「何考えてた?」
いがみ合って、ナミに怒られた後、それでも眠る事もできずにキッチンのテーブルで背中合わせにベンチを跨ぐ。
「……ウソップの言う事もわかるだろ。」
「ルフィの言い分だって、間違っちゃいねぇ。」
突然、メリーはもう駄目だと言われて、それがどんな説明だったのか、サンジはゾロから聞かされた事しか知らない。
正直なところ、疑う気持ちもないではないし、ウソップがメリーと離れ難い気持ちだってよくわかるし、ウソップの気持ちが、本当は何処にあるのかだって、なんとなくはわかるのだ。
「あいつ、今さっきあんな事思い付いたんじゃねぇよな…」
ずっと、どこかでウソップが思い悩んでいた事なんだろう。
自分が、この船の中で何ができるのかという事。
「きつかったのかよ…」
「ここんとこ、荒事が多かったからな。」
ゾロの声は静かで、どこか苦味が混ざっていて、サンジは小さくため息を付いた。
「……俺は、剣を振るしか能がねぇ。」
ぽつり、とゾロが呟き、サンジは肩ごしに後ろの様子を伺う。
「戦闘以外なんて、荷運びくらいしか役に立たねぇのもわかってる。」
「……そうだな。」
緑の頭は俯いてはいなくて、きちんと上げられた視線は多分、目の前の壁に据えられているはず。
「俺なんて、料理もできるし、人当たりはいいし、足技だって強いし、何にもねぇ時だって役に立ってるし、戦闘だって役に立つし、誰が見たって、この船にいて文句ねぇよな。」
笑ってそう言えば、ゾロはくつりと笑って、それを肯定した。
「それでも、俺は俺がこの船にいるのに、悩んだりしねぇけどな…」
ウソップには、それが辛かったのだろうか。
自分のできる事が限られている事で、自分がこの船に乗っている意味を認められなかったんだろうか。
「お前、ウソップの事好きだよね。」
俺の事より好きだろ。と問い掛ければ、ゾロは笑ってそれを肯定する。
「なんだか、嫌えねぇ人間ってのがいる。」
ルフィはいい奴だ。人に好かれ易い。けれど、とことん嫌う人間もいるだろう。意志の強さと存在感の強烈さが、拒否感を与える事もある。傍にいて疲れる事がある。
「………そうだな。」
闘って強いだけが、仲間でいる理由でもないし、この船に乗っている理由でもない。
ウソップだって、戦える男だ。もっと、自分の存在価値を誇ってもいいはずだと思う。それでも、そんな自信を持てないのがウソップだとも言えると思う。
「あいつ、腹括っちまったな。」
「強ぇぜ。ああなると。」
何かを懐かしむような声でゾロは呟き、サンジはため息を付いた。
「考えてみれば、ウソップの目標が一番きりがねぇんだよな。」
自分が満足できれば達成できる夢は、満足できない限り、いつまでも叶わない。だから、足を止めて、無理矢理自分を納得させれば終わってしまえる夢でもある。
「……あんなで、自分が納得できるわけがねぇ。」
それでも、そう言ってしまう程に、ずっと悩んでいたのだとしたら、それを察してやれなかった自分達にも落ち度がある。
気配りは効いてると思っていたんだ。でも、そうじゃなかった。
「俺だってやっぱり、役に立ってねぇな…」
自分達は、仲良く一緒にいるだけの友達とは違うのに。
「だからって、自分を否定する事なんかねぇんだ。」
ちょっと加わった背中の重みに、サンジは苦笑を浮かべた。
「……何考えてるの?」
「…………メリーじゃなくて、和道だったら…って思ってた。」
「和道が、近いうちに折れるだろうって言われたら、俺はやっぱり信じねぇと思う。」
ゾロの大事な白鞘の刀は、和道一文字という名刀に入る刀だそうだが、ゾロにとってそれが大切なのは、それが約束の証であり、親友の形見でもあるからだ。
「だが、もし本当にそうだってなら、俺はやっぱり、代わりの刀を探さなくちゃならねぇんだろうとも思う。」
今手元にあって、これまで共に闘ってきた刀ではあるけれど、物も人もいずれは壊れる。
「ぎりぎりの戦いをしてる時に折れたら、俺は負ける。死ぬかもしれねぇ。」
「……そうだな。」
「折れるかもしれねぇからって抜かないでいられる程、世の中甘くねぇし、ただ傍に置いとく為に腰に下げてるわけじゃねぇ。」
ゾロはぼそぼそと言葉を繋いでいく。
「だけど、和道はやっぱり手離し難いんだ。できる限りこいつと闘っていてぇと思う。負けるの覚悟でこいつと闘う道だってあるが、それは俺の目指してるものとは違う。そんなで負けて死んだら、くいなは俺を笑うと思う。大事なのは、それを持って目指してるもので、今手に持ってる物じゃねぇ。だから、どんなに大事で、どんなに思い入れがあったって、やっぱり手放さなくちゃならねぇ物ってのがあるんだろ。」
だから、ルフィはメリーを手放し、新しい船を手に入れる事に決めた。メリーが惜しくないわけがないのだ。そんなのは、ウソップだってわかっているはずだ。
「和道の事なら、俺一人の話だ。俺が馬鹿みてぇにこだわって、一緒に死んだって、そりゃ俺の自業自得ってやつだ。……けど、ルフィは俺ら全員の命まで考えなくちゃならねぇんだよな。」
乗っている船が航海の途中で沈む事になったらと考えれば、物にこだわっていられるような選択じゃないのはよくわかる。大事な物は、過去か未来かと言えば、夢に向かって進んでいる自分達には、やはり未来が大切だと思う。
過去を切り捨てていいと言うわけじゃないし、この選択は、そんなものじゃない。でも、手放さなくては進めない状況が今ここにあるのだ。
「それが、船長って役目なんだよな。」
「……そうだな。」
日記に書いてたネタ。
ウソップとルフィが対決した頃の物だったはず。