愛しい子供



「ゾロ、機嫌直せって。な?」
 いつもよりちょっといい酒と、気に入りのつまみを用意してやって、縋るような声でそう言っても、ゾロの表情は変わらず、ぷい、とそっぽを向いてみせる。
 口をヘの字に引き結んで、頬をぷくりと膨らませて、『俺は怒ってるんだぞ』と主張するその様子が、サンジには愛しくて堪らない。
 普段のゾロなら、こんな顔をする事なんて絶対になくて、ウソップにもナミにも、勿論、ルフィにも大人びた顔しか見せない。それが、自分と二人でいる時だけ、こんな子供のような顔をしてみせるのだから、嬉しくないわけがない。
「ゾロ、ほら、空豆好きだろ?」
 塩茹でした空豆の皮を剥いてやって、口元に差し出してやると、ゾロはくるりと背中を向けてそれを拒否する。
 俺は怒っているんだから、お前は必死に俺の機嫌を取れ!
 と言っているのも同然のその行動に、思わず笑みが浮かびそうになるのを、必死に堪えるのは至難の技だけれど、ここで笑ったりしたら、ゾロの機嫌が直るのが何時になるか予想もつかなくなってしまう。
「だって、お前寝てただろ?」
 今日の不機嫌は、どうやらいつもより少々深い様子だ。背中を向けたゾロを後ろから抱き込むようにしてそう話しかけても、嫌がるように腕から抜け出そうともがく。
「俺は、ちゃんと取っておいたんだぞ。」
 それでも、ゾロが本気で逃げようとしていないのは、ちょっと腕に力を込めただけで大人しくなってしまうので見て取れて、宥めるように腕を撫でれば、小さな声で反論が返ってくる。
「でも、なかった。」
 今日のおやつは、チョコレートチップとナッツの入ったクッキーだった。
 ゾロはサンジがそれを作るのを見ていて、焼きに入るのを見てから、甲板へ出ていった。
 ゾロは、おやつの時間がお気に入りだ。甘い物でも辛い物でも、とにかく、その時間がお気に入りらしい。昼寝をしていても、おやつの時間に遅れてくる事は殆どない。
 ただ、あまり嬉しそうな顔を見せないから、サンジ以外の仲間達は、それに気付いてはいないような雰囲気ではある。
 だからこそ、今日のおやつの時間を寝過ごしてしまったゾロのクッキーは、夕食後にサンジがキッチンを離れた隙に、欠食児童の腹に納まって、姿を消してしまったのだ。
 他の皆が寝静まってから、いつものようにキッチンを訪れたゾロは、夕食の時間にはあったクッキーの皿がなくなっているのを見つけて、一気に不機嫌になってしまった。
 癇癪を起こして暴れ回る事はないが、自分が怒っているのだと言葉にせずに主張するのが、子供のようでサンジには微笑ましく感じてしまうところなのだが、ゾロはそんな事を狙ってそうしているわけでもなく、ごくごく普通に、自分の不機嫌を表わしているだけのようだ。
「ごめん。」
 他の誰にもこんな顔は見せないゾロが、自分にだけ甘えるように我侭を言ったりするのは、サンジにとっては嬉しい事だ。自分が特別だという事がわかるから、もっと我侭を言ってくれてもいいと思う事だってあるし、こんな顔を見せてくれるのなら、もう、何だってしてあげようじゃないかとすら思える。
 こういう時は、自分がゾロより半年だけでも先に生まれてきたのを感謝する気になる。昼間、ルフィにじゃれつかれて構ってやっている姿を見る時などは、自分も年下だったらな…と思わなくもないのだが、これはそれ以上の良い気分だ。
「明日、また作ってやるよ。明日はゾロにだけ。な?」
 だから、機嫌直してこっち見てよ。と、下手に出て提案すれば、子供みたいな事をしながら、子供扱いされる事が嫌いなゾロは、ため息まじりで小さく頷いてみせる。
「仕方ねぇから、許してやる。」
 そんな事を言いながら、嬉しそうな顔をするから、頭を撫でて顔中にキスしてやりたいくらいに愛しいと思ってしまうのに、機嫌を直したゾロは、あっさりテーブルの上の酒に気を反らして、腕が邪魔だと、サンジの手を叩くのだ。
「俺にも一杯頂戴よ。」
 瓶に口を付けようとするゾロにそう言えば、ちぇっ、と舌打ちを一つして、ゾロは脇のグラスに半分だけ、透明の酒を注いでくれた。
 
