口は災いのもと



 息を詰めて、こちらの動きを追うべく、必死に意識を集中している目の前の背中に、指を滑らせて文字を書く。少しだけ揺れた肩が可笑しくて、自然と口元に笑みが浮かぶのを見られたら、怒るか照れるかどちらだろうと考える。
「わ?」
 自信が無さそうに小さな声でそう問いかけるサンジの声は、普段の自信に満ちた声とはまるで違って、それが可笑しくなって思わず笑いを漏らせば、体を捻ってサンジがむくれた顔を見せる。
「ハズレ?」
「当りだ。」
 そう答えてやれば、サンジはパッと笑みを浮かべて、ぐるりと向き直って胸を張る。
「俺、最近すごくねぇ?」
 褒めろ、とその目が訴えているのが見て取れて、可笑しくて頷けば、サンジは嬉しそうに笑う。
 最初にその遊びを教えてやった時は、背中を滑る指の感触に、くすぐったいのか文字を読み取るどころではなく、転げ回って笑っていたのに、今ではそれにも慣れて、正解率も随分上がった。
 子供の遊びなのに、得意げなサンジは、可笑しくて愛しい。
「ご褒美、頂戴。」
 約束だろ、とサンジは言って、貰うより先に顔を寄せてキスをする。
 サンジは、最近、背中に書いた文字を当てる遊びがお気に入りだ。次の日の朝食の準備とか、これからコーヒーをいれてくれる事、とか、なにか簡単な条件を付けて提案をする。
 今日の条件は、サンジが3文字連続で当てられたら、キスをする事。というもので、してほしいのならば、素直にしてくれと言えばいいのにと、ゾロは思ったのだが、それは口にせずに頷いて、簡単な文字を書いてやった。
 きっと、サンジだって、それでこちらの考えている事はわかっただろうと思うのだが、もしかしたら、それを確かめたいだけだったのかもしれないと思った。
「漢字が読めたら、もっといいものくれる?」
 はて、それは何だろうか、と思いつつ、軽く頷いてやれば、サンジは拳を握りしめて立ち上がり、キッチンへ足を向ける。
「ゾロ、今日は何食べたい?」
 何でもいいよ。と機嫌良く鼻歌なんて歌って、サンジは冷蔵庫を開ける。
「オムライス。」
「がってん承知の助。」
 どこで覚えたのかよくわからない了承の返事をするサンジを見ながら、ゾロはふと先日のやり取りを思い出した。
 
 
 
