「サンジ君って、尽くすタイプよねぇ」
感心を含んだその表現に、ウソップは首を傾げた。
日々サンジが尽くしていると言えば、今そう言ったばかりのナミの事だろう。一日中気を遣って、飲み物やデザートの用意だって欠かさない。ウソップから見れば、何もそこまでしなくても…という気持ちになる程の尽くしっぷりだ。
「まぁ、そうだな」
これは、自分に対するサンジの態度をアピールして、こちらにも何らかの行動を求めているのだろうかと訝しみつつ、ウソップは頷いてみせる。
「正直、報われてないような気がするんだけど、あれで構わないのかしら」
おや、これは違うようだ。ウソップはそう思って、ナミを見ていた視線をナミの視線の向く先へ移動させる。
視線の先には、黙々とトレーニングを続けるこの船の剣士の姿がある。その頭の上に船医を乗せていることに、一体どんな意味があるものなのかと、度々ウソップは思うのだが、そのどちらもそれに関して問題を感じていないようだから、何か意味があるのだろうと思う事にしている。
「なんかあるんじゃないのか?」
サンジとゾロは所謂恋人であるらしい。ウソップはそれを本人たちに確認した事はないが、チョッパーは聞いた事があるらしい。ナミがそれを本人に確認した事があるかどうかは知らないが、気付いてはいるのだろう。
と言っても、サンジの態度が明らかすぎて、サンジがゾロに気があるのだというのは確認するまでもない事実だ。
何せ、そのアピールぶりと来たら、いっそ哀れな程に空回っていた時期があった事を、船の皆が知っている程だ。
最初は、よくあると噂の、好きな子には意地悪をするというあれだった。勿論、サンジがゾロに意地悪をしたというわけではない。したところで、ゾロは全く気にもしなかっただろうから、無駄な時間を費やさなくてよかったと言えるだろう。
要するに、まず自分をゾロにアピールするため、サンジはゾロにやたらと突っかかったのだ。
何をするにもゾロと張り合い、自分がゾロにとって対等な立場に立てる人間である事を猛アピールしたというわけだ。
しかし、ゾロは元よりサンジを下に見ていたわけではなかった。ゾロにとって、この船の中での上下関係とは、ルフィの間だけにあるものであって、その他の誰との間にも存在しない。
ルフィの上にゾロがあり、ゾロの横に他の仲間がいる。食事の用意をしてくれるからサンジが上だとか、戦いが上手くないからウソップは下とか、ゾロは全く考えていなかったのだ。
結果から言えば、サンジの努力は無駄だった。何ができようと、何ができなかろうと、サンジの価値はこれっぽっちもゾロの中では変わらないのだ。サンジがアピールすればする程、ゾロは後から首を傾げてウソップの元へやって来る始末だった。
ただ、ゾロはサンジと張り合って何かをする事は楽しかったようで、狩り勝負などは本気を出していたようだ。その点で言うと、サンジの戦略は成功していたかもしれないが、好意の表明としては、失敗だったのだろうと思う。その辺は、好きな子をいじめるいじめっ子の失敗と変わらない結果だ。
「何もなくてあのテンションが維持されるってことはないわよね…」
ナミは少し呆れた様子でそう言うけれど、殆ど相手にされていないのに、ナミに尽くすサンジを見ているウソップとしては、単にサンジが誰かに尽くす事が好きなだけなのではないかと思わなくもない。
サンジが素っ気ない相手に尽くすのが好きなだけの人間だとしたら、ゾロはなかなかいい相手に見えるかもしれないが、ゾロはあれでちゃんと育てられた人間だから、礼と謝罪は正しく使う。
サンジに対して使われているところはあまり見ないが、それでも礼の言葉もないような人間ではないから、サンジは小さなお礼で満足できる人間なのかもしれないとウソップは思っている。
精一杯の態度に、きちんと礼が返ること。サンジが船に乗る前に置かれていた立場からすると、思った程多い事ではなかったのではないかとウソップは思っている。
