告白



 ぽかん、とした表情を浮かべたゾロは、じわじわと不機嫌そうな表情に変わっていった。
 眉間にどんどん皺が寄って、目つきが見る間に悪くなっていく。
 そして、思いきりこちらを睨み付けてから、またじわじわと不可解そうな表情へと移行していく。
「……ゾロ?」
 俺は、この状況をどう受け取ればいいんでしょう。
 その疑問を込めて名前を呼べば、ゾロはちょっとおかしなものでも見るような顔で、こちらを見返した。
「……欲求不満なのか?」
 そのゾロからの質問は、この状況において、かなり真っ当な反応だと、俺は思った。
「違うとは言えねぇけど。それだけでもねぇな。」
 答えれば、ゾロは増々怪訝そうな顔をして俺を見返し、ちょっと俺から距離を取った。
「それ、傷付く。」
 寄るな。っていう拒否と同じ意味の行動だと思ってそう言えば、ゾロは困ったように離れた距離を戻した。
 と言っても、距離にして半歩ってところだが。
「正気は間違いねぇな。」
「おう。」
 請け負えば、ゾロはため息を一つついた。
 俺は、先程、かねてよりの気掛かりを口にした。
 曰く、『好きだ。やろう』。
 何の嘘もなく、この上なく真剣で本気だった。
「今まで、散々ナミ達を褒めちぎってたのは何だ?」
 そこはまず指摘されるだろうと思っていたところで、これまた読み通りではあるけれど、何と言うか、全く自分の気持ちは伝わっていなかったわけだと思えば、悲しいと言えなくもない状況だ。
「あれは、仕事。」
 この船に乗る二人の女性。彼女達の為に言葉を尽くす事も、特別な料理を用意する事も、それは男としての自分の仕事だ。
 須らく、男と言う生き物は、女性を褒め讃え、それに仕えなくてはならない。
 それが、俺の育った場所での常識だった。
「仕事?」
「男と生まれたからには、女性を褒めたたえるのは重要な仕事だ。」
 言い切ると、ゾロは俺を冷たい目で見て、鼻で笑ってくれた。
 あまりに彼らしく、堪らなくそそられるそれに、やっぱりこいつでなくてはと思う。
「そんな話、聞いた事もねぇ。」
「女子供は守るべきものだ、ってお前だって言うじゃねぇか。」
 そう返せば、ゾロはムッとした顔で小さく頷いてみせた。
 ただ、俺はそこに男の子供は含まれず、美辞麗句が付け足されるだけの事だ。
「お前は、仕事でああまでできるわけか?」
 普段の行動を顧みれば、ゾロが俺の言い分を信じ切れない気持ちもわからないではない。
 だが、大袈裟に彼女達に対応してはいるからこそ、それが作り物めいて見えないのかと、ゾロの判断にも疑問を感じる。
「勿論、ナミさん達はそこらの女の子達と比べても、頭もいいし、可愛らしいし、仕事とは言えかなり気持ちも入ってるとは言えなくはねぇがな。」
「そら、見ろ。」
 ゾロはやっぱりそうだ、と呆れたように俺を見返し、俺はため息をついて首を振った。
「いいか、確かに、彼女達は素晴らしい女性だと思う。嘘で毎日あんな事言ってるわけじゃねぇし、本気でちゃんと褒めてるさ。でも、それだけの事だ。」
 ゾロはそれを聞いて、嫌そうな顔をした。でも、ここで引くわけには行かないだろう。俺だって、覚悟を決めてここにいるのだ。
「俺だって、女性を見れば綺麗だと思うし、可愛らしいとも思うけど、やっぱり、何か違うんだ。」
 ゾロは凄く聞きたくない事を聞かされているのだという顔で、それでも俺の言葉を遮ろうとはせずに、じっとそれを聞いていた。
 子供の頃から、あまり身の回りに女性の姿はなかった。身を置いている世界はほぼ男で構成されていたし、同じ年頃の少女なんて言うものは近くにはいなかった。
 あの事件があって、バラティエを作り、そこでの生活が始まってからも、やはり周りは男ばかりだった。
 料理人の世界は、やはり未だに男の方が圧倒的に多く、バラティエのような特殊な店に、わざわざやってくる女性料理人など、いるわけもなかったのだ。
 それでも別に、その頃から男に興味があったと言うわけでもない。自分の周りには『料理』があって、他はあまり重要でもなかったのだと思う。
 だけれど、幼い頃から聞かされた男としての仕事というのは覚えているもので、女性と見れば声を掛けて褒め讃えることは忘れなかった。
 むさ苦しい男の中で、自分の容姿が整っていると判断されておかしくないと気付いたのは、女性達から艶のある対応を返された時だった。
 14かそこらの男にとってみれば、艶事なんてのはやっぱり気になる事だったし、誘われて断るなんて考えはしなかった。だから、初めての相手は女だ。普通に気分良く過ごしたと思う。
