ゆらゆら揺れる水の下・続



 洗濯物を干す手を止めて、ゾロは天を仰いだ。
 ここへ来てから1年程になるけれど、まだどこか慣れないその天の景色は、水の中から水面を見上げた時はこんなではないかと思うような、不思議な揺らぎを見せる青色だった。
 サンジの伴侶としてここへ来た時、なんて不思議な場所なんだろうと思った。
 子供の頃、川の神が水底に住んでいるのならば、洗濯物は乾かないだろうか、なんて事を言って、サンジを笑わせた事があるけれど、ここは地上と変わらないように感じる。
 空は水面の様に揺らぎ、月も太陽もその姿を見せないけれど、光はその空から降ってくる。見渡す先には地上と変わらない大地が存在して、二人の暮らす家はゾロの暮らしていた離れに似ている。
 物を食べる必要はないらしいのだけれど、祭壇に捧げられた品々を料理して食事もする。着物も着替えるし、洗濯もする。夜になれば眠って、朝になれば起きる。生活自体は、人間でいた頃とあまり変わってはいない。
 けれど、やはりここは地上とは違う世界だという事を実感するのは、家の先に見える土地に新しい人が現れ、いたはずの人が消えた事に気付く時だ。
 多分、地上で死んだ人々の魂がやって来るのだろうと、ゾロは勝手に思っているけれど、その人達はその土地に家と共に現れる。そうして暫くそこで暮らして、消えていくのだ。
 その人々はゾロとサンジが見えないらしいが、それ以外の人々は見えるらしく、新しい村に引っ越してきたかの様に言葉を交わし、次第に穏やかで柔らかな表情を浮かべるようになり、そうして消える。
 ここに来てから、ゾロは神らしい事は何もしていない。
 家の前の池で地上の景色を覗き、サンジと二人で静かに暮らしているだけだ。
 それでいいのかとサンジに問いかけた事があるれど、それでいいのだとサンジは答えた。
 自分達がここにいて、地上の様子に気を配って、ここにやって来る人々の為に世界が穏やかであればいいと思っていればいいのだと言う。
 そんなことだけでいいのかと思ったけれど、本当のところ、自分はサンジが幸せだと思ってくれているだろうかとか、そんな事しか考えていない事にも気付かされた。
 子供の頃からずっと、ゾロにはサンジしかいなかった。家族の事を思う事はあるけれど、やはり気になるのはサンジだ。だから、サンジの手助けになろうと思う事にした。地上に異変はなく、きっとこれでいいのだと思うようになった。
 この先もずっと、サンジの事を思っていようと思う。




「ゾロ、寒くない?」
 ぼんやりと空を見上げていた事を心配したのか、サンジが羽織を持って家から出てくる。
「大丈夫だ。」
 そう答えながらも、差し出された羽織を羽織る。
 それは、先日ゾロの誕生日に祭壇に供えられた物だ。くいながそれを置くのを、ゾロは池の水面を覗きながら見ていた。
 いつか、自分の事を知らない人達ばかりの世界になってしまって、こうして供えられる物が無くなる日が来るかもしれないけれど、これは自分への情を示すものとしてずっと残るのだ。そう思って本当に嬉しかった。
「それが終わったら、村を見に行こう。」
 自分達を見る事のできない人々の暮らしを眺めて、彼等が安らかである事を祈る。
 いつか両親や姉たちがここへ来る日が来た時、彼等が穏やかに暮らしてくれればいいと思う。
「もうすぐ、雪が降るな。」
 暖かい生活が送れるように、炭を用意してやらなくてはならないだろう。地上も水底も、穏やかであればいい。
「雪が積るのはいつ頃かな。」
 雪が積ったら、村の見回りはここから景色を眺めるだけ。村人も外へは出なくなるからそれでいい。
 二人だけで、静かな家の中で暮らすのだ。
「もう少し先だよ。」
 サンジはにこりと笑ってゾロの手を取り、そっとその体を抱き寄せる。
「早く積るといいな。」
 サンジの言葉にこくりと頷いて、ゾロはその背中に腕を回す。
 二人っきりで、こうしてぴたりと寄り添って、そうして過ごしていられる冬が早く来ればいいとゾロは思った。

 
 

6月に発行された新婚合同誌のお話の続き。
ゾロ誕用に、もっとイチャこらした話を書こうという意気込みを持って書き始めたものの、結局肝心の冬のお家の中の様子を書かないまま逃げたという品。



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