 
 
 
 
 キッチンの窓から見える光景に、サンジは少々落ち着かない気分になる。
 サンジが初めてこの船に乗って以降、サンジより年上のクルーが増える事はなかった。ゾロは相変わらずサンジにだけ子供のような顔を見せていたのに、先日やってきたずっと年上の女性であるロビンは、最近ゾロと仲良しだ。時々、鍛練を終えて休んでいるゾロに何か話しかけている。
 最初、彼女が船にやってきた時、サンジはかなり焦った。ゾロが自分を特別だと思っていてくれるのはわかっていたけれど、それでもやはり、甘えた顔をしてくれるのは、それだけが理由じゃないかもしれないと思ってもいたのだ。
 そんなサンジの焦りも知らず、ゾロは彼女に警戒心を露にして、サンジにそれを伝える事もあった。それを宥めてやるのも、サンジにとっては幸せな時間だったけれど、本当に彼女に懐いてしまうとそれはそれで心配なのだ。
「何話してんだろ…」
 彼女が笑みを絶やす事は殆どないから、本当に彼女がそれを楽しんでいるかというのはまだ判断が難しいけれど、ゾロがそれを嫌がっていない事はわかる。
 だから、サンジはキッチンに籠っていなくてはいけない事に焦るのだ。
 もっと傍に置いて、可愛がりたいのに、それもままならない。でも、そのゾロの為に料理をするのは楽しい事だし、手を抜きたくはない。
 ゾロがキッチンに来てくれれば、どちらも一緒にできていいのに、と思うけれど、ゾロにはゾロの目標があって、異常な程の鍛練は大切な事だからやめさせるなんてもってのほかだし、昼寝は日向でした方が気持ちいいというのもわかるから、わざわざ風の通らないキッチンに来いと言うのも憚られる。
 捏ねていたパン種をテーブルに叩き付け、サンジは大きくため息をついた。
 
 
 
 
「最近、なんで甲板で皮剥きしねぇんだ?」
 もくもくと揚げたじゃがいもを食べながら、ゾロがそう問いかけるのを聞いて、サンジは首を傾げる。
「……なんで、って…」
 お前、寝てたからそれ知らないはずじゃねぇの? とも言えずに答えに詰まっていると、ゾロは首を傾げた。
「凭れるもんがねぇと、寝難いんだけど。」
 だってお前、いつも結局、逆に倒れ込んでいっちまうじゃねぇか。俺が何回、引き寄せると思ってんの?
「…………だって、お前、」
 何と答えればいいのかわからずにいると、ゾロは不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、ぷくりと頬を膨らませる。
「腕が疲れるんだぜ。」
 そう言えば、ゾロは更に膨れて、最近見ていない、可愛いお子様が姿を見せる。
 なんでこんな奴が可愛いなんて思えるんだろうと、何度か自問したけれど、答えはやっぱり何時だって一緒だ。
「だからさ、今度は膝貸してやるから。」
 なんでだって、可愛いと思えてしまうんだから仕方がない。
 ぷくりと膨れた頬も可愛いけれど、それが笑う顔が、何より一番可愛いのだ。

 
 

8000HTIが踏み逃げで、7999を踏んだと申請して下さった、らんさんからのリクエスト。
『他の誰にも甘えないクールなゾロが、サンジにだけ甘える。
大人の余裕で甘やかすサンジ。ついでにそれをナミさんあたりに見られてしまったり。』
最後の一つがクリアされてませんね…と、今になって気付きました。どうやら、見ないふりをしてたような気配…
こんなでいかがでしょうか?
子供みたいなゾロってのも、書いてて楽しいです。

(2004.10.10)



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