 だけれど、その相手と次に会った時でも、自分がその行為を思い出す事も、求める事もなかった。ただ、いつものように彼女を褒めそやして、誘いがないから誘う事もなく、どこか不機嫌そうな彼女を不思議な気持ちで眺めただけだった。
 そんな頃に、一人、やけに目を引く人間が店に現れた。
 自分の隣で嬉しそうにはしゃぐ女を不思議そうな顔で眺めて、ため息まじりの彼は、俺に目をやって、微かに笑った。
 連れの女性に声を掛けながら、その笑みの意味を考えたり、様子を見れば必ず目が合う事にも驚き、給仕もかなりおかしな状況になった程で、自分が不思議で仕方がなかった
 連れの女性は気持ち良く食事をし、酒を飲んで楽しそうに笑い、彼はそれを見て苦笑を浮かべながら、俺にも笑みを向けた。
 結局、連れの女性は酒に酔って足元も覚束なくなり、船へ二人で彼女を運び、眠る彼女の横で事に及んだ。
 わけのわからない興奮状態だったと思う。バラティエへ戻る時には、また会いたいと思ったし、そう言われて気持ちは踊った。それがおかしな事だとは、少しも思わなかった。
 それをきっかけに、自分の気持ちが動く相手と言うのが、着飾った女性達ではないのだという事に気付いた。
 流石に、それが世間的に後ろめたい事だというのも、相手の様子でわかったし、自分でも戸惑わないわけではなかったけれど、それを否定するのも違うだろうとは思った。
「お前を見た時は、物凄く目が惹き付けられて、言う事もする事も気になって仕方なかったし、もっと近くで眺めたいとか、触ってみてェとか、舐めてみてェとか、どんどん気持ちがのめり込んでくんだよ。」
 ゾロは、引きつった顔で滔々と話し続ける俺を見返し、一歩後ろへ下がった。
 傷付かなくもないが、仕方の無い反応かもしれないとも思う。いきなり、舐めたいとか言われたら、そりゃ引くのもわかる。ごくごく普通の反応だと思う。
 勿論、俺だって、男なら誰でもいいってわけじゃねぇ。へろへろした優男は趣味じゃねぇし、あんまりごつすぎるのもよろしくない。女っぽいのなんかは全く興味がねぇ。気味が悪いくらいだ。
 ゾロは、行動も言動も真直ぐでそりゃぁいい男だ。最初に目を引かれたのは容姿だが、言い分も、あの戦いも、何もかもが俺を惹き付けて仕方がない。
 これを落とさなくてどうするつもりだ。って思わずにはいられなかった。
「お前、そっちの人間か?」
 そっちってどっちよ。なんて質問はするだけ無駄で、苦笑を浮かべて頷けば、ゾロは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「いや……まて……」
 ぶつぶつと何事かを呟くその姿に近付けば、ゾロは顔を上げて慌てたように座ったままで後ろへ下がった。
「冗談、じゃねぇ……のか?」
 未だに信じ切れないらしいゾロは、最後の望みでもかけるようにそう問い掛けた。
「お前に惚れてる。」
「…………待て。」
 間を詰めて、甲板の端まで追い詰めれば、ゾロは逃げ場を探すようにきょろきょろと視線を動かして、俺を宥めようと手を伸ばして、止まれと示す。
「だからって、いきなり、やろうとか言うか?」
 かなり困っている様子のゾロの手を取れば、しまった、という表情を浮かべて、俺を凝視してくる。
「俺だって、結構我慢したんだぜ?」
「我慢しなけりゃ、犯罪者だろ。」
 ごもっともなご意見だが、だからって手を離してやる気にもならず、間を詰めれば、ゾロは刀に手を伸ばそうとする。
「……そんなに嫌か?」
「お前だったら、いきなりこんな展開で喜ぶのかよ。」
 そりゃまぁ、俺は押し倒されるのは趣味じゃねぇし、蹴り潰してでも逃げる。なんで俺が、野郎に掘られてやらなけりゃならねぇか、と思う。
「大体、俺は一度だって、頷いてなんかいねぇじゃねぇか。」
 真剣な顔して嘘をつく人間なんてごまんといるし、俺が本気だからといって、ゾロがそれを受け入れなくてはならないわけではないと、今更気付いたのか、ゾロは必死に言い募る。
「俺の事が好きだとかなんとか言いながら、俺の意志がどうあろうが構わねぇってのかよ。結局、やりてぇだけじゃねぇか。やっぱり、お前は女の方が好きで、それが大事すぎるから、構わなくていい男に手ぇ出して不満解消してるだけじゃねぇのか。」
 ゾロのくせに、なかなか頑張るじゃねぇかと、俺は思った。
 これまで待って、もう待てない。と言うわけではない。勿論。
 無理矢理やったって、そんなのは俺の望むところではない。そんな事なら、陸に上がった時に金で商売人を買えばいい話だ。本命がいるからって、買い物しちゃならねぇって話もないだろう。
「大体、お前が女に興味がないなんて話の方がおかしい。絶対、お前の勘違いだ。」
