その光景に、驚いて、でも、納得した。
あれは、冗談じゃなかったのだと。
視線の先にあったのは、見慣れた金色の頭の船のコック。
先日、自分の嗜好を告白してくれた人間だった。
今回の停泊時間は丸一日の予定で、昼過ぎに港に着くと、サンジはゾロよりも先に船を降りていった。
船の料理人であるサンジは、食料調達が終わるまで、自分の個人的な買い物などをする事ができない。だから、誰よりも先に船を降りて行き、急いで戻ってくるのが常だった。
そして、今日も今日とて、サンジがまっ先に船を降りて行くのをゾロは見送ったのだ。そのサンジを再度見つけたのがつい先程の事。
宿の二階から眺めていた下の通りに、見慣れた金色の頭を見つけた時、サンジは酒場の女と思わしき人物に声を掛けられていた。見た目もなかなかに整っているサンジだから、それもありかと思っていたゾロの視線の先で、サンジはそれをすぐさま断り、通り抜けた。
いつもならば、山のような美辞麗句を並べ立てるはずのサンジは、一言断りの言葉を発しただけのように見えた。そして、その先にぼんやりと立っているように見えた青年と目を合わせ、二人でその隣の宿へ入って行ったのだ。
その二人の様子を見ていたゾロは、自分が嘗て向けられた事のある視線は、ああいう意味合いを持っていたのかと、まず思った。
一人でいた頃や、停泊中に一人で街に出た時などに、ぼんやりとその後の予定を考えて立っていると、何か言いたげな視線を向けられる事はあったのだ。
ただ、何が言いたいのかわからないので、ゾロはいつもその視線の主を睨み付けて追い払っていたのだが、あれに着いて行くと、ああいう事になるのかと、やっと理解が及んだ気持ちになった。
それからやっと、サンジは嘘を言ったわけではなかったのだと、納得した。
あの女をあっさり断ったのは、サンジの嗜好からして女ではなく男の方が買いたかったと言う事で、宿に入ったからには、まぁ、する事をしていると言う事だろう。
別に、自分に好きだとかなんだとか言いながら、売り物を買うなんて、とはゾロは思わなかった。
自分がそれを了承して受け入れたのならばまだしも、何の答えも返していないどころか、どちらかと言えば拒否に近い行動に出たゾロに対して、サンジが気兼ねする必要など何処にもない。それどころか、それをどうこう言う権利こそ、自分にはないとゾロは思う。
自分は、あまり肉欲だの性欲だのというものには近しくないが、こうして服も着ないで宿のベッドの上でぼんやりしているのは、露出狂だとか言うわけではないわけで、とりあえずやっとくか、という気持ちも一応はわかる。
ましてや、サンジが同性しか欲の対象にならないと言うのならば、ここ最近の順調でのんびりした航海は、色々と困る事もあったろうと思う。ならば尚更、あれは仕方がないと思う。
ただ、サンジが選んだ人物を思い返すと、自分と似通った雰囲気がないではないと思う。
それだけが少し、気に掛かる事ではある。
例えば、娼婦でも客に好みはあるものだと、ゾロが初めてお世話になった人物は言った。だから、ちょっと嫌な客が続いていたから、暇そうにしていた好みの人物に声を掛けたのだと笑ったのだ。
そんなわけで、ゾロの初めての相手は娼婦で、商売とは関係ないところで色々と教えてもらったわけだが、以来、自分が選ぶ相手はどうやら彼女に似ていると、ゾロは自覚している。
胸は大きくて腰は絞れているのが良い。年上で髪は長いと尚良い。大変わかりやすい好みだと思うが、だからといって、そういう人物を恋人にしたいのだとかいうのとは違う。
あくまでも、一時の快楽を共にする相手であるのならば。という事だ。恋人云々というのは、正直なところ、ゾロの意識の範疇外だ。
では、サンジはどうなのだろうかと思って、先程の人物を考えると、少々複雑な気持ちがした。
好きだと言って、無理矢理犯したりしないところで、サンジの自分に対する気遣いは見える。だけれど、サンジは男だから良くて、更に、ゾロの容姿が好みに合っていたから良かったのだとも言った。
それは、先程のように売り物を買うのと同じか、その延長線上にある感覚ではなかろうか。
別に、現状で自分はサンジに特別な好意を持っているわけではなく、それはそれで構わないかもしれないとも思うのだが、例えば、恋人とか言う関係を求めるのであれば、それは何となく面白くない。
男である事も、現在の容姿も、自分の中では何の意味も持たないような気がするのだ。
剣の道で精進している事や、船の戦闘員である事などは、ゾロにとって意味のある自分の特徴だと思う。だから、そういう部分がまず気になるのだと言われたら、悪い気はしなかったと思う。
別に恋愛にこだわりなんてないし、気になる人間もいないわけだから、流されるままというのもあったかもしれない。
結局のところ、サンジの言い分を信用できなかったのも、そのせいではないかと思う。
個人の嗜好はそれぞれだから、サンジにとって、ゾロが男である事がどれ程重要に感じる事なのかがわからないが、男だからやりたくて、女だからやりたくないけど褒め讃える、というのは、なんだかちょっと認めたくないところだと思った。
それに、サンジの言い分を考えると、ゾロがあと倍くらいの筋肉をつけたら、興味がなくなるという考え方もある。見てくれに惚れられたって、少しも嬉しくない。
「……そう…か。」
自分はどうやら、結構サンジが気に入っているらしい。好きだと言われて、あれこれ考えて、姿を見つければ目で追うくらいには。
だからと言って、サンジの言い分を全面的に信用したわけではないから、返答は保留だと決めて、ゾロはとぎに出した刀を受け取りに行くべく、服を拾い上げた。
刀を受け取ってそのまま船へ戻る気でいたと言うのに、何故か道を間違えて辿り着いた場所に気付いて、ゾロは小さくため息を付いた。
それは、先程出て来た宿の前で、そんなにサンジの事が気掛かりだったのだろうかと、ゾロは自分に疑問を感じずにいられなかった。
ついでに、酒でも飲んでいこうか、とゾロが考えた時、宿から出て来た二人連れを見て、ゾロは足を止めた。
「……あ…」
小さくサンジは声をあげ、サンジの連れはゾロを見て何事かを感じたのか、幾らか優越感を含んだ笑みをゾロへ向けた。
サンジのような人間は、そういう嗜好のある人間にとって、傍に置くのが自慢になるような事なのだろうかと思うと同時に、その笑みに気分が悪くなり、ゾロはそのまま背中を向けた。
視界の端に、更に優越感を増したような笑みが見えたが、そんなものは勘違いも良いところだと、ゾロはそのまま足を進める。
「待てよ、ゾロ!」
慌てたような声でそう呼び掛けて、サンジが数メートルの距離を走って縮めてくるのを足音で計って、ゾロは笑みを浮かべた。
ざまぁ見ろ。
それは、俺のもんだ。
ゲイサンジのゾロ視点でのその後。
このロロノアさんは、多分誰かにときめいたりはしないだろうけれど、それなりに好意を持ったりはしているものと思われる。そして結構、意地悪だ。
きっと、この後は、じりじりするサンジを見て楽しむ事でしょう。(2004.9.17)