サンジは料理を褒められるのが好きだ。口に出して言われなくても、空っぽの皿を見て満足そうにしている事も多いが、美味いと告げると本当に嬉しそうに笑う。
ゾロは案外、そういう小さなところでサンジを喜ばせるのが上手いのだとウソップは思うのだ。
例えば、サンジに洗濯をさせること。
始めて見た時、自分でしろよとウソップは思った。
サンジが洗濯をしているところだと言ったって、自分の事は自分でするのがこの船の決まりだなのだから、と注意した事もある。けれど、それを宥めるサンジの嬉しそうな顔を見てしまったら、これはゾロなりの気遣いなのだな、と思わずにはいられなかった。
サンジは人に頼られたい。ゾロはそういうところをよくわかっている。と言って、ウソップがサンジを頼ってもダメなのだ。好きなゾロに頼られて、ありがとうと礼を言われること。それがサンジにとって何より重要な事なのだろう。
「サンジ君って、ちょっと変わってるわよね」
まぁ、ゾロが好きだって時点で変わってるのは間違いない。でも、ウソップだってゾロのいいところはわかるつもりだ。だからと言って、ウソップがサンジと同じ気持ちでゾロを見る事はないのだが、あれのなにがいいのか、とは思わない。
「ゾロも、あれがいいって言うなら、変わってるわよね」
サンジはあの通り、誰にでも尽くす。ウソップやルフィなど男連中には態度が悪い振りを装っているが、悪い振りだと皆がわかっているのだから、単なる素直じゃない奴という事になってしまうわけだが、本人はどうやら気付いていないふしがある。
ともかく、サンジがゾロの恋人であるのなら、自分よりも誰かを優先されるのは面白くないのではないだろうか、と考えるのが普通だろう。けれど、ゾロはさっぱりそれを気にしている様子はなく、むしろ、ナミの機嫌を取らないサンジを見ると、心底驚いた顔をするのだから、変わっているとウソップも思う。
「サンジはゾロが誰かといるのを気にしない振りをしてるだけだからなぁ」
あの頭の上に乗っている船医は、度々サンジの冷たい態度に晒されている。
と言っても、デザートの配膳が最後に回されるとか、本当にどうでもいいような冷たい態度だったりするところが、ウソップにはどうにもおかしいのだが、本当に意地悪をするとゾロに嫌われるからしないのだろうと思われる。
「でも、サンジ君が沈んでると、ちゃんと側に寄っていくのよねぇ」
時々、ゾロがキッチンに居座っていて、鍛錬を少なめにしている日がある。そういう時のサンジの料理はどうも少々出来が悪い。
それを関連づけて考えた時、ゾロがいるからそちらにかまけていて失敗したのだ、と結論付ける事もできないわけではないが、サンジの性格上それがない事もわかっている。だから、それはゾロのお陰でその程度に落ち着いている、という結論が導かれるのである。
「そうなんだよなぁ」
キッチンに二人でいて、何か話をしているのか、何も話さないのか、ウソップは知らない。
ゾロはサンジの見える一に座っているけれど、手が触れる程近くにいる事はない。更に言えば、離れた場所で寝ている事もある。
水を飲みに行ったキッチンでそれを発見した時には、本当にこれが役に立っているのかとウソップは思ったのだが、そんなゾロに気付いたウソップに、サンジが起こさないようにと身振りで示すのを見て、そこにいるだけでもいい人間というのがいるのかと、少しばかりサンジとゾロを羨ましく思ったのも事実だ。
「あれはあれで、上手くいってるって事なのよね、きっと」
なんか、癪だけど。小さくそう呟いたナミにこっそり笑って、ウソップはそうだな、と答えた。
10周年リクエスト はづき様より、青年Sと青年Zに関する一考察
仲間たち一人一人から見たサン→ゾロへのアピールに対する感想集
ということだったのですが、ナミとウソップだけになってしまいました。この頃にはまだ、チョッパーまでしかいない想定でお願いします。
うちのサンジは大体こんな感じ。いつもくるくる空回っていますが、きちんと報われている人。
素敵なリクエスト、ありがとうございました。(2010.6.1)