「ゾロは、サンジのどこが好きなんだ?」
ゾロはサンジが嫌いである。
という選択肢など、あるはずがないと思っている様に、小さな船医はここ最近の日課と呼んでも差し支えないであろう質問を口にした。
「………」
一度、そう答えてみようかと、いつもいつも思うのだが、その沈黙の間に、青くなってしまうチョッパーを見ていると、ゾロはどうしてもその返事が返せず、記憶を探って、どれが自分にとって好ましいサンジであるかを考える事になるのだ。
「……眼鏡してるサンジは、違う人間みたいで、好きだ。」
裏を返せば、眼鏡をはめていない普段のサンジは好きではない。という答えにも取れるのだが、意地の悪い人間の傍にいなかったチョッパーは、素直に言葉の表面だけを受け取って、嬉しそうに立ち上がった。
「サンジは、ゾロの事、全部好きだって言ってたぞ。」
そう言い置いて、足取りも軽くキッチンへ向かう後ろ姿を眺めながら、ゾロは小さくため息を漏らした。
チョッパーが、ゾロにその質問をぶつけるようになったのは、半月程前の事だった。
最初は、何を考えてそんな質問をするのかわからなかったので、とりあえず、『料理の上手いところ』と答えた。チョッパーはそれを聞いてから、『サンジは、ゾロの思い切りのいいところは好きだって言ってた。』と伝えて、足取りも軽く、キッチンへ歩いていった。
チョッパーが、自分とサンジのなんでもないような言葉のやり取りでさえ、喧嘩をしているのではないかと考えているらしいと、後になってウソップに聞かされて知り、チョッパーはチョッパーなりに、仲間内の関係改善の為に動こうとしているのだろうと、ゾロは考えていた。
ただ、どうやら、それがチョッパーの自発的な行動ではなくて、サンジからの働きかけによるものらしいと、先日、ゾロはチョッパーから聞かされた。
そこで、ゾロは首を傾げてしまった。
サンジは、ゾロと刺のある言葉を交わしたところで、大して深い意味があるなんて思っていないだろうと、ゾロは考えていた。
本気で嫌っていたら、あの程度の言葉の応酬で済むわけはないし、言葉を交わす事すら避けるかもしれない。少なくともゾロは、嫌っている人間の傍へ歩み寄って、嫌味をわざわざ言ってやる程勤勉ではない。
だから、サンジがゾロの何を知りたいのか、よくわからなかったし、ゾロに向けられる問いは、いつも変わらず、『ゾロはサンジのどこが好きか』で、教えられる言葉は、『サンジはゾロの何が好きか』だということが、余計にゾロを困惑させていた。
普通、自分が相手のどこをどのように好いているのか、なんてことは、お互いに述べあったりしないものではないだろうか、と、ゾロは思う。
サンジは、日々、ナミやロビンを褒め讃えてはいるが、あれは自分の好意をぶつけているのではないから、このパターンにははまらないし、自分を好いてほしいからしているわけでもないと思う。
あれは、サンジにとって、すべき事の一つで、どうしてもしたい事だというわけではないのではないかと考えているのは、ゾロだけじゃない。
そのサンジが、どうして、ゾロの意見など求めるのだろうか。と考えて、最初に浮かんだのは、ゾロをからかっているのだという事だった。
だけれど、ゾロがそれに怒るでもなく、普通に答えを返してしまったのに、何度も繰り返し答えが求められるとなっては、少し違うような気にもなった。
それとも、サンジは、そうやって素直に答えを返すゾロがおかしいのだろうか、と思ったけれど、チョッパーが何度も訪れるのを見ると、サンジに悪意が感じられないからだろうという気もする。
それでは、本当に、サンジは自分への好意故に、チョッパーに伝言を頼んでいるのだろうか?
だけれど、最近のサンジの言葉は、『ゾロの事、全部好きだって』である。流石に、ネタも切れたかと、ゾロは思いはじめた。
『全部好き』は、とても良い響きだ。だけれど、全部の範囲がどこまでを示すのかを、本当にわかっているのは言った人間だけで、直接目の前で言われたところでそのまま理解できないような言葉が、人伝に伝えられても、本当の意味なんてわからない。大きくとっても、小さくとっても、それは、聞いた人間の気持ちにしかならない。
そういう、受け取り手に判断を委ねる意味で使うなら、とても都合のいい言葉だと、ゾロは思う。
「………全部って、どこ。」
「眼鏡掛けてるサンジは、違う人みたいで好きだって。」
嬉しそうに答えるチョッパーの言葉を聞いて、サンジは眉を顰めつつ、チョッパーの前にココアを用意してやった。
違う人みたいで好き、というのは、普段のサンジは好きではないということではないか。と思ったが、そんな事は隅に追いやって、眼鏡好きかと、良い方だけを取り上げる事にする。
やはり、アラバスタで眼鏡を掛けていた姿といえば、救い主であったわけだから、好印象も当然かと思う。そして、ゾロが現在から遡ってサンジを考えている事も、好感触だ。
「ゾロ、あの黒い服も似合ってたよな。」
「うん。ゾロ、長い服似合う。」
ドラムのコートも似合ってた。と、チョッパーは笑い、サンジはそれを思い出して頷く。普段の腹巻き姿は、既にもう違和感を感じなくなったが、もう少し服装に気を使ってもいいのに。と思わなくもない。
チョッパーは、二本爪の手で、器用にマグカップを握って、美味しそうにココアを飲み干すと、ちょこり、と椅子を飛び下りた。
「サンジは、ゾロの事好きか?」
「当然だろう?」
笑って答えれば、チョッパーは嬉しそうに笑うと、キッチンを飛び出していった。
「そろそろ、大丈夫かな……」
物事には、準備も大切だ。いきなりゾロに愛の告白なんぞしたところで、からかっていると思われて、喧嘩になるのが関の山だ。ただでさえ、ぎこちなさが微妙に残っている現状で、壁が建ったらお話にもならない。
チョッパーの善意を借りて、あれこれ準備を続けてきたが、そろそろ、勝負の時だ。
「思い知れ。大剣豪。」
『全部好き』とサンジが言ったわけではないのだけれど…
というのが伝言ゲームの微妙なところ。
別に、自分が先に惚れたから、ゾロに告白させようとしてるわけではないサンジ。単に、機会を狙ってただけです。(2003.12.08)