 サンジは、ゾロの友人で、ほぼ同居人の状況にある人物だ。
 高校1年の頃に出会ったサンジは、所謂帰国子女と言うやつで、金髪で女の扱いも上手くて、学校中から注目を浴びているような人間で、それを少しも苦に思わない人間でもあった。
 同じクラスになって、周りが全員黒い髪の教室の中、緑色の髪のゾロに、親近感でも覚えたのか、サンジはよく傍に寄って来るようになり、これまでずっと付き合いは続いている。
 ゾロは親元を離れて一人で暮らしており、サンジが入り浸るようになるのは、それ程時間がかからなかった。
「サンジ君とロロノア君が仲が良いって、不思議。」
 そう言ったクラスの女子を見て、ゾロは内心で首を傾げた。
「だって、サンジ君って、なんか軽いし、女の子とよく遊んでるし、頭だってあんまり良くないじゃん。」
 ゾロの表情から怒りでも読み取ったのか、彼女は言い訳するようにそう言い募る。
「ロロノア君だって、たまにはサンジ君以外と遊びに行ってもいいじゃない。」
 彼女は、次の日曜に、クラスの何人かと遊びに出かけるので、一緒に行かないか、と声を掛けに来たのだが、ゾロは行かないと答えた。
 別に、次の日曜にサンジと遊びに出かける約束などないのだが、何故か、彼女は自分がサンジと出掛けるものだと決めつけている。
 確かに、これまでにも、サンジがこういった誘いを断らせる場面はあったが、いつもいつもそうであったわけではないのに、どうしてそういう考えに辿り着くのだろうか、と不思議に思う。
「たまには、私達と一緒に遊んだって、楽しいと思うよ。」
 そう思ったら、すぐにでも了承するのに、断られてどうしてここまで自信が持てるのだろうと、ゾロは更に不思議に思った。
「女子が5人と、男子が3人なの。」
 それでも、サンジとゾロが一緒に来るのはお断りらしい。人数が合わないのに、どうしてだろうかと思いつつ、ゾロは首を横に振る。
「サンジ君のどこがいいの?」
 話はまた別の方向に飛んで、これだから、一緒に出掛けるのなんてごめんだと思っているのは、伝わらないのだなと、ゾロはため息を漏らす。
「サンジは、そういう事を言わない。」
 サンジの何がいいか、なんてあまり考えた事はないけれど、でも、サンジが人を悪く言わないのは、とても好ましい事だと思う。
 サンジは確かに漢字を読むのが苦手だし、成績もあまり良いとは言えないけれど、自分と誰かを比べて、自分を良く見せようとして、誰かを悪く言う事なんてしない。
 サンジは、自分を良く見てもらおうと思ったら、自分のできる事を主張する。料理が上手いとかそういう、自分の得意な事を言う。その時に、あいつは料理ができないけれど、俺はできる、なんて言い方はしない。
 それを、好ましいと思うのはごく普通の感覚だと思うけれど、それに気付く人間は少ないのかもしれないとも思う。
「え?」
「サンジは、成績は悪いけど、頭は悪くない。」
 お前は頭が悪いと思う。とは口に出してはいけない事だから、口を噤む。
 サンジだって多分、口には出さずに腹の中で誰かを罵ってる事はあると思う。でも、それを口に出すのと出さないのとじゃ、まるで違う事なのだ。
 サンジはそういう事ができる。だから、一緒にいて苦痛を感じる事が少ない。大事なのはそういう事だと思う。
「人を悪く言う人間は、人から悪く言われるものだ。」
 サンジはきっと、それを知ってる。そういうところが、好きなんだと思う。
「ロロノア君?」
 きょとんとした顔で名前を呼んでくるのに答えをやるのも面倒で、鞄を持って立ち上がれば、教室の入口にサンジが姿を見せる。
「あ、ゾロ、まだいた。」
 嬉しそうに笑ってサンジは近寄って来ると、早く帰ろうと、上機嫌でゾロの手を取って歩き出し、ハッと気付いたように、こちらを見ている人物に気付いて、慌てて手を振る。
「また明日ね〜」
 サンジは女に愛想を忘れる人間ではなく、たとえ誰が影で自分を悪く言っていたとしたって、その態度を変える事などないのだ。
「お前、聞いてただろ。」
 教室を出て、階段を降りながら、前を歩くサンジの後頭部をペシリと叩けば、サンジは笑って振り返る。
「俺、頭いい?」
 上機嫌でサンジは言い、ぎゅ、と抱き着いてくる。
「性格悪いけどな。」
 よしよしと頭を撫でてやれば、サンジはふふと笑って、階段を降りて行く。
「女の子って、可愛いよね。」
 一生懸命で、応援してあげたくなるよ。と呟きながら、そんな気がないのは、ゾロにはよくわかっている事だ。
「日曜日、お弁当持って遊びに行こう。」
「どこに?」
「水族館、だっけ?」
 こいつは一体どこから聞いていたんだ、と、ゾロは前を歩くサンジの背中を蹴りつけた。

 
 


ゆきなめさまより、20000HITのキリリク
背中に指で書いた文字を当てる遊びをする(される)サンゾロ
 
最初は、海賊の彼等にしようと思っていたのですけれど、このネタを思い付いたら、人を悪く言う女の子がナミになっちゃうし、そりゃいかん…と、思ってパラレルに。
サンジもゾロも、なんでこんなにお互いラブ〜なのかしら、と不思議になります。

(2004.3.17)



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