「なぁ、天の川って何処に見えるんだ?」
天気もいいから、今日の酒盛りは甲板でしよう。と主張し、それを断る理由もないサンジが頷くのを見て、酒の瓶を持って先に甲板へ出たゾロは、後から肴を持って出てきたサンジを振り返ってそう問い掛けた。
「アマノガワ?」
初耳の言葉に首を傾げると、ゾロも戸惑うようにサンジを見返す。
「星が川みてぇになってるとこだ。」
その返答に、サンジは一つ別の言葉を思い出して、苦笑して頷いた。
「ミルキーウェイな。お前のとこは、アマノガワって言うの?」
ゾロの向いに腰を下ろして問い掛けながら、空を見上げてそれを探す。
「空にある川だからな。」
つられるように顔を上げたゾロは、幼い頃にくいなと二人で見上げた川を探そうとして、すぐにそれとわかる場所に目を奪われた。
「すげぇ……」
暫し、二人で星空を見上げて、今までに見た事もない程の綺麗な光景に見入った。
子供の頃に見た空は、どうしてそれを川と呼ぶのかと思う程度のものだったけれど、そこに見えるそれは、確かに川のようだと、ゾロは思った。
「なんで、いきなりそんな事聞いたんだ?」
別に、今日しか見えない景色ではなくて、のんびり星空を見上げる事が少ないから気付かなかっただけで、昨日だって、明日だって見えるものなのにと思い、サンジはそう問い掛けた。
「今日、七夕だろう。」
ゾロは空を見上げていた顔をサンジへ向けてそう答えた。
「タナバタ?」
どこかで聞いた覚えがあるような、と思いつつ、サンジは鸚鵡返しにそう聞き返した。
サンジとゾロの育った場所では、色々と文化が違うもので、ゾロはサンジの知らない行事を知っているし、サンジもゾロの知らない行事を知っている。
こうしてふいにそれに気付くのも楽しい事だと、サンジは最近やっと思えるようになった。以前は、自分の知らないゾロを見せつけられるようで、あまり好きではなかったのだ。
「7月7日の事なんだが、笹飾りを作って、短冊に願いごとを書いて吊るすんだ。」
「そうすると、それが叶うって話?」
「まぁ…そういう事。」
願掛けだから、必ず叶うものではないけれど。という言葉は言われなくても想像のつく事で、ゾロのような人間にしてみれば、違う意味を持っているのかもしれないと、サンジは思う。
「そう言えばさ、5月の5日もタンゴノセックとか言うやつじゃなかったか?」
同じ日付けが重なっている日が特別だとか、ルフィの誕生日の祝いをした夜、ゾロがそんな事を教えてくれたのを思い出す。
「えっと………ゴセックだろ?」
サンジの口から出る言葉が、聞き慣れた言葉なのに違う言葉に聞こえて、ゾロは苦笑を浮かべて頷いた。
1年の中に5つある節句の事を、五節句と呼ぶ。正月は7日で人日。3月3日の上巳。一般的に言うなら、桃の節句。ひなまつり。5月5日が端午。子供の日。7月7日は七夕。9月9日が重陽。菊の節句。
「で、11月11日は、ゾロの誕生日。」
サンジは笑い、それは数に入ってねぇよ。と、ゾロは小さく呟いた。
「俺には、一年の中で一番大事な日だ。」
「………そっか。」
「なんだよ。もっと喜べよ!」
サンジは、呆れた風なゾロが不満でそう言って食って掛かり、ぷい、と横を向いたゾロの顔が赤いのに気付いてぴたりと動きを止める。
「………ゾロ?」
「……恥ずかしい奴。」
小さくそう言って、ゾロは酒を煽り、サンジは嬉しくなって頬を緩める。
「だって、ホントの事だろ? 俺の大事なゾロが生まれた日なんだぜ。それより大事な日なんてあるかよ。」
なんでこいつは、こうも恥ずかしい事を平気で言えるのだ。とゾロは呆れよりも恐れが浮かんで、もう寝てしまおうかという気になってくる。
サンジの誕生日や、サンジが生まれた事は、喜ばしい事だと思う。一緒にいる限りは、ちゃんと祝ってやろうと思う。でも、それをこんな風に口に出すのはまた別の事だと、ゾロは思う。
「そういうのは、腹の中にしまっとけばいいんだ。」
サンジはいつだって、言葉が欲しいと言って、自分の気持ちを言葉にしたがるけれど、ゾロはそういう風には育って来なくて、言われるのも言うのも恥ずかしい事だと思う。
「言いたくなるんだよ。俺は。」
最近は、サンジも育ってきた環境が違うから仕方がないのだと、前程煩く言わなくなったけれど、自分の思う事を口にするのは躊躇わなくなった。
口に出さなくても、ゾロが俺の事ちゃんと好きだってのはわかるからね。と、ある日にやけた顔でサンジは言い、ゾロはそれを否定する事はできず、黙ってしまう事でそれを認めてしまったのだが、少しずつ、自分達の間も変わっているのだと、その時に思った。
「だから、聞いて。」
聞いてくれれば、返事をしてくれなくてもいいから。だけど、聞かない事だけはやめて。
暫く前にサンジはそう言って、少し寂しそうに笑って、ゾロはその理由がわからない事が不安で、頷いてみせた。
サンジが知らない自分がいるように、ゾロの知らないサンジもいて、そこで起きた何事かは、それをサンジが語るまではわからなくて、でも、最近は少しずつそれが減ってきて、そうとわかる事が嬉しくなってきた。
俺は、こいつの事が好きなんだな。と、ゾロはしみじみ思って、ひょい、と身を乗り出して、サンジの唇に触れる。
「……ゾロ?」
「してみたくなった。」
吃驚したようにぱちぱちと目を瞬かせるサンジに笑ってそう言ってやれば、サンジは一瞬で赤くなって、二人を隔てる肴と酒瓶を乗り越えてくる。
「もう一回。」
食べるものを跨ぐなんてどういう事か。と怒ってやろうかと思ったけれど、天の川を挟む二人も今日は無事に会えたのだから、それと同じと考えて、今日は勘弁してやろう。
今日は特別な日だから、仕方がない。
七夕。と言いながら、七夕の話ではあったりなかったり。
節句がどうして9月で止まっちゃうのかな…と、結構本気で惜しく思ったり。
9は最大数なので、菊の節句は結構目出たい事らしい。無病息災を祈るとか。
あんまり祝ってる人聞かないけどね。(2004.7.7)