
ゾロはこっくりと頷き、サンジは考えていたケーキに頭の中で変更を入れる。
「いつもそれ?」
「焦げたチョコケーキの時もあった。」
「……焦げた?」
どんなだろう、と思い問いかけると、ゾロは頷き、苦笑を浮かべる。
「チョコクリームのじゃなくて、チョコレートの生地の固いケーキあるじゃねぇか。上に砂糖振ってあるやつ。」
「ああ。クラシックショコラ。」
もしかして、ゾロはケーキが好きなんだろうか。と思う程に、ゾロの表情は楽しそうで、サンジは驚かずにはいられなかった。これまで、多分あまり好きじゃないんだろうという先入観を持っていたから、ゾロへのおやつの分け前は少なめにしていたのだが、次からは少し増やしてみようかと思う。
「あれを、なんかの本で見たんだろうけど、必死に作ってた。けど、結局、焦げたような味がしてさ。」
でも、珍しくて皆で食べたけど。と、ゾロは笑った。
「それも、お母さまが?」
「その、お母さまって、なんとかなんねぇ?」
「お母君か?」
「………もういい。」
チッと舌打ちをしてゾロはため息をつき、サンジは苦笑を浮かべた。
「ゾロをこの世に産んで下さった方を、お母さまと呼ばずになんて呼ぶんだよ。」
ゾロは更に大きくため息をつき、サンジはその頭を撫でてやる。
誕生日は、感謝をする為の日だと言ったのは、サンジにとっては正直な気持ちで、ゾロがここにいる事は嬉しいし、自分がここにいられる事も嬉しい。だから、そのゾロを産んでくれた人達も、サンジにとっては感謝の対象だ。
「じゃ、明日は、両方作ってやるよ。」
サンジの手を鬱陶しげに払おうとしていたゾロは、その言葉に動きを止めて、目線を上げてサンジの表情を伺った。
「チラシズシとやらは、作ってやれねぇから。」
今度、勉強しとく。と言ってやれば、ゾロは嬉しそうに笑った。
「お前、ケーキ好きなの?」
「あんま、食った事なかったし。」
時折、ゾロがケーキを前にして、じっとそれを見つめていたのは、そういう事だったのかと、サンジはやっと理解した。嫌いだから、吟味しているのかと思っていたのだが、初めて見るから観察していたとは驚きだった。
「そうなの?」
「誕生日くらいしか、ケーキなんか食わねぇ。」
あと、手土産に貰った時くらい。とゾロは答え、サンジは食文化の違いをしみじみと感じた。
サンジにとって、食事の後にデザートを用意するのは当然の事で、この船でも当然のようにそうしてきたのだが、そうでない場所があるとは驚きだった。
「おやつにケーキ食ったりしねぇの?」
問いかければゾロはこっくりと頷き、やっとサンジの手を払い除けた。
「特別な食い物なんだな。」
鍛練を終えて水を飲みに来たゾロが、そこでデザートの用意をしている自分の手元をじっと眺めていた事があるのを、サンジは不思議に思っていたのだが、滅多に食べた事のないものが目の前で作られていれば、興味を持ってもおかしくはないことかもしれない。
何にも興味がなさそうに見えるけれど、ゾロは意外に色んなものに目を向けていたりする。それが、動くものだったりする事が多いのは、ルフィと同じで笑えるのだが、好奇心は意外に強いように思える。
「毎日食ってたら、有り難みがねぇだろ。」
「まぁ…な。」
だから、誕生日だとか特別な行事の日には、いつもより豪華なものを用意するわけで、サンジにとってはそれが有り難みなのだが、ゾロにとってはそれがあることが有り難みなのかと、慎ましやかなものだな、とそんな事を考える。
「じゃ、明日は楽しみにしてろよ。有り難くて平伏したくなるようなの用意してやるから。」
にやりと笑ってそう言えば、ゾロは暫くぽかん、とした表情を浮かべてサンジを見返し、それからいつものように鼻で笑って下さった。
そうして、椅子から立ち上がり、ゾロは空になった皿を持ち上げてシンクへ足を向ける。
「ケーキ以外に、食いたいものは?」
そっと皿を水に浸けているゾロの動きのぎこちなさを、笑みを浮かべて眺めつつ、サンジは再度問い掛けた。
「お前の飯。」
くるりと振り返ったゾロはサンジを見据えてそう言い、そのままキッチンを後にした。
お誕生日前日に、お誕生日前日のお話をアップする。のが、多い気がする。
私の書く人々は、皆が皆、甘いものを嬉しそうに食べます。なので、当然、ゾロも甘い物好きです。しかも、ゾロの事は日本の庶民だと思っているので、食生活もすっかり日本人。サンジは洋食屋さんのお子さんだから、茶碗蒸しと言われてもわかるまい。と思う。ギンに出してたのは、チャーハンじゃなくてピラフじゃないんだろうか? と、思ってたりする。チャーハンなのかな…(2003.11.10)