「ゾロ」 そう呼びかけられて、その響きの持つ波長を覚える。
ふわりと暖かいような、穏やかな声だ。
「サンジ」
同じように聞こえるようにと、自分の声もその波長に乗せれば、サンジは嬉しそうに笑い、ゾロは自分の行動の成功に満足する。
ゾロがサンジの元に来てから、今日で2週間が過ぎる。その間に、何度サンジがゾロを呼んだのかを数えられなくなった。
ロボットの名前を呼ばない所有者もいるという現状で、毎日毎日、何度も何度も名前を呼ぶサンジは珍しい人間だとゾロは思う。けれど、それはゾロにとっては嬉しい事だ。自分がきちんと主に認めてもらっているようで、きっと役に立とうと決意も毎日している程に。
「ちょっとお茶にしようと思ってさ。」
そう言って、サンジはキッチンでコーヒーを煎れて、ゾロの座っていたソファにやってくる。
サンジはゾロにとっては理想的な主だ。無茶は言わないし、いつも暖かく対応してくれる。家事労働の為にいるゾロに料理をさせてくれないのは、少し不満のあるところだが、主の望む事を否定する事などロボットのゾロには有り得ない選択肢だから、口に出す事はないし、気にしない事にしている。
「仕事は順調なのか?」
主であるサンジに対して、ゾロの口調は砕けている。人格設定が、主と限りなく対等に近い対応をするようになされているから、そんな口調になるのだが、これもかなり珍しい事だろう。
「まぁね」
まだ2週間しか経っていないのでは、サンジの状態を正しく量る事は難しい。けれど、体温や顔色などに不調は現れていないから、本当に一休みに来ただけなのだと理解する。
そんな時に、自分の側にいようとしてくれるなんて、サンジは変わっているとゾロは思う。そして、サンジはどれ程ゾロのモデルである人形を大切に思っていたのかと思う。
サンジがゾロを呼ぶ声は、いつだって優しい。ゾロはサンジから怒りを感じた事がまだない。掃除の際にうっかり雑誌を破ってしまった時だって、サンジの差し出した皿を取り落とした時だって、サンジは一度も怒ったりはしなかった。むしろ、それを詫びるゾロをなだめるばかりで、そんな時の声は本当に柔らかだ。
ゾロはサンジが初めての所有者だが、一般的な人間のロボットに対する行動を知識としては持っている。だから、サンジが特別なのだという事はよくわかるのだ。
だから、サンジの優しさをサンジに返したいと思う。本当にサンジが求めているのが自分ではないのだとしても、出来る限り、精一杯サンジの為に働きたい。ほんの2週間のことだけれど、ゾロは何度だってそう考えるようになった。
サンジが自分に呼びかけてくれる声のパターンを覚えて、同じように彼に返す。
疲れているのならば、労るように。楽しんでいるのなら、更に楽しくなるように。
サンジが気持ちよく毎日を過ごせるように。サンジのくれるものは何一つ見落とさず、何一つ取りこぼさないように。幾つもの記録を作る。
「後から、ゲームをしよう。」
サンジがそう言ってゾロに持ちかけて来るのは、単純なボードゲームだ。白と黒のコマを使って、自分のコマの色を増やしていくだけの、古くからあるゲームの一つ。ゾロにはその知識が備わっていなかったが、サンジに教えられてからは着実にレベルは上がっている。ロボットであるゾロにとっては、先の展開を読めば勝利できる可能性は上がるのだが、サンジの出した条件により、長考する余裕がない為、今はやっとサンジのレベルに並んできたというところだ。情報が揃えば、スムーズな思考が可能になるだろうから、サンジに常勝するという日も来るかもしれないという予測は出来ているが、そうしていいものかどうかは今はまだ謎だ。
「あんなゲームがあるのは知らなかった。」
「俺も、最近知ったんだ。昔のゲームの事なんて、あんまり知られてないからね。」
「単純だけれど、奥が深い。」
自分のコマで相手のコマを挟んで自分のコマにする。如何に相手の手を封じて自分の手数を増やすのかも重要だ。初めての時など、全部のボードが埋まらないうちにゾロのコマの色はなくなってしまった。その時のサンジの得意げな顔は忘れられない。
「反射神経で動くようなゲームとはまるで違うからね。もっと複雑なボードゲームもあるらしいけど、これでも十分楽しいと思うよ。」
多分、サンジなりのゾロへの気遣いだと思うその毎晩のゲーム対戦は、ゾロにとってもサンジにとっても満足できる結果を産んでいるのだと思う。
ゲームをしながら、サンジはその日に手に入れた知識について話をしたり、ニュースについての意見を教えてくれる。ゾロにとっては、サンジの考え方や意見を知る事が出来る、とても貴重な時間なのだ。
「こういうゲームが消えかけているって、本当は勿体ない事のような気がするな。」
性格が出るからね。とサンジは笑い、その表情をゾロはじっと見つめる。
ずっと、この笑顔が見ていられたらいい。サンジはそう思わせる主だ。だから、自分はサンジの役に立たなくては。そう思う。
サンジがゾロがいてくれてよかったと言ってくれるように、サンジのくれるものは全部、サンジに返そうと思った。
7万HITリクの2つ目。『ヒトとヒトガタとキカイ』の救済措置を。というリクエストでした。
救済されたかどうかは自信がないのですが、出会って間もない頃のお話です。
お互いに、ずっと先まで上手くやっていこうという気持ちの頃。この8カ月後にはゾロはもういないという事になるのですが、二人とも、そんな事になるなんて知る由もない。
このシリーズは「悲しい話を書くぞ」という意図の元作られているわけで、悲しいお話が残念…と言って下さるのを、申し訳ないなと思ったりしながら、それはそれで意図した通りで良かったというべきか…とか色々考えました。
なので、救済措置で幸せな話を書きますと言った割に、やっぱりどこか暗くなってしまうのでした。
リクエストありがとうございました。
(2009.9.21)