 そんなのは、言われるまでもなく自分でも考えた事だ。
 あまりに女性を賛美し過ぎて、男である自分が手に触れていいと思う事ができないから、少々乱暴に扱ったって壊れそうにない男には楽に手を出せるんじゃないかと。
 女性に誘われて相手をした事もあるし、別に役に立たないなんて事はなかったし、自分から手を伸ばした事はないし、のめり込むような事もなかったけれど、目を引かれる男には、あの背中のラインがいいとか、声がいいとか、眺めて一人悦に入る事もあって、相手がそれに乗ってくればのめり込むように何度も会う事もあった。
 それでどうして、自分の勘違いだなんて思い続けていられるだろう。認める以外になかったのだ。
「そりゃ、お前の俺に対する勘違いだ。」
「………」
 ゾロはかちり、と動きを止めた。
「でもまぁ、お前が答えてねぇのも確かだな。」
 流石にちょっと焦ったか。と反省して、ゾロの手を離してやれば、刀の柄に掛けていた手がそこから離れる。
「俺は思うんだ。」
「あ?」
「人間には、無駄な事の方が、大事なんじゃねぇかって。」
 ゾロは、不思議そうな顔をしてこちらを見返してきた。
「料理なんてのは、本当のところ、栄養が補給できればいいわけだろう。それを、何故だか人間は綺麗に飾ってみたりして悦に入る。綺麗な方、美味しい方、って選んでいく。生命維持の為、って食事の基本を考えれば、無駄な事なんだ。だけど、それが重要になってくる。」
 ゾロは、眉間にちょっと皺を寄せて、俺の言う事を聞いている。多分、変な事を言い始めたと思っているんだと思う。
「愛とか恋とかってのもさ、自分の遺伝子を残す為の手段のきっかけだろう。男が女に惹かれるのも、女が男に惹かれるのも、それが必要だからだ。」
「………男が男に惚れるのは、無駄だから重要だ、って言いてェわけか?」
 呆れたようにゾロは言い、俺は苦笑を浮かべた。まさか、結論を言われてしまう程、ゾロが頭を使ってくれるとは思っていなかった。
「ダメ?」
「……お粗末な論法だと思うぜ。」
「そりゃ、残念。」
 笑えば、ゾロは苦笑を浮かべて、肩の力を抜いた。
「まぁ、いきなりオッケーされるとも思ってなかったし、今日はこれでいいさ。」
 俺がそう言えば、ゾロはあからさまにほっとしたような表情を浮かべる。
「だからって、俺が諦めたなんて思うなよ。お前は、俺のもんになるんだからな。」
 にやりと笑ってそう言い切れば、ゾロはぽかん、と俺を見上げ、それから真っ赤になって腕を振り上げた。
「ふざけんな!」
 わかってないのはお前の方だ。こんなのは、諦めた方が負け、俺は絶対諦めないから、お前が負ける事は明白だ。
 振りかぶった腕を掴んで止めて、引き寄せた広い額にキスをしてにこりと笑ってやれば、ゾロは呆然とこちらを見返してきた。
 そら見ろ、お前の負けだ。
 こっちは伊達に腹括ってるわけじゃねぇんだ。脳味噌筋肉男に負けて堪るか。
「………なんだ……そりゃ…」
 想像外の行動だったらしいと思われる言葉が漏れて、楽しくなってくる。
「口の方が良かったか?」
 今からしてやろうか。と笑えば、ゾロは反対側の腕を振りかぶり、俺は慌てて後ろへ跳び退った。
「ふざけんな、エロ眉毛!」
 ふーふー言って、真っ赤になって肩で息をしているのが愛しくて仕方がない。抱き締めて顔中にキスしてやりたい気分だ。
「ふざけてねぇよ。」
 言い切れば、ゾロはぎっと俺を睨み付け、ぎこちない動きで後ろ歩きにキッチンのドアへ移動し、こちらを警戒したまま後ろ手にドアを開けようとする。
 おかしくなって一歩足を踏み出せば、ゾロは慌ててドアを開け、叩き付けるようにドアを締めて、足音高く階段を駆け降りていった。
「……参るぜ……」
 まるで小さな子供に悪戯でも仕掛けているような気分になるような反応が、楽しくて堪らない。
 あんなに自分をそそる人間なんて他に絶対いるわけない。
 
 
 あれは、俺のものだ。
 
 絶対、誰にも渡さねぇ。

 
 

目指したのは、ゲイサンジ。正直、玉砕。半月くらい掛かって書いてるのに…
世の中に、ゲイゾロが増えてきたので、ゲイサンジがいてもいいじゃん!と思って書く事をお約束したのですが、ゲイがわかんないので、なんともかんとも…な出来になってしまいました。
実は、ゲイゾロ苦手なんですよ。
でも、だから、ゲイサンジなんて冗談じゃない!って人もいると思うんで、気分悪かったら御免なさい…

(2004.7.19)



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