きみの三日月のまつげ・続



「おはよう。起きられる?」
 ベッドに転がったままのゾロに、サンジはそっと声を掛ける。
「……無理…」
 本当はそんなに辛くはないのだけれど、サンジの声が優しいのと、ベッドの温かさが恋しいのとでそう答えれば、サンジはぽんぽん、とシーツに包まったゾロの背中を撫でる。
「じゃ、朝ご飯運んでくるからね。」
 サンジが部屋を出て行こうとするのを感じて、ゾロはくるりと向きを変えてサンジに向き直る。
「おはよう。」
 顔を見てそう言えば、サンジは嬉しそうに笑い、軽いキスをしてから部屋を出て行く。
 それを見送ってもそもそと起き上がり、用意されていた肩掛けを羽織ってベッドに起き上がる。
 サンジは、ゾロが自分が男なのだと気付いてからの方が、ずっとずっとゾロをお姫様のように扱うようになった。
 元々料理はサンジの仕事だったが、夜にサンジと同じベッドに入ったら、次の日は陽が高く上るまでゾロは起こされない。当然、洗濯だって掃除だって、サンジが済ませてしまっているし、眠っているベッドだっていつの間にか綺麗なゾロのベッドだ。夜着に着替えてもいるから、それも全部サンジがしてくれているのだと思う。生憎、ゾロはその間の記憶を止めていられた事など、一度もないけれど。
 サンジに大事にされていると感じるのは嬉しい。だから、未だに物凄く恥ずかしいけれど、サンジと体を重ねるのだって好きだ。恥ずかしいのも我慢する。けれど、起きてからこうして至れり尽せりの状態になっていると、何だか言い様のない不思議な気持ちになって、叫んで逃げ出したいような気になってしまう。
 きっと、サンジのあの顔のせいだ、と思う。柔らかくて、穏やかで、幸せそうで、母が注いでくれた愛情によく似た、それでもどこか違うそんな気持ちの浮かんだ顔だ。
 母が死んでから、ゾロをそんな目で見る人はいなかった。侍女達はゾロを大切に扱ってくれたが、やはりそれは母とは違った。時折会う父は、二人になれば優しくゾロを抱いてくれたが、他に誰かがいればそんな事もなく、どちらかと言えば冷たい印象の方が大きい。
 だから、サンジはとても特別な人なのだけれど、それが慣れないから、どうしていいかわからなくなる。
 そうしてゾロがそっぽを向いて、顔を見合わせないようにしても、サンジはゾロの気持ちなどすっかりわかっているような顔をして、髪を撫で、頬を撫でて口付ける。
 もう少しでも、ちゃんと自分もサンジが好きで、サンジにそうされるのが嬉しいのだという事を伝えたいのだけれど、サンジと向き合うとダメなのだ。顔が赤くなって言葉など喉の奥に詰まってしまう。
 サンジはそんなゾロを見て、嬉しそうに笑ってくれるけれど、どうしてたった一言、サンジが好きだと言えないんだろうと、ゾロはいつも自分を不甲斐なく感じてしまうのだ。
 胸の中で言うのは簡単で、目を閉じて思い浮かべるサンジに伝えるのだって簡単なのに、名前を呼びかけて振り返ったサンジが、にこりと笑って何かと目で問いかけて来るのを見ると、何も言えずに逃げ出してしまう。
 だから、あの目が悪いんだ。そう思うしかないのだ。






「はい、どうぞ。」
 ベッドまで運ばれてきた朝食のトレイは、サンジの分と合わせて二人分。トレイを受け取ったゾロにそれを任せて、サンジは壁際に押しやられたテーブルを引き寄せている。
「……サンジ…」
 受け取ったトレイの上には、二人分の朝食と一緒に小さなブローチが一つ。
 青い石と琥珀の付いた、銀色の葉の形をしたそれは、ゾロの前できらきらと輝いている。
「これ、俺に?」
 問いかければ、サンジは苦笑を浮かべて頷いた。
「ゾロがお姫様の頃に持ってたのと比べたら、全然安っぽいだろうけど。」
 お誕生日おめでとう。そう言ってサンジは笑い、ゾロの手からトレイを受け取ってテーブルに下ろす。
 そのトレイの上からブローチを手に取って、ゾロはサンジを見上げる。
「でも、これが一番嬉しい。」
 大きな宝石なんて付いていなくたって、サンジがそれを自分の為に選んでくれたなら、それが一番嬉しい。
「大事にする。」
 そう言えば、サンジはほっとしたように笑う。
「ありがとう。……大好き。」
 言ってから恥ずかしくなって、ごまかすように笑ったら、サンジは顔を赤くして嬉しそうに笑ってくれた。

 
 

お姫さまゾロの続き。めでたくサンジの妻になったゾロは14才。
サンジはいくらか年上の設定。
一番イチャイチャしてる二人のような気がする。そんなゾロ誕話。
ちなみに題名は高野